真っ白を超えて、見えてきたもの
役作り
私の所属している日仏女性劇団セラフ は、春と秋に年2回の公演をパリ中心に定期的に行っている劇団です。この数年間は、 Fin envoutante(魅惑的な最後)をテーマに作品を作り上げてきました。「最後」、或いは「死」をテーマにした小説に基づく劇で、安倍公房の遺作といわれている「カンガルーノート」では死の床での想い、太宰治の最後の傑作「人間失格」では自意識にさいなまれ破滅、転落していく主人公の姿、最愛の妹の死後に宮沢賢治が執筆した「銀河鉄道の夜」では、孤独な少年と親友の銀河鉄道での不思議な旅を描きました。
ほとんどの団員はパリ在住ですが、私はアメリカ、もう一人は日本に在住しています。いつも、どのように稽古をしているのか聞かれるのですが、演出も手掛けている団長とオンラインカメラを使い個人的に稽古をします。全体の立ち稽古は全員が揃った、舞台の始まる数日前に調整します。
2024年の11月は再演2作に加え、「黒い十人の女」という新作がありました。「ある男の妻と、彼に思いを寄せる九人の愛人が彼に殺意を抱いたことから騒動が巻き起こる」という内容で、映画では古くは市川崑監督で山本富士子、岸恵子他(出演)、リメイクで浅野ゆう子、鈴木京香他(出演)、芸人バカリズム監督でもテレビドラマ化されるなど、何度も上演されている作品です。結末はここでは公開しませんが、ブラックユーモアがちりばめられたミステリー映画です。
私はその中でテレビ局の広報課に勤めている向井虫子役を演じました。まず、最初にすることは演じるキャラクター作りです。今回の役は愛人の一人であること以外の特徴はなく、他の八人の愛人たちのキャラクターにかぶらないようにしなければなりませんでした。最初の稽古の時に、私は今まで演じた役では取り組んだことのない3つの特徴 1)声が高い、2)どもる、3)芯は強いが弱気を提案し、この中から決めたいと話しました。すると、団長は、なんと「それ、全部使おう!」と思いがけない返事。確かに強烈なキャラクターになり、自分の提案が自分を追い詰めることになりました。3つとも全く自分の中にはない要素でしたし、短いセリフの掛け合いが沢山あったので、その中でどのように表現できるのか毎回の稽古で試行錯誤しました。何度も稽古をしていく中で、少しずつ最初の提案通りのキャラクターに出来上がっていきました。
最後はオンラインで通しの稽古もしましたので、少しの安心感と新作の緊張感を抱いたままパリへと飛びました。結局全員が揃った立ち稽古はリハーサルの時でしたが、長年の経験も助けになり、十人の女がそれぞれ特徴のあるコミカルで華やかな作品に仕上がりました。
11月の公演での出来事
今回の公演で、初めて体験したことがありました。再演した作品「悪女について」(有吉佐和子原作)の舞台中に自分のセリフが真っ白になって出てこなくなったのです。数分あるモノローグだったので、他の役者の掛け合いの助け舟もなく、真っ白になった頭でスポットライトに当たっていました。このまま、セリフを言わないと辻褄が合わなくなります。思い出そうとすればするだけ、真っ白になっていきました。その時、団長は舞台の後ろの方で、「20年・・・」ときっかけの言葉を小さい声で繰り返し言ってくれていたようですが、パニックの私には聞こえませんでした。
セリフを思い出そうとするのをやめた時、真っ白になった頭の中にふと「20年・・」が浮かんできたのです。その後は、自分でも驚くほど冷静に間違えることなくセリフが出てきて、その人物に成り切り次の場面に繋げることができました。多分、1分もない間でしたが、私にはとても長い時間に感じました。その時、観に来てくれていた友人に後でこっそり聞いてみると、気が付かなかったようで、その間も演出だったと思ってくれたようです。この体験をして、演じるということをもっと深く考えるようになりました。そのキャラクターをどれだけ演じ切れるかによって、演技の幅が広がることも分かりました。
新たなチャレンジ
今年の5月、劇団セラフではいつもの小さい劇場ではなく、ヴェルサイユにあるBretonneauという高齢者専用の緩和ケア病院内の舞台を借りて、そこの患者さんにお芝居を観劇してもらうことになりました。これから人生を閉じていく方々に日常を感じてもらい、演劇を観ることで少しでも多く温かいメッセージや安らぎを感じてもらえるといいと思っています。もしかしたら、目をつぶったまま、ベッドに寝たまま、表情も変えないまま観劇する方もいらっしゃると思います。たとえ、そのような状態でも、役者が色々な感情や役柄を演じるのを観て頂くことで、観る側も色々な感情の経験をしたり、物語を経験して頂けると思います。
そして、私たちにとっても、いつも感じている観客の存在や波動を感じず、真っ白の中かもしれない状況でも、役になり切って伝えることの大切さを感じられる大切な経験だと思っています。
劇団として今年は 『女性の役割に重点を置き、ポジティブで日本をアピールできる作品』 をテーマにし、新たに作品作りに挑戦をしていくので、その中で貢献できることは私にとっても新たなる挑戦です。この挑戦は普段の仕事(教育関係)や生活にも大きく繋がっていて、演劇を通して得たスキルが大いに生かされている気がします。
2025年、今年も挑戦!
1990年渡米。ワシントンDC在住。ワシントンDCエリアで教育関係の仕事をしながら、パリの劇団に所属。ワシントンDCで日仏女性劇団セラフの公演を実現するため、スポンサー探しに奔走中。