特集「女性のリーダーシップ」:日本初の女性首相とスウェーデンのメディア
「睡眠時間が2時間程度という日本の新首相。働いて、働いて、働いて、働いて、働くと誓った高市早苗自民党総裁、ようやく誕生した日本初の女性首相には余暇はない。夜中の3時に会議に呼び出し、労働時間を増やす法案も考えている・・・」(スヴェンスカ・ダーグブラーデット紙以下SvD、2025年10月15日)
日本にもようやく女性首相が誕生というニュースを伝えるスウェーデンの大手日刊新聞SvD紙の見出しは、馬に鞭打ち猛進する戦士のようなイメージを与えた。エネルギッシュ、かつてはハードロックのボーカル兼ドラマー、ドラムスティックが折れるので予備に何本も持ち歩いていたというほどのパンチ力、モータースポーツを好む、テレビのキャスターなど経歴も多様である。自民党右翼であった安倍元首相の後継者、アイドルは鉄の女と呼ばれたマーガレット・サッチャー元英国首相という極めてマッチョな紹介、極端に短い睡眠時間について「肌にはあまり良くないだろう」と答えたと結んでいる。
スウェーデン公共放送では、新首相は保守的で女性参画は二の次、皇位継承順位改正に反対、移民はお断り、右翼国粋主義が中国・韓国との関係を悪化させ、拡大する中国勢力には日本経済の立て直しと軍備増強で対抗し、トランプ政権とは引き続き「良い関係」を保つ、身に着けるのはサッチャー風のブルーのスーツ、ストレス解消は深夜夫が寝付いたあとのドラムセッションなどの内容であった。ふだんは日本びいきの北欧諸国では、日本は色々な角度からとりあげられる。だが、高市早苗新首相就任はスウェーデンでも隣国でも目立たないニュースであった。
今、世界のあちこちで大国が小国を脅かし争いが絶えない。荒っぽい力ずくの男の争いばかりで悲惨である。UN Womenの統計によると、世界中で女性の政治参画率が減少している。概して女性権力者は小国にかぎられ、G20などの経済大国はほとんど男性権力に握られたままである(Women’s political leadership declines, with fewer women in executive office in 2025 | UN Women Headquarters)。なれば経済大国の日本に女性首相が誕生したことは喜ばしいはずだった。しかし反響は大きくなかった。一つには「初の女性リーダー」はもうユニークでないからであろう。
ヨーロッパ・北欧の女権の歴史
2024年以降、EUの三大機関のトップ(欧州委員会委員長、EU議会議長、欧州中央銀行総裁)はみな女性である。それに次ぐ外務大臣に相当する安全保障政策上級代表も女性である。またヨーロッパには王室というパワーファクターが、立憲君主制であっても国を団結させる力を秘めている。今では由緒ある王家でも王位継承者の性別にこだわりがない。スカンディナビアは1397年に女王(マルガレーテ一世)に治められ、アイスランド、グリーンランド、フェロー諸島、オークニー諸島やシェットランド諸島に及ぶ勢力をもった。ゆえにいまでもグリーンランドとフェロー諸島はデンマーク王国の一部である。皇位継承順位での性別にこだわる保守的な高市首相に偏見の根強さを見る。
北欧の女性議員率は39%~47%と世界でも高いレベルにある(Female leaders in Europe: Where are they and how many are there? Euronews )2021年3月のスウェーデンの男女参画庁(Swedish Gender Equality Agency)のまとめでは、世界的には政権の93%以上が男性に握られ女性の政治家は30%にも満たないが、スウェーデンでは、国レベルと自治体レベルの双方で女性議員率が上がっている。2022年の議会では8党のうち6党(最大勢力の社会民主党と中道派の中小5党)の党首が女性だった。
スウェーデン社会民主党初の女性党首が初の女性首相に(2021年)
草の根運動から生まれ、労働者運動・民主主義・福祉社会の生みの親という自負があるスウェーデン社会民主党は保守的でもあった。女性党首誕生までには100年あまりかかっている。左派4党の連合内閣を率いていた社民党は2021年に初の女性党首を得、この時スウェーデン初の女性首相も誕生する。社会民主党はその翌年政権を失ったが、いまだに最大勢力である。党は長い間スウェーデン政治を支配し、労働環境が整った優しい社会をデザインしてきた。なのに近年ストレスが原因の長期間欠勤が増えている。日本では過労死が多く女性はキャリアと家庭の両立が難しいという、そこでもっと労働時間を増やせという高市首相に驚き、女性でありながら女性の立場に理解のない無慈悲な政治と考え、疑問を持ったスウェーデン人は多かっただろう。
女性権力は世界を変える
スウェーデン防衛大学のジェニー・マーデスタム准教授は官公および民間機関の長であった女性13人をインタビューして、女性の社会への進出の増加はスウェーデン社会全体を優しく包容力のあるものにしてきたこと、女性トップが男性とは異質の多様な要求や労働条件に縛られていること、女性の進出がもたらした”女性化”が重要な社会的機関・企業・職種をもダイバーシティのあるものにしてきたことを指摘している。(『権力女性』2022年出版Maktens kvinnor )
また政治家の労働条件の男女差については、スウェーデン男女共同参画局(Swedish Gender Equality Agency)が研究結果をまとめて、育児・介護休暇など幼い子供のいる労働者に優しい制度がうまれ、ルーツがさまざまな人材が管理職にも多くなり女性党首の数が増えたことはその結果であると分析している。(『政治家のキャリアと性別』2021年出版)
これは「幸せスパイラル」効果であろう。社会に女性が進出すると、女性のいる職場は優しく寛容になり、偏見を少なく、多様性を豊かにするという。多様性のある職場は周囲の社会もオープンでインクルーシブにし、その輪が徐々に社会全体をも優しく寛容にするという。ここに連想されるのはフィーカと呼ばれるスウェーデンのコーヒーブレークである。どの職場でも決められた時間になるとみんなが集まってきて一息つく。ここではたとえ仕事の鬼であっても、たとえ5分間であっても仲間の誰かとの時間をもつことになる。これはスパイラル効果が浸透しやすい環境をつくる。今でも幸せや優しさは女性の特質とされてきてそれゆえ、メディアに紹介された排他的で優しさが足りない首相のイメージは、黒い背広とネクタイの一連の政治家と変わらないと見えた。高市首相には女性だからこそ・・・という期待はもっても仕方がないだろうと。
どうなる2026年スウェーデン総選挙
総選挙まであと2年余りの2024年、スウェーデンでは右派・左派連合とともに中道派でも党首交代が相次いで見られた。中道派政党はみな小規模であるが内閣の成立を左右する。まず野党最小の環境党が女性スポークスマンを替えた。同じころ与党最小の自由党に女性党首が選ばれる。こうして社会民主党、左翼党、環境党、キリスト教民主党、自由党の5党党首に女性がならんだ。残る中堅勢力は男性党首、やがてそのなかで最小の中央党も女性党首を選んで合計6党となる。その半年後に中央党は党首の交代を迫られるたが、後任にも女性が選ばれた。
ことによると2026年は初の女性党首左派4党連合内閣が生れることになるかもしれない。一番小さい環境党の男性スポークスマンが黒一点という、「女性化」した政府になるだろう。もちろんその結果はさだかでない。最新の調査では自由党の支持率は2%を切り、残りは4%のあたりを低空飛行し、伸びているのは極右勢力である。
これから本格的な選挙運動が連日のように放映される。画像を目に浮かべると、背広に身を固めた男たちの舞台に突然それぞれに個性的で溌剌とした女性が登場してキラキラと輝いて見える。
スウェーデンから高市首相へのメッセージ
就任以来超人的な働きで国を守ろうと雄々しく戦う高市首相に、日本びいきのスウェーデンからのお願いがある。この先何年もキラキラと輝いて活躍していただけるよう、時にはぐっすりと長めの睡眠や趣味の時間や何もしない時間をもうけて、ご自分を優しく労わっていただきたい。そうして家庭にもキャリアにも余暇にもスペースのあるもっと優しい日本の社会がつくれると、メッセージしていただきたい。希望が優しさのスパイラルで効果を広げて、今はまだ政界の93%が黒い背広姿のモノクロームな世界でもカラフルな女性政治家が勢ぞろいして光り輝く日もそう遠くないにちがいない。そして優しさが世界を変えるにちがいない。
文学修士・公認通訳。京都出身、同志社大学英文学部大学院修了、ストックホルム教育大学卒業、エリクソン社、パブリックヘルス庁等勤務、スウェーデン公認通訳、共著「プレイセラピー、子どもの病院&教育環境」。



