“自由の女神”を贈ったフランスから見たアメリカの今

パリ、セーヌ川の中洲、白鳥の島に立つ自由の女神(背後はエッフェル塔)

パリ、セーヌ川の中洲、白鳥の島に立つ自由の女神(背後はエッフェル塔)

プーチン大統領の率いるロシアがウクライナに攻め込んだ2023年の2月から今日まで、ヨーロッパは手に汗を握る思いをしてきた。ウクライナを支持してきたバイデン政権から、トランプ政権に移り、さらにその不安は深まり、緊迫感も増している。地続きのヨーロッパにとっては、ウクライナの敗北はヨーロッパの敗北である。といってもロシアがこちらフランスまで攻めてくるとまでは誰も思っていないが、米国とロシアに自分たちの未来を決められてしまうようなことになったりしては眼も当てられない、という思いはある。欧州連合(EU)はなんとか同盟国同士の団結を守ろうとしつつ、緊急事態を想定した準備を始めた。

欧州連合(EU)は3月26日付けで加盟各国に対し、市民が“72時間サバイバルキット”を準備することを提案したのだ。軍事的攻撃、サイバー攻撃、産業事故などの様々な障害が生じた場合に、市民が自己防衛をし、少なくとも72時間は生存できるようにするための危機管理戦略である。加盟国は夏までに30ページほどの印刷物を用意して学校や政府から配布したり、ウェブサイトを開設することによって、市民に分かりやすいサバイバルマニュアルへのアクセスを可能にしようというものだ。キットは各自で準備しなくても、購入も可能。このような対策は、西ヨーロッパでは第二次世界大戦以来のこと。目下EU内はそこまで緊迫し始めている。といっても、一般の人々は、現時点ではそれほど危機感を感じてはいないのだが。

「米大統領はネロ皇帝」― マルレ上院議員の演説

3月4日にウクライナ支援策を検討するフランス上院議会でクロード・マルレ上院議員(Claude Malhuret、1950年生まれ)が、拍手喝采を浴びる名演説を行った。マルレ議員はトランプ政権をローマ皇帝に喩えてこう言った「ワシントンは今やネロ皇帝(AD37-68)の宮廷と化した。そこには皇帝に仕えるケタミン(薬物)中毒の道化役がいる」、等々。このニュースはすぐにネットを通してアメリカを始めとする国外にも伝わり、英語訳がネットワークで拡散し、メディアにも広がり、一時世間を賑わした。

誰もが考えていたことを声に出してくれた、と多くのフランス国民は喝采をあげた。マルレ議員も演説後、自分としては当たり前のことを言っただけなのだが、これまで目を瞑っていた人たちが現実に向けて目を覚ましてくれたのなら、それに越したことはないと述べた。マルレ議員は医師で「国境なき医師団」の元団長、ヴイッシーの元市長でもあり、これまでも数々の的を射た発言で知られる。余談になるが、その数日後、テレビの会見で、「ネロ皇帝と言ったけど、カリギュラ皇帝(AD12−41)と言ったほうがもっとよかったかも」と笑いながら語っていた。ネロ皇帝はローマを焼き払った暴君だったけれど、カリギュラ皇帝は愛馬を領事官に任命するという正気を欠いた行動の逸話で知られる暴君だったから、後になってトランプ大統領にはカリギュラの方がより相応しいと思ったようだ。

「自由の女神を返せ」― グリュックスマン欧州議会議員の発言

3月16日には欧州議会のラフアエル・グリュックスマン議員(Raphäel Glucksmann、1979生まれ)が自ら共同代表を務める中道左派政党の大会で、米国はもうかつてフランスが女神像を贈る理由となった価値観を体現する国ではなくなった、だから「自由の女神像を返してくれ」といった趣旨の発言をした。これに対して、トランプ政権の報道官(K.Leavitt)は、同議員を「無名の下級フランス政治家(Unnamed Low-level French Politician)」と蔑みながら、第二次世界大戦時にアメリカ軍の参戦によってフランスが救われた過去を持ち出し、アメリカがいなかったら今頃フランスはドイツ語を話す国になっていただろうから、そういう偉大な国に感謝すべきだ、という内容の応答をした。

ご承知の如く、ニューヨークにある自由の女神像は米国独立(1776年)後100周年を記念して、フランスとの友好を祝うために1886年にフランスが寄贈したものだ。ローマ神話の「自由(リベルタス)」を擬人化した像で、右手に松明、左手に米国の独立記念日の日付の刻まれた銘板を抱えている。足元にある壊れた足枷は、あらゆる種類の抑圧からの解放を象徴している。女神像の冠には、7つのぎざぎざが付いていて、それは世界の7つの海と7つの大陸を表している。自由の普遍的な概念の象徴である。

グリュックスマン議員は「もしトランプ政権が、自由の女神が象徴しているすべてのものを侮るなら、象徴的に自由の女神像を取り戻すことは可能だと主張したかった」と追言した(傍線は著者)。

グリュックスマン議員は活動家として、様々な国に出向き、2009年から2012年まではロシアと対立路線をとる旧ソ連領グルジア(現在のジョージア)の大統領の顧問を務め、欧州連合との橋渡しを行っている。アメリカで彼の名は知られていなくても、トランプ政権報道官の言うような無名下級政治家ではない。父親は政治哲学出身で活動家であったアンドレ・グリュックスマン(1937−2015)で、闘士としての信念は父親から受け継いでいる。

彼は、米新政権がウクライナ対策を急転換したことを激しく批判し、さらには研究機関の予算削減も批判。ちなみにフランスでは今、こうした米政府による研究予算削減を受け、冷遇された一部の研究者たちをフランスに招こうという取り組みが始まっている。

「自由の女神」のフランス語の正式名は“la Liberté éclairant le monde”、英語は“Liberty Enlightening the World”,つまり、「世界を照らす自由」である。これからアメリカはしばらくの間、フランスが「自由の女神」を贈った「世界を照らす自由」を掲げる国ではなくなってしまうのだろうか。


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