中南米のイメージとは全く違うウルグアイ

ムヒカ前大統領、夫人のトポランスキー副大統領と筆者

ムヒカ前大統領、夫人のトポランスキー副大統領と筆者

読者の皆さんでウルグアイの場所を世界地図で正確に示せる方はどのくらいおられるだろうか。私は昨年2月末まで日本国大使として3年3か月ウルグアイで過ごしたが、正直私も大使になる前にそれが出来たかと問われると甚だ怪しい。

東京からまっすぐに地球を掘り進むとウルグアイの沖合に到達するほど遠い国であり、人口約350万人、日本の半分ほどの面積の小国であるから無理もないのであるが、ウルグアイのことを正確に知っている人は少ない。まずは日本人が持っているラテンアメリカの典型的なイメージとウルグアイの実態について書いてみたい。

独立広場

独立広場


イメージと実態は大きく違う

1.「南米だから一年中暑いんでしょ?」

季節こそ日本と真逆であるが、ウルグアイには四季があり、冬は雪こそ降らないもののダウンコートは必須である。夏は30度を超える事は稀であり、カラッとした過ごしやすい日々が続く。一般家庭には通常エアコンはなく、冷房なしで寝苦しい夜は一年にせいぜい2、3日である。緯度が日本とほぼ同じ、ということは日照時間が良く似ているので美味しい日本米が栽培され、ブラジルや北米に輸出されている。

2.「貧富の差が激しくってスラム街とかあるんでしょ?」

ウルグアイの国民一人あたりのGDPは南米1位で約1万7千ドルである。また貧富の差を表すジニ係数はラテンアメリカで一番低く、大富豪もいない代わりに極貧層は大変少ない。もちろん富裕層が住むエリアなどはあるのだが、観光客が絶対に足を踏み入れてはいけないといったエリアはない。治安の良さは少なくともラテンアメリカ諸国では三本の指に入るであろう。

3.「教育水準が低くて読み書きできない人もいるんでは?」

教育は小学校から大学まで公立は無料。識字率はほぼ100% おまけに公立小学校では生徒一人に1台無償でノートブックパソコンが支給される(セイバル計画)。国立大学である共和国大学のレベルは高く、周辺諸国から留学する人もいる。中でも建築学部は有名で、東京国際フォーラムはビニョリ氏というウルグアイ人建築家が設計した。

4.「クーデターとかあって政権がコロコロ変わるんでしょ?」

1980年代半ばに軍政が終わって以降、政権が変わる事はあっても5年に一度の選挙は極めて平穏に行われている。ちなみに投票は国民の義務で、棄権すると数千円の罰金が科せられる。汚職が殆ど見られないのも南米では珍しい。みなさんも「世界で一番貧しい大統領」と称されたホセ・ムヒカ前大統領についてはご存じであろう。

5.「インターネットはつながるの?」

実はウルグアイは英国、エストニア、イスラエル、カナダなどとともにDigital 7 (またはD7)のメンバー国であり、デジタル政府を推進している。上述の小学生に一人一台のノートPC配布に続いて、年金生活者へのタブレット配布も始まっている。Wifiはあちこちにあり、通信状況も極めて良好である。また、共和国大学の数学教授が教え子と創設した、AIを利用したアプリケーション自動生成ツールの会社Genexusはグローバルにビジネスを拡大しており、ウルグアイ企業として唯一の日本支社を持ち、錚々たる日本企業が顧客となっている。

6.「日系人が多いんでしょ。そして肌の色は浅黒い人が多いのでは?」

ブラジルには100万人を超える日系人が住んでいるが、ウルグアイへは集団移民もなかったため日系人は300人程度しか住んでいない。主として周辺諸国に移民していたが何らかの事情でウルグアイに移ってきた人々である。人口の9割以上はいわゆる白人で、スペイン、イタリアからの移民が多数派である。日本からの来訪者に「ここは南米じゃなくてヨーロッパの田舎みたいな雰囲気ですね」と良く言われたが、おっしゃる通り、街並みや歩く人々はヨーロッパに良く似ている。日系人は少ないが、日本に対するイメージは極めて良く、日本製品の優秀さ、武道や生け花といった伝統文化そして漫画やアニメやJ-POPに憧れているウルグアイ人は多い。

モンテビデオの中心にある独立広場に立つサルボ宮殿

7.「食べ物は辛いんでしょ?」

日本で一番ポピュラーなラテンアメリカ料理はメキシコ料理だからか食べ物は辛いと思われるが、実はウルグアイ人のほとんどは辛い物が苦手である。どのくらい苦手かというと日本の中辛のカレーライスも辛くて食べられないといった具合。食べ物は何と言っても牛肉で、一人あたりの牛肉の年間消費量は約60キロで世界一である。(ちなみに日本人のそれは6キロ)。人口(約350万人)の4倍の数の牛がウルグアイ全土におり、アメリカを含む世界中に牛肉を輸出している。

タナットという珍しい品種の赤ワインとウルグアイが世界中に輸出している牛肉

タナットという珍しい品種の赤ワインとウルグアイが世界中に輸出している牛肉

このほど口蹄疫のため長い間ストップしていた日本への牛肉輸出も再開し、グラスフェッド(牧草で育った牛)の柔らかい赤身牛を日本で食べられるのが楽しみである。この牛肉に合わせるのはタナットという珍しい品種のしっかりした赤ワイン。またウルグアイでは南半球では唯一キャビアの養殖を行っており、これまた日本への輸出も拡大中である。

8.「ラテン気質って言うの?いいかげんな人が多いんでしょ」

ラテンアメリカ諸国で一般に思われているウルグアイ人気質は「Tranquilo」。その通り、物静かで控えめな人が多い。出来もしないことを出来るという人はおらず、やると言った事は(時に期日が守られないこともあるが)真面目に行ってくれるのがウルグアイ人。 

9.「ウルグアイ、どこにあるか知らないけど、サッカーが強いのは知っている」

サッカーワールドカップの第一回大会(1930年)はウルグアイで開催され、開催国のウルグアイが優勝した。ワールドカップではさらにもう一回優勝しており、また2030年のワールドカップ開催国としてアルゼンチン、パラグアイと共に立候補している。第一回大会からちょうど100年となるこの大会のウルグアイでの開催が実現したら、ぜひ私も観戦に行きたいものだ。日頃おとなしいウルグアイ国民も、ことサッカーになると大変熱くなる。隣国の両大国ブラジル、アルゼンチンを負かそうものなら熱狂は最高潮に達する。

ウルグアイのさらなる魅力

と、ここまでラテンアメリカのステレオタイプとウルグアイについて書いてきたが、一言でいえば南米では最も政治・経済が安定しており、そのため治安も良く暮らしやすい国である。

プンタ・デル・エステにある砂の中に沈んだ5本の指の彫刻

プンタ・デル・エステにある砂の中に沈んだ5本の指の彫刻

首都モンテビデオから車で90分程度東に向かうと、南米でも屈指の高級リゾート地、プンタ・デル・エステがある。ここはあのGATT(ガット)・ウルグアイ・ラウンドが交渉された場所であるが、北半球が冬の間、ここでバカンスを過ごす人は多い。2017年に101歳で亡くなられたデイヴィッド・ロックフェラーは毎年プライベートジェットでやってきて、ここで過ごしていた。ヘビーメタルバンド、メタリカのジェイムズ・ヘットフィールドも毎年ここでバカンスを過ごしているが、「ウルグアイだと誰も話しかけたりしない」というのがその理由で、いかにも奥ゆかしいウルグアイ人らしさを物語っている。

カーニバルの様子

カーニバルの様子

またウルグアイはアルゼンチンと共にタンゴの発祥の地でもあるが、音楽もジャンルにこだわらずにサンバやフォルクローレ、ジャズ、ロックなどが微妙に影響し合った独特なものがある。またカーニバルの期間が1月末から3月までと世界で一番長い。中でも3つの大きさの違う太鼓が60-70整列して、アフリカが起源のカンドンベというウルグアイの独特なリズムを叩いて行進するシャマーダスはカーニバルの中でもハイライトとなるイベントである。不肖私も2年連続してフェイスペイントをして太鼓を叩きながら行進したが、滞在中の最も印象に残る出来事であった。

フェイスペイントをしてカーニバルに参加した筆者

フェイスペイントをしてカーニバルに参加した筆者

残念ながらワシントンからモンテビデオへの直行便はないが、マイアミからは毎日直行便も出ている。ウルグアイにはイグアスの滝やパタゴニアのように自然の驚異を感じる観光名所はないが、のんびりビーチで過ごしたり、カンポと呼ばれる農場に滞在して乗馬などを楽しむのもおすすめである。コロニア・デル・サクラメントという古い街並みはウルグアイ初の世界遺産であるが、こちらを散策するのも楽しいし、美味しい牛肉とワイン、そしてカーニバル見物などで楽しく過ごせることはうけあいである。百聞は一見にしかず。ぜひ皆さんにウルグアイを訪れていただき、私のこの拙文が本当かどうかを確認してほしい。

          

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