Samurai and Silk: A Japanese and American Heritage (ハル・松方・ライシャワー)

Samurai and Silk: A Japanese and American Heritage 著者: Haru Matsukata Reischauer Belknap Press, an imprint of Harvard University Press

Samurai and Silk: A Japanese and American Heritage
著者: Haru Matsukata Reischauer
Belknap Press, an imprint of Harvard University Press

Samurai and Silk: A Japanese and American Heritageは、ライシャワー元駐日米国大使夫人であるハル・松方・ライシャワー女史(1915-1998)が英語で書いた彼女の一族の伝記で、日本語版『絹と武士』は広中和歌子によって翻訳されている。原本の英語版は、膨大な歴史資料を使って書かれた360ページを超える大作だが、優雅な英語で歴史小説のようにおもしろく語られており、ハルの先祖の中でも特に偉大な功績のある二人の祖父、母方の松方正義と父方の新井領一郎に重点が置かれている。

松方正義の功績

江戸時代の薩摩藩に生まれたハルの父方の祖父松方正義は、明治維新後に政治、経済、軍事面の発展に多大なる貢献をし、近代日本国家をつくった中心人物として、その業績が詳しく描かれている。薩摩藩で商業を営む貧しい家系出身の松方正義は、異例の勉強家であり、頭の回転が早くて勘が鋭く、視野がずば抜けて広かったなどの要素があり、様々なところで才能が認められ、侍階級との結婚を通じて、「士農工商」の最高階級である侍階級に上がっていく。このように有利な要素に恵まれてはいたが、政治制度、金融制度革命の指導者として最終的に首相にまでなった理由は、英語を早くから勉強し、外国で得た知識を日本の制度に合うように適用し、人脈作りにも長けていたなど、彼自身の才能があったからだと書かれている。英国、ロシアとのいざこざが起きた時も、外国に持つ人脈が功を発して、大事に至る前に国が救われたと記録されている。松方正義の100年前にアメリカ独立後の金融制度確立に貢献したアレクサンダー・ハミルトンとも比較されている。

新井領一郎の功績

もう一人の祖父は、ハルの母方の祖父で新井領一郎。群馬上野の裕福な農家に生まれ、絹産業を興し発展させ、西洋で人気のあった中国製の絹と同質の絹を日本が生産できるよう尽力した。また、上質になった絹を海外に積極的に売るために、ニューヨークに基盤をつくり、貿易を通じて近代日本国の発展に直接貢献した商業界のリーダーでもあった。

大きな観点からみると、明治維新直後の近代化のための必須要素は、大まかにふたつあった。ひとつ目は政治的権力を一か所に集中させ、民主的政治制度を確立し、外国との貿易により経済発展に必要な外貨を貯め、貯蓄とローンを可能にさせる金融制度を構築すること。二つ目は、中流階層を育てることだ。農業中心の江戸社会から国際経済社会に転換するために、まず米と絹しかなかった日本産業を拡大することから始まった。父方の松方正義が銀行制度などを確立して日本の金融制度の基盤を作っている間、母方の新井領一郎の家族は、絹の貿易を通じて膨大な富と政治力を築き、外貨の増加と経済力の発展に貢献し、日本の近代化に必要な二つ目の柱、つまり中流階級を育てる基盤を築き上げたことになる。

ユニークな歴史書兼伝記

この本は、松方家と新井家の孫娘であるハルによって書かれているので、一族にとって批判的なことは書かれていないと批評する読者もいるかもしれない。しかし、非常にユニークな背景を持つ国際的日本女性の観点から書かれているので、それだけでも読む価値がある。アメリカに生まれてコネチカット州で育ったハルの母親が、エール大学で就学中のハルの父親と出会ってアメリカで結婚し、結婚式のために日本に帰ったきた時にハルが生まれた。そしてハルはアメリカでリベラルな大学教育を受けた後、東京でジャーナリストとして活躍中に、将来駐日米国大使になるライシャワー氏と結婚した。家族しかアクセスできなかったであろう貴重な資料、例えば個人的な日記や家族に出した手紙なども使われていて、一般的な歴史書には無い裏話もあり、歴史書としても伝記としても非常に意義がある書物だと思う。

明治の指導者はすべて男性であり、女性の視点から見た男性の振る舞い、家族関係、西欧の男性の女性に対する扱い方がいかに日本と異なるか、また女性に対する教育が普及されなかったことなどを指摘していることも、この本のユニークな点だと思う。しかし、明治時代の到来とともに階級制度が廃止され、教育さえあればあらゆる分野で活躍できる近代社会になったにもかかわらず、なぜ女性に勉学の機会がなく、社会的地位は全く変わらず政治参加もできなかったのかなどについては一切触れていない。日本は、江戸時代に禁止していたキリスト教を西洋に認めてもらいたいが故に許可するようになったが、まだまだ儒教の教えが基本的な哲学であり、社会に大きな影響力を持っていたのが、女性の地位が変わらなかった理由かもしれない。

経済力が増すと、軍事力も増してくる。西洋に追いつくことが目的だった日本は、アジアに侵略してくるヨーロッパやアメリカの行動を見て、自分たちも仲間に入らなくてはと考えたのか、軍事産業、特に造船や武器の生産にどんどん力を入れて行く。それこそが、大国であることの証拠であるかのように。そのあげく、台湾、韓国、中国に侵略し、イギリス、ロシアに挑戦して行った。そうした動きを懸念して反対を表明したグループがあり、松方正義がその中心だったこともこの本に書かれている。しかし彼らの少数意見は無視され、日本はアジアに向かって次々と横暴な行動を進め、ついに第二次世界大戦に至った。それをチェックするはずの報道機関は1930年代から急に軍事政府に抑えられて、自由な報道が不可能になった。その一つの原因は、明治維新後の国会制度によって民主的な政府を築くという目標は名ばかりであり、元老と呼ばれる江戸時代の侍であった士族がすべての支配職を占めていたことにあることが、この本を読んでよくわかる。

最後に

先にも述べたように、この本の価値は、明治時代の偉人の親族であるハル・松方・ライシャワーが、埋もれていた貴重な歴史的資料を親族の特権を使って公開しながら、祖父たちの伝記を書いたことにあり、政治的、経済的な分析ではない。しかし現代の日本に生きる、またはかかわる人間として、この本から学ぶことはたくさんあると思うので、ぜひ多くの人に読んでほしいと感じた。

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