アイスランド一人旅
昨年8月末に1週間ほどアイスランドに一人旅に出かけた。以前からアイスランドに興味はあったが、実のところ「一人旅にどこか行った事のない場所に行きたい」という条件で選んだ結果がアイスランドだったのだ。
まず、何より安全である。「女性一人旅おすすめ」でインターネットを検索するとほぼほぼの確率で上位に食い込んでいる。観光大国であるため日帰りで気軽に参加できるツアーが山ほどある、ワシントンDCから直行便がある、英語が通じる、シーフードが美味しい、などの理由で決めた。もともと一人旅が好きだったが、夫と出会ってからそれもほぼなくなってしまっていた。二人での旅行はもちろん楽しいが、自分で気ままに行動できる一人旅も好きだ。我が家の猫が歳をとってきて、なるべく彼女だけをおいて家を長く離れたくないという理由から、それぞれ別に休暇を取ろうということになった。
初めてのアイスランドだったし1週間という限られた時間だったこともあった上、あまり忙しくせずにゆっくりしたいという理由から、首都レイキャビクを拠点に1日おきペースでツアーに参加した。到着初日は特に予定を入れず、ぶらぶらと街を散策した。レイキャビクは首都といえども小さな町で、カラフルな建物やアートが点在していて、街歩きだけでもとても楽しかった。8月だというのにショーウィンドウのマネキンがおしゃれな防寒防水の服を着ていて、夏でも平均気温が摂氏10〜15度程度という気候の厳しさを物語っていた。
フードツアーと極端な話
最初に参加したツアーはレイキャビクのフードツアー。ローカルガイドがおすすめの食べ物を歴史的文化的背景を交えて紹介し、何軒かのレストランをハシゴするという食いしん坊で歴史好きな私にピッタリのツアーである。食べ物で気に入ったのは北極イワシ。日本のイワシを想像してはならない。サーモンのような色をしているがまったく臭みはなく、さっぱりとした味わいの魚でなんとも美味しいこと。
食べ物はもちろんすべて素晴らしかったが、何よりツアーガイドの話が興味深かった。聞いた話の中で一番興味を引かれたのは、アルコール禁止令の歴史についてである。20世紀初頭、アイスランド史上初の国民投票でアルコールが禁止となった。のちに通商問題からワインなどは解禁となったが、ビールだけは1989年まで引き続き禁止されていたという。さらに個人が家で隠れて醸造するのを防ぐためにビールの原料となるイーストまで制限されていたという。また食べ物とは関係ないが、レイキャビクでは長らく犬の飼育が禁止されていた時期があった。住居供給、そして衛生管理の視点からというが、犬を飼うのを禁止するなんて、なんとも極端な話である。
火の国・水の国
次に参加したのは有名なゴールデンサークルと呼ばれるグトルフォス滝、ゲイシール間欠泉、シンクヴェトリル国立公園の三ヶ所を回る鉄板観光コースである。バスが進むにつれて、風景はどんどん見たことのない非日常的なものに変わっていった。植物がまったくない真っ黒な溶岩原が広がり、地球とは違う惑星のように見えた。その頃、ちょうど噴火中の火山もあった。私はてっきり山の頂上からマグマが噴き出すようなものを想像していたのだが、実際にはなんてことない平地からマグマが流れ出ていて、そのカジュアルさに驚いた。
また、アイスランドのあちこちには滝が溢れている。大小さまざまな滝が点在しており、大きな滝はその迫力と水の美しさが凄まじい。マグマと水流という対照的なエネルギーが隣り合うダイナミックな土地である。これらの資源を活用してアイスランドのエネルギー供給源は85%が再生可能エネルギー(地熱65%、水力20%)だそうだ。そういえば、伝統的な方法で地中に穴を掘り地熱を利用してライ麦パンを焼くのだと説明を受けた。生活の知恵、もしくは必要に迫られての結果なのかもしれないが、なんともエコである。
火山の中に入る
一日置いて、休火山の中に入るというツアーに参加した。レイキャビクからそれほど遠くない場所に位置するスリーフヌカギグル山は4000年前に噴火したそうで、今はそのマグマだまりが空洞になっており、専用のゴンドラを使って中に入ることができる。まず火山ふもとのベースキャンプに到着、そこから45分くらい溶岩原を歩いて、入り口の小屋に到着。そこで説明をうけ、ハーネスを装着し、6人単位でチームとなって火山の中に入って行った。
専用の小さなゴンドラ、と言っても足場と手すりがあるだけで屋根も何もない工事現場などにあるようなものなのだが、その簡易ゴンドラでほぼ200メートルほど地下に降りると、そこには紫、赤、青、黄色、オレンジなど外からは絶対に想像できないような色とりどりのカラフルな光景が広がっていた。地下は地上からの光が全く入らない、ライトがなければ真っ暗闇の世界である。周りに比較するものがないせいなのか、地面が平らなのかどうか分からず、重力は感じているのになんだか変な感覚だった。あれはたぶん、人生で一度きりの景色だったと思う。写真を何枚もとったものの、見返してみてもあの鮮やかな色がちっとも再現できておらずなんとも残念である。
次はゴアテックスを
最後に参加したツアーは、アイスランドの西部にて氷河ハイキングをする、というものだった。ツアーバスは出発したものの、その日は大雨で氷河に行く道が封鎖されてしまい途中で急遽予定変更、違う名所に行くことになった。雨が多いと聞いていたので、それなりに防水装備を準備してきたつもりだったが、私のにわか防水対策はあっさりと敗北。レインコート自体も水を含み、何が濡れていて何が濡れていないのか分からなくなってしまい、もうどうでもよくなってしまった。
普段DCで生活しているときは、少しの雨でも外出が億劫になるというのに、なぜかその不自由さまでもが可笑しく楽しく思えた。子供の頃、大雨が降るとわざわざ外に出て大濡れになるという遊びが非常に楽しかったが、あれは似たような感覚だったのかと今にして思い返す。次にアイスランドに来るときまでにゴアテックスのレインコート上下を揃えなければならない。
思いがけず選んだアイスランドだったが、旅を終える頃にはすっかりアイスランドの虜になっていた。広大な溶岩原の黒々とした風景、轟音とともに流れ落ちる滝の迫力、嘘みたいに澄んだ水の青さ、びしょ濡れになった冷たい雨の感触、レイキャビクの街角で見かけた毎日同じ場所で昼寝をしていた猫のふわふわとした毛並みや、もちもちとしたライ麦パンの甘さ、どれをとっても今でも鮮明に覚えている。
旅の途中では、多くの一人旅の女性たちにも出会った。ヨーロッパ、アメリカ、アジアと、さまざまな国から、さまざまな思いや目的を持って一人で旅をしている女性たち。彼女たちに共通して感じたのはしなやかな強さだった。時代遅れに聞こえるかもしれないが、実はとても貴重な、「女性が一人で自由に旅に出られる」という状況に、自分自身も身を置けることのありがたさと、時代が進んだことから来る豊かさと希望を改めて実感し、そのこと自体を心強く思った。
この旅は、ただ観光地を巡るだけではなく、自分自身の内面と静かに向き合う貴重な時間にもなった。日常から少し離れて、自分だけのペースで過ごすことで、心の奥深くがリセットされていくのを感じた。できればまた近いうちに一人旅に出たいと思う。そして次はしっかりゴアテックスを装備して、またアイスランドの地を訪れたい。
新潟出身。多国籍エンジニアリング企業の財務部にて数カ国勤務後、2017年アメリカに移住。2020年からは拠点をDCに移し一般企業勤務。趣味は猫。