米連邦政府の助成金削減がノースカロライナ州リサーチ・トライアングル地区の教育と医療に与える影響
はじめに
今年の2月、地元のシニアセンターで、ノースカロライナ州立大学の元プロジェクトマネージャーであるAさんから 「プロジェクト助成金の削減によりレイオフされ、健康保険も失いました。保険についてどうすればよいでしょうか?」 という相談を受けました。
このAさんのケースは、政権交代後に始まった連邦政府の助成金削減がリサーチ・トライアングル地区(RTP)にも影響を及ぼしていることを示しています。今回は、助成金削減がRTP地域の教育機関や州の公共医療に与える影響を報じ、最後に納税者の視点からこの問題について考察したいと思います。
RTP地域の大学への影響: ノースカロライナ州立大学
トランプ大統領は、就任直後の2025年1月21日に大統領令14190号を発令し、違法な差別の撤廃と実力主義の機会回復を掲げて、Diversity, Equality, Inclusion (DEI)関連のプログラム終了を命じました。(ここに、DEIについて少しだけ説明するとよいのでは?)
これを受けて、ノースカロライナ州立大学システムは、2月10日に、全17校の学長に対し、DEI関連プログラムの再検討と、大学生の必修科目にDEIが含まれている場合にはその内容の見直しを求めました。
ノースカロライナ州立大学ローリー校は、この通達を受けてDEI関連科目を卒業必須科目から除外し、DEI関連のプロジェクトに関連する学生のインターンシップも中止しました。
ノースカロライナ州立大学チャペルヒル校(UNC)では、米政府の研究機関National Institute of Health (NIH)やNational Science Foundation (NSF)からの助成金を受けていた複数の夏季研究プログラムが中止されました。例えば、「SURE-REU」と呼ばれる家族の中で初めて大学に進学する学生やマイノリティ学生を対象とした生物学に関する夏季研究プログラムが中止されました。
UNCキャンパス内には、人口動態や地域に関する調査を行い、社会的背景や政策が格差に与える影響を分析する 「カロライナ人口センター」 があります。同センターは毎年、夏季インターンシップ・プログラムを主催していましたが、NIHとNSFからの助成金停止により、インターンの受け入れを中止せざるを得ませんでした。
また、同センターでは国際開発庁(USAID)からの助成金凍結に伴い7つの研究プログラムも中止になり、これは世界中の人道的活動にも影響を与えています。
さらに、UNCは2023年にUSAIDから9,000万ドルの助成金を獲得し、発展途上国の健康を改善するためのプロジェクトを実施していましたが、資金削減の影響で中止されました。現在、研究者とスタッフは解雇され、これらのプロジェクトに依存していた世界中のコミュニティは支援を受けられなくなっています。
デューク大学の選択
トランプ大統領は、10億ドル以上の基金を持つ大学を対象に、DEIへの取り組みに関する調査を開始しました。デューク大学もその対象になっています。
デューク大学は私立大学ですが、多くの州立大学と同様に、連邦政府から多額の助成金を受けています。2024年には、デューク大学の研究予算の64%以上がNSFやNIHからの助成金で賄われました。ちなみに、デューク大学が2024年にNIHから受けた助成金は総額5億8,000万ドルに上ります。
デューク大学の新聞 『The Chronicle』 の2025年3月25日号によると、デューク大学はDEIへの規制に関して、現状維持するのか、あるいは、DEIイニシアチブを縮小するのかなど、明確な決定を下していないと報じています。
理由として、ハーバード大学が最近、毎年開催されるDEIフォーラムで多様性の重要性を再確認する声明を発表したことや、ジョージタウン大学ロースクールの学部長が 「政府はジョージタウン大学とその教授陣が何を学生に教えるべきか、指示することはできない」 と述べたことが挙げられ、デューク大学は沈黙を守っていると報じられています。
もしデューク大学への政府助成金が削減されれば、各種プロジェクトの中止に伴い、冒頭のようなスタッフのレイオフが進む可能性があります。
ノースカロライナ州における公共医療への影響
連邦保健福祉省は3月27日に大規模な改革を発表し、全米の薬物依存症対応サービスや地域医療センター向けの数十億ドルの資金を管理する機関の閉鎖、さらに地方自治体への110億ドルの公衆衛生予算の取り消しを決定しました。この結果、ノースカロライナ州保健福祉省(NCDHHS)は連邦政府からの1億ドルの助成金を失い、80人の人員削減が生じる可能性があります。
連邦政府の助成金削減は、州内の予防接種、予防接種登録、感染症の管理など多くの分野に影響を与える可能性があります。これらのサービスは、地方の保健局・福祉局、大学、病院によって提供されるため、これらの施設にも影響が出ることになります。NCDHHSは、連邦政府からの詳細が判明するまで、これらのサービスの一時停止を勧告しています。
限りある財源から重要事項を考える
連邦政府の助成金削減は、ノースカロライナ州内の大学のプロジェクトや保健福祉活動に停滞をもたらし、これが地元の雇用や公衆衛生に影響を与える可能性があります。これらのプロジェクトやサービスはコミュニティにとって重要であり、その継続が望まれています。
一方で、連邦政府の財源には限りがあります。連邦所得税の確定申告期限である4月15日を前に、国内歳入庁(IRS)の確定申告手引書(2024年1040 Instruction)を確認したところ、2023年度の国家財政赤字が1.694兆ドルに達していたことが記載されていました。5年前の2018年度では赤字が7,790億ドルだったため、赤字は2倍以上に増加しています。現状維持のままでは、赤字がさらに拡大する恐れがあります。
納税者の視点に立てば、すでに巨額の赤字を抱える連邦予算のもとで、大学や公共医療への連邦補助金をこれまで通り維持するのは、現実的に難しいと感じるかもしれません。
一方で、大学の研究プロジェクトや公共サービスは、国の将来を支える重要な基盤であることに変わりはありません。そのため、たとえば大学においては、学内予算の再編を通じて必要なプロジェクトの継続を図るなど、自助努力が求められます。
また、公共サービスについても、州の財政状況を踏まえたうえで、より持続可能な形へと見直していく必要があると考えます
このような厳しい財政環境と先行きの不透明な状況の中では、各機関が創意工夫を凝らし、限られた資源を最大限に活用して、持続可能な運営体制への転換を進めることで、高等教育や公共サービスが今後も安定して継続されることを願っています。
米国病院経営士会・認定病院経営士、薬剤師(日本)、ノースカロライナ州保険部認定・メディケアカウンセラー 。ワシントン大学・大学院医療経営学部卒業。アメリカの病院でビジネス開発アナリスト、医療機関でボランティアや執筆活動を続けながら全米を縦横。現在はNCに在住し、メディケアのカウンセリングする傍ら、生け花を地元コミュニティに紹介し、文化交流にも積極的に取り組む。
著書「病院の内側から見たアメリカの医療システム(新興医学出版社)」、共著「医療改革と統合ヘルスケアネットワーク―ケーススタディにみる日本版IHN創造(共著者:松山 幸弘、東洋経済新報社)」