学び直しの途上で出会った一冊『Yoke: My Yoga of Self-Acceptance』Jessamyn Stanley著
はじめに:二度目の学びの途中で出会った一冊
アメリカで暮らして三十年以上。二十代の私は、ワシントンD.C.で働く日本人のオフィスレディとして、英語でも仕事でも「ちゃんとした大人」を演じ続けていた気がします。妻になり、母となり、子どもたちがそれぞれの人生へと巣立っていったあと、私は静かに、第二の人生へと歩みを進めています。
五十代になった今、私はヨガ講師養成講座を再受講しています。もう一度基礎から学びなおしたい….そんな気持ちが自然と胸に浮かんだからです。その課題図書として手渡されたのが、Jessamyn Stanley(ジェサミン・スタンレー)著『Yoke: My Yoga of Self-Acceptance』でした。「またヨガの本かな」そんな軽い予想は、数ページで静かに覆されました。読み進めるほどに、この本は「人生そのもの」を語るエッセイ集であると気づいたのです。
著者ジェサミン・スタンレー(Jessamyn Stanley)という存在
スタンレー氏は今のアメリカのヨガ界で非常に特別な存在です。それは、難しいアーサナ(ヨガポーズ)ができるからでも、伝統的な指導者だからでもありません。
- 黒人女性であること
- ふくよかな身体を持つこと
- 既存の「ヨガ体型」からは外れている
- Queer(性の多様性を重んじ、既存の性の 規範に当てはまらない生き方)の存在であること
その背景を持ちながら、著者は堂々とこう語ります。「ヨガはどんな身体にも、どんな人生にも開かれている」ーーと。
西洋の主流のヨガ業界が、“痩せ・白人・女性”というステレオタイプに偏っていた中で、自らの身体とアイデンティティを笑顔でさらし、「誰でもヨガができる。全ての身体は尊い」と声を上げることで、多くの人々に安心と共感を与えてきました。SNSでは100万人を超えるフォロワーが彼女の言葉に耳を傾け、TEDトークでも深い共感を生みました。ユーモラスで、誠実で、そしてときどき痛いほど真っ直ぐに突っこんできます。スタンレー氏はウェルネス業界の当たり前を軽やかに揺り動かす革命児と言っても良いかもしれません。
この本は「ヨガの本」ではなく、人生の本である
タイトルに Yoga とありますが、ポーズの説明は一切ありません。写真もインストラクションもありません。では何が書かれているのでしょうか?
これは「自分をどう生きるか」をめぐる本です。
そして「自分を許す練習」を教えてくれる本です。
取り上げられるテーマは、ヨガマットの外へ大きく広がります。
- 人種差別と社会的不平等
- 体型のコンプレックスと自己イメージ
- 家族との複雑な関係
- 孤独、怒り、嫉妬
- SNS時代の比較と疲労
- 境界線の線引きのむずかしさ
- セクシャリティの問題
読むほどに、こう思うようになります。「ヨガとはポーズではなく、自分と向き合うという行為なのだ」ーーと。
ヨガ・スートラと現代の痛み
本書の各章では、冒頭にヨガ・スートラが引用されています。ヨガ・スートラとは「ヨガとは心の働きを静めることである」から始まる古代の教えです。
スタンレー氏はこのスートラの言葉を、黒人女性としての経験、現代アメリカ社会の矛盾、SNS時代の心理的負荷を重ね合わせて語り替えます。例えば:
「非暴力(アヒンサー)」を「自分を罰しないこと」
「正直(サティヤ)」を「強がらず弱さを認めること」ーーと解釈しています。
古代の言葉が現代の環境や経験を通すと、生きた教えに変わっていく….その瞬間に胸が熱くなります。
心に響いた言葉
この本の中で、とくに胸に残った一行があります。
“It’s really that my expectations of what I’m capable of are holding me back from accepting who I am.” 「自分に対して抱いてきた“こうあるべき”という期待が、私らしさを受け入れることを邪魔している。」
五十代での学び直しは、勇気というより、人生の深い呼吸に近いものです。若い頃、私は「ちゃんとできる人」であるために学んでいました。評価されること、上達すること、役に立つこと。それが努力だと思っていました。
でも今はそうではありません。
身体は知っている
呼吸は知っている
静けさは知っている
急がなくていい
遅れているわけじゃない
誰かと比べながら自分を測り続ける世界からは、
もう、離れてもいい。
著者のこの言葉が、
私はもう、ありのままでいいのだと、
胸の奥で、そっと教えてくれました。
若いヨガ講師の流暢な英語を聞くと、心の片隅でささやきが起こります。
“You should be better by now.”
長年ヨガを続けてきたのだから、もっと上手でなければならない。そんな思い込みに押されて、少し落ち込む。五十代での再受講。「遅すぎるんじゃない?」と一瞬よぎる。けれど深呼吸を一つ。
いや私は遅れているのではない。
今、学びが深まっているのだ。
二十歳では届かなかった理解
三十歳では見えなかったやさしさ
四十歳ではまだ受け止めきれなかった自分
そのすべてが、今の学びに溶け込んでいる。
この本を読み、著者 の言葉に触れるうちに、私はただヨガを再受講しているのではなく、身体を通して“自分を受け入れること”をもう一度学んでいるのだと感じるようになりました。そして今、私は….自分の人生にもう一度出会っているのだと静かに気づきました。
マイノリティとしての共鳴
著者が語る体験は、異国で三十年以上暮らしてきた私自身の感覚と、深いところで重なりました。いまの私にとって、日本にいてもアメリカにいても、どこかにわずかな距離があり、どちらの国にいても完全に溶け込めているとは言いきれない感覚があります。
スタンレー氏と私は、年齢も、人種も、国籍も、育った環境も異なります。それでも、世界との距離の取り方や、属しているコミュニティのなかで少数派として立つときの感覚、「違っている」という事実がもたらす内面の揺らぎには、静かな共鳴を覚えました。だからこそ、彼女の言葉は過度に力むことなく、まっすぐ心に届いたのだと思います。
異なることは、弱さではない。むしろそれは、自分自身や人生を、より深く理解していくための入り口なのだと、この本は静かな声で、しかし確かな確信をもって伝えてきます。
おわりに:自分をつなぎなおす静かな本
“Yoke(ヨーク)”とは 「つなぐ」 という意味を持つ言葉です。古代のヨガ哲学、現代を生きる女性の声、そして私自身の人生 …. それらが静かにひとつに結ばれていくような読書体験でした。この本は私にとって、ただのヨガ本ではありませんでした。人生をもう一度そっと自分の手に戻してくれるような、やさしい力を持つ一冊です。そして何より著者が繰り返し示しているのは、どんな自分であっても、自分自身を大切にし、愛するという姿勢です。外からの評価や位置づけに左右されるのではなく、自分の存在を自分で肯定していくこと。そのあり方が、私たちを静かに、しかし確実に自由にしてくれるのだと、この本はそっと手渡してくれます。
五十代のいま、この本と出会えたことに心から感謝しています。
深く吸い、長く吐く
そのたびに胸の奥にひと筋の静けさが戻ってくる
その、小さな気づきこそが、ヨガがそっと教えてくれる、やわらかな学びなのだと思いました。
ワシントン在住。静かな朝と猫との時間を大切にしています。日々の小さな気づきをゆっくりと書き留めたり、ヨガを続けることが心のやすらぎです。



