激戦州ノースカロライナ州の大学生の投票を考える
ノースカロライナ州(以下NC)は、リサーチトライアングル地区を中心にハイテクやバイオテクノロジー産業のブームが進行しており、他州からNCに移住する人々が増えています。この結果、2024年の大統領選挙では割り当てられた選挙人の数が15人から16人に増加し、南部の激戦州であるジョージア州と同等の選挙人数を持つこととなり、NCの重要性は一層増しています。
東海岸の南部の州は保守的で共和党のイメージがありますが、ノースカロライナ州の北側のバージニア州は2012年の大統領選挙から、サウスカロライナ州の南側のジョージア州は2020年から民主党支持州に変わり、民主党支持の州が増えてきました。
一方で、2020年の大統領選挙では、トランプ氏が僅差でNCを制したため、同州は両陣営にとって重要な激戦州になっています。特に、アメリカ大統領選の選挙人制度(Electoral College)ではわずか数千人の票の差で勝敗が決まる可能性が高いため、その1票の獲得を巡って熾烈な戦いが繰り広げられています。
さて、NCには、UNCシステムとして知られる州立大学システムがあり、16の州立大学が存在します。全体で25万人の学生が在籍する中、州内出身の学生は推定21万人に上ります(NCでは州立大学の学生数割合は州内82%、州外18%と規定されています)。このため、州内の学生票も重要な要素となっています。そこで、まずは、イノベーション地区であるリサーチ・トライアングル地域の大学生に焦点を当てて話を進めていきます。
リサーチ・トライアングル地区の州立大学
この地区は、民主党優勢のウェイク、ダーラム、チャタム、オレンジの4カウンティからなります。この中には州を代表するUNCチャペルヒル校を含む3つの州立大学があります。約6万5千人の大学生が有権者として存在するため、両陣営は大学生を重要なターゲットとして戦略を練り、選挙活動を展開しています。
学生IDカード問題
UNCチャペルヒル校は、多くの大学生がオレンジカウンティとダーラムカウンティに住んでいます。下の表からもわかるように、両カウンティともに民主党が圧倒的に優勢です。共和党がオレンジカウンティで優勢になるためには、無所属有権者の8割以上の支持を得る必要があります。一方、ダーラムカウンティでは、無所属有権者が全て共和党に投票しても、民主党支持者の数を上回ることはできません。
そこで、民主党陣営はリベラルな地域に位置するUNCチャペルヒル校で確実に票を獲得するため、9月18日号の大学週刊新聞の最後のページにハリス氏の宣伝広告を大々的に掲載しています。この新聞はチャペル・ヒルのダウンタウン周辺にも配布されるため、宣伝効果が期待できます。
これに対して、共和党陣営は積極的な選挙活動よりも投票へのアクセスに注目しました。NCでは、2023年から投票所での投票に写真入りのIDが必要となりましたが、大学生は州が承認した大学IDを使用できます。UNCチャペルヒル校では、昨年夏から従来の学生証(物理カード)をこちらの写真のようなスマホやスマートウォッチを使用した「ワン・カード」と呼ばれるデジタル学生IDに切り替えています。
NC州選挙管理委員会は、今年8月20日に、このデジタル学生IDを投票用のIDとして認めました。この決定に対して、NC州共和党と共和党全国委員会は、9月12日に、学生IDカードは「カード」、つまり物理(紙やプラスチック)カードを指すため、デジタル学生IDでの投票は違法だと異議を唱えました。しかし、選挙管理委員会はこれを却下しました。
その後、NC州共和党と共和党全国委員会が9月20日に控訴裁判所に控訴した結果、9月27日に判決が覆り、デジタル学生IDの使用は認められないとの結論に至りました。これを受けて、UNCチャペルヒル校は、投票用の学生IDを10ドルの手数料を免除して発行すると、発表しました。
デジタル学生IDよりも重要なのは投票手続き
この1か月の間、UNCチャペルヒル校は、デジタル学生IDがあれば投票ができるようなイメージを学生たちに与えていました。 実際には、大学のあるオレンジカウンティで投票するには、あらかじめオレンジカウンティに有権者登録をするか、あるいは、不在者投票用紙の請求が必要であり、デジタル学生IDや従来の学生証だけでは、選挙当日に投票できません。しかし、具体的にどのように投票手続きをするかについては、ほとんど報じられていませんでした。
*実は、この時点でこの原稿を書き終えて編集部に原稿を送る予定だったところ、9月26日にアメリカ南部に上陸したハリケーン・ヘリーンがフロリダ州、ジョージア州を経てNCの西部を直撃し、被害が広がり、選挙にも影響が出ることが予想されるため追記することにしました。
まさかの天災と不在投票用紙送付の遅れが重なった〈10月2日現在〉
ヘリーンの被災地では川の氾濫や道路の封鎖が発生し、コミュニティー、コーストガード、軍による復興作業が続いています。10月2日現在、死者は149名、そのうちNCでは、バンカム・カウンティ(アッシュビル地域)の57名と報告されています(ウォールストリート・ジャーナル10月2日号)。この地域では、アパラチア州立大学とUNCアッシュビル校も被害を受けて、休校になっています。
大学生も含めて被災地での投票は難しくなっています。どのような状況なのでしょうか。バンカム・カウンティの有権者の中には、既に不在者投票用紙を請求している人もいます。本来なら、不在者投票用紙は9月6日に有権者に送付され、今回の災害の前に届く予定でした。
しかし、今年は大統領選の第三党候補者のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、選挙活動中止の際、トランプ氏への支持を表明し、NCを含む激戦が見込まれる州で、結果に影響を与えないよう投票用紙から自分の名前を削除するよう各州に訴えていました。NCは、名前の削除を認めたため、投票用紙の印刷のやり直しなどで、郵送が遅れました。その結果、ヘリーンが州西部を襲う数日前に郵送されたため、投票用の郵便物が流されてしまった可能性があります。
現在、NC有権者のうち25万人が不在者投票用紙を請求しており、そのうち1万人はバンカム・カウンティ―の有権者です。その地域にある39カ所の郵便局は、安全が確認された後に、開局されます。バンカム・カウンティは州内で人口第7位の郡であり、民主党優位のように見えますが、無党派が民主党を上回っています。そのため、この票が共和党に流れると、共和党優位になる可能性があるスイング・カウンティです。
トランプ氏は、9月30日に被災地であるジョージア州バルドスタを訪問しています。10月1日には、副大統領候補の討論会が行われ、10月2日午後現在、バイデン大統領とハリス氏が、NCとサウスカロライナ州を訪れて、被災状況についてのブリーフィングを受けているとの報道がなされています。
アメリカの政策に参加:投票権の重要性
アメリカ国内には、記録的な天災であるハリケーン・ヘリーンに続いてハリケーン・ミルトンが上陸し、被災地援助や復興作業が進められています。そして、長期化するインフレ問題も懸念されています。国外では、中東情勢が悪化し、東シナ海でも緊張が続いています。また、ウクライナ戦争の終結も予測できません。
このように、国内外で先の読めない情勢が続く中、アメリカの大統領は、緊急事態が複数重なった場合、リーダーシップを発揮して的確な判断を下せるかどうかも候補者選びの重要なポイントになると考えます。
今回の選挙ほど候補者選びの重要性を実感したことはありません。選挙に行くことは、自分たちの未来を切り開く重要な一歩です。チャペルヒル地区の大学生は、デジタル学生IDカードに惑わされることなく、自分が投票したいカウンティーでの有権者登録や不在者投票を行って選挙に参加してほしいです。そして、被災地域の大学生は、復興支援の進展により不在者投票手続きを行えるようになり、投票できることを願っています。若い人たちの声を投票に託すことが、アメリカの未来に繋がると信じています。ぜひ積極的に参加し、その思いを届けてほしいと心から願っています。
最後に、ハリケーン・ヘリーンとハリケーン・ミルトンの被災者の皆様にお見舞い申し上げます。一日でも早い復興をお祈りしています。
米国病院経営士会・認定病院経営士、薬剤師(日本)、ノースカロライナ州保険部認定・メディケアカウンセラー 。ワシントン大学・大学院医療経営学部卒業。アメリカの病院でビジネス開発アナリスト、医療機関でボランティアや執筆活動を続けながら全米を縦横。現在はNCに在住し、メディケアのカウンセリングする傍、ら生け花を地元コミュニティに紹介し、文化交流にも積極的に取り組む。著書「病院の内側から見たアメリカの医療システム(新興医学出版社)」、共著「医療改革と統合ヘルスケアネットワーク―ケーススタディにみる日本版IHN創造(共著者:松山 幸弘、東洋経済新報社)」