アメリカでの反日運動 なぜロサンゼルスで慰安婦問題なのか
アイキャッチは韓国で撮影
はじめに
慰安婦問題は、政治的には日本と韓国の問題のはずであった。しかし今やもう、二国間の問題ではない。アメリカでは韓国系団体が中心になって、日本が慰安婦問題について謝罪をしていないとの喧伝が激しくなり、日本のマイナスイメージを拡散しようとする動きが広まっている。全米のローカル・レベルで韓国系市民や議員が増えることによって、発言力が高まり、記念像の設置につながっている。
慰安婦像は続々と設置され、人権派のアジア史家、文筆家、反日団体に支援を受けている議員、下院民主党院内総務ナンシー・ペロシ氏などが著書や公の場で日本を批判し、人権問題に関心のある非韓国系市民をどんどん取り込みつつある。私自身も、2016年秋、あるパーティで反日運動家から責められたことがある。
本稿では、慰安婦問題を巡るアメリカ及び国連での動き、慰安婦問題のポイントをまとめ、交渉の歴史を振り返り、私たち一般日本人がなすべきことを考えたい。
1.アメリカでの動き
(1)連邦議会での非難
2007年7月、米国下院外交委員会において、マイク・ホンダ民主党下院議員(当時、注1)提出の日本政府に公式な謝罪を要求する決議案が採択された(注2)。唯一、「日本は謝罪してきた」と決議に反対していたダナ・ローラバッカー共和党下院議員は、韓国系団体の訪問を受け、決議支持に転じたという(注3)。
2015年4月末、下院本会議において、安倍総理の議会演説に先立ち、議員たちが安倍は韓国に公式に真摯に謝罪すべきだというスピーチを行ったが、この問題をずっと提起してきたのはホンダ議員だった(注4)。
(2)慰安婦像(または記念碑)設置状況
2010年 ニュージャージー州Palisades Park区(注5)
2013年 カリフォルニア州Glendale市
2014年4月 ニュージャージー州Union City市
2014年5月 バージニア州Fairfax市
2014年8月 ミシガン州Southfield市
2017年6月29日(予定)ジョージア州Brookhaven市
2017年9月(予定)San Francisco市では、2015年に中国系反日団体が主導して記念像の設置計画を推進、中国系リー市長が許可し、市議会が承認した。団体が公園に隣接する私有地を購入し、像と共に市に寄贈するという手の込んだ方法で、他の問題も抱えながらも本年9月に設置される予定。
他にもホンダ議員らが積極的に運営する団体Atlanta Comfort Women Memorial Task Forceがシンポジウムなどを開催しつつ、Atlantaや他の市に慰安婦像を設置する運動を続けている。
慰安婦像の設置はアメリカ以外でも増えている。ドイツでは2017年3月Wiesent市に(Freiburgでは設置案却下)、2015年11月にはカナダのToronto市に、また2016年8月にはオーストラリアのSydney市にそれぞれ慰安婦像が建てられた。2016年10月には中国上海大学構内に二人の慰安婦像が並べられた。
(3)教科書
カリフォルニア州の公立高校で韓国系団体の求めに応じ、来年から導入される歴史・社会科学のカリキュラム指針に日本軍の慰安婦が「性奴隷」と記載されるという(注6)。
2.国連での動き
韓国、中国、日本、オランダ、フィリピン、台湾など8カ国・地域の14団体が「国際連帯委員会」を結成し、2016年5月、慰安婦資料をユネスコの「世界の記憶(World of Memory)」に登録するよう共同申請書を提出した(注7)。
申請書は、犠牲者の苦しみや永続的な屈辱の深さの点で、慰安婦制度はナチスによるホロコーストとカンボジアの大虐殺に匹敵する戦中の惨劇だとしている。(この例えは、ユダヤ社会を激しく憤らせた。カナダ・イスラエル友好協会が「世界の記憶」事務局宛に長文の手紙を送り、「ホロコーストに匹敵するものは何もない」と非常に厳しく抗議している(注8、9)。
3.慰安婦問題に関する主な歴史
1965年
日韓基本条約:韓国に対する約11億ドルの経済協力、両国間の請求権の完全かつ最終的な解決などが取り決められた。
1991年
最初の慰安婦が名乗り出て日本政府を訴える。
1995年
村山首相が第二次大戦中、アジア諸国に多大な損害と苦痛を与えたことに対し謝罪(注10)。
1996年
慰安婦のためのアジア女性基金設立(政府出資8.3億円、寄付4億円)。橋本総理の「心からお詫びを申し上げる」との手紙を添える。その後、歴代総理がこの手紙に署名(注11、12)。2007年まで償い事業、女性の尊厳に関する事業を行った。
2015年12月
日韓外相の共同記者会見で日韓合意を発表。「安倍内閣総理大臣」が「心からおわびと反省の気持ちを表明」し、韓国に10億円拠出することを約束。日韓両政府がこの「日本軍慰安婦被害問題」が「最終的、不可逆的に解決されることを確認」した。そして、韓国政府は、在韓国日本大使館前の少女像に対し、適切に解決されるよう努力することを表明。両政府は国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控えることを約束した(注13)。
4. 考察
慰安婦問題がこじれてきたポイントは4点にある。まず、以下の有無である。
(1)日本軍による女性の尊厳の侵害
(2)慰安婦の軍による強制連行
日本政府は女性の尊厳侵害については当初から認めてきた。強制連行があったか否かで論争している。韓国はひどい強制連行があったと言い、日本政府は証拠がないと言う。この状態に対し、日本は大きく2つの立場に分かれる。
右派と呼ばれる人たちの主張
事実とは異なる主張には徹底的に反証を挙げて抗議すべきだ。特に「強制連行」は、吉田清治なる人物の創作話であり、吉田自身が後年告白しているように連行の証拠がない点、高所得目当てに自ら志願したと証言した慰安婦がいる点、慰安婦の人数にも誤りがある点などを、国際社会に丁寧に説明しない限り、日本の汚名は晴らされないと主張。(櫻井よしこ氏、古森義久氏など)
左派と呼ばれる人たちの主張
日本政府は戦時中から自国民をも騙し、アジアで極悪非道を重ねてきた。現政府は非を認めたくないため、事実を歪めているに違いない。強制連行が実際にはあったのになかったということ自体、女性の尊厳の侵害である。韓国の納得がいくまで一緒に戦う。
さらに、問題となっているのが以下の有無である。
(3)日本政府からの公式の謝罪
(4)お互いこれで終わりとする合意
右派の論証(注14)を読むと、事実でないことを批判されて憤る気持ちは理解できる。しかし、いくら証拠を並べても、強制連行を否定することは、人権侵害まで否定したかのように受け取られてしまう。実際、保守派の論客が真実をアメリカに伝えようとWashington Post紙に出した意見広告は、むしろ反感を招き、下院議会決議を阻止することはできなかった。NY Times紙は掲載すら拒否した(注15)。
サンフランシスコ州立大学の韓国系アメリカ人Sarah Soh元教授は、慰安婦への聞き取り調査など丹念に取材を重ね、都合の悪い事実が、韓国の文化と政治の文脈で歪められていく過程を著書に描いている(注16)。意見広告の失敗でわかるように、不幸な「事実」を訂正するのは容易なことではないし、また、アメリカ人など第三者はわざわざ他国の歴史事実を確かめたりしないことを、私たちは覚えておかなければならない。
しかるに、慰安婦システムの事実がどうのこうのと争わず、長年謝罪してきたことを強調すべきだ。1995年以来ずっと謝罪し、償いを申し出てきたという我々の誠意を世界に伝えるべきだ。特に、2015年末の日韓合意で、再び日本が公式に詫びたこと、日本政府が10億円拠出し韓国政府に受領されたこと、生存する元慰安婦の46人中34人が合意を受け入れ、29 人に支給が開始された(注17)こと、国連など国際社会において互いに非難・批判することは控えると約束したこと、この4点をきちんと伝えることが大切だ。韓国は謝罪を受け入れ、約束したのだ。政権が変わったからといって反故にしていたら、永遠に和解はない。
おぞましい過去を忘れぬよう慰安婦像を立てようという韓国側の理屈がある。慰安婦そのものは、もちろん重大な人権侵害である。しかし、それならば在韓米軍の慰安婦システムも重大な人権侵害である。韓国にも在韓米軍人用の慰安所があり、性病を患った慰安婦を強制隔離する施設があり、今年1月韓国の裁判所において、韓国政府は慰安婦被害者に対して損害賠償をすべきとの判決が下ったのである(注18、19)。日本軍の慰安婦像を立てるなら、在韓米軍慰安婦の像を立てなければいけなくなる。本当に過去の悲劇を繰り返さないためというならば、記念碑などを作るより、例えば貧困のために性を売る女性救済のための施設を作る、職業訓練所を作る、男女ともに対して人権教育を推進するなど、直接効果的な政策を行いたい。日本はアジア女性基金で女性の尊厳を保護する事業を行ってきた。
最後に、日本のインターネットで散見される、支援団体の背後に北朝鮮がいるという推察について述べておく。明確な証拠はなさそうだ。しかし、慰安婦支援47団体が2015年の日韓合意の翌日に出した声明は注目に値する。注に本文からの抜粋を載せる(注20)。慰安婦問題に関わる日韓合意が「韓日軍事協力」と「韓米日覇権同盟完成」「自衛隊の韓半島再出兵」につながると糾弾しているのである。慰安婦支援団体=日米韓同盟反対。この構図が意味するのは何だろうか。
UCLAの某日本人教授が、反日運動家から電話がかかってくるけれども、中立でいたいので黙っていると話していた。中立というのはどういうことか。謝罪の歴史、合意の中身を勉強したのだろうか。黙っていてはいけない。技術の国、礼節の国、誠実な国民という日本のプラスの評判は過去のものになりつつあるのだ。きちんと反論できるよう、勉強しておこう。
注1.2016年11月の選挙で落選し現在は一般人
注2.https://www.congress.gov/bill/110th-congress/house-resolution/121/text
注3.2017年3月6日読売新聞 東京版朝刊
注4.2015年4月28日連邦議会議事録
https://www.congress.gov/congressional-record/2015/4/28/extensions-of-remarks-section/article/e6051?q=%7B%22search%22%3A%5B%22prime+minister+abe%22%5D%7D&r=12
CNN.COM http://www.cnn.com/2015/04/28/opinions/honda-abe-comfort-women-issue/index.html
注5.2016年11月28日New Jersey.comによると図書館前の歩道に移動予定
注6. http://www.sankei.com/world/news/160715/wor1607150048-n1.html
注7.2016年8月19日 産経ニュース
http://www.sankei.com/premium/news/160819/prm1608190004-n2.html
注8.2016年11月24日 産経ニュース
http://www.sankei.com/politics/news/161124/plt1611240010-n1.html
注9.2016年10月30日カナダ・イスラエル友好協会からの意見書 原文
http://nadesiko-action.org/?page_id=10750
注10.外務省ホームページ 報道・広報 談話コメント欄
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html
注11.デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金 http://www.awf.or.jp/
注12.2014年2月24日の毎日新聞によると、韓国60人、台湾13人、フィリピン211人、オランダ79人に支給されたという。
http://specificasia.blog.jp/archives/1000102690.html
注13.外務省ホームページ 国 大韓民国欄
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html
注14.朝日・グレンデール訴訟を支援する会 櫻井よしこ欄
http://www.ianfu.net/opinion/sakurai-yoshiko.html
注15.日経BPnet コラム 花岡信昭欄
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/y/64/
注16.Soh, Sarah (2008). The Comfort Women: Sexual Violence and Postcolonial Memory in Korea and Japan. University of Chicago Press. ISBN 0226767779.
注17.2016年10月16日読売新聞 東京版朝刊
注18.韓国裁判所「米軍基地村『慰安婦』に国家が賠償すべき」2017.01.21
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/26312.html
注19.CHOE SANG-HUN South Korea Illegally Held Prostitutes Who Catered to G.I.s Decades Ago, Court Says 2017.1.20
注20.2016年1月11日週刊「前進」より後半抜粋
「日本軍「慰安婦」問題などいわゆる過去の問題に対する韓日間の縫合(ほうごう)と対日免罪符の付与が、韓日軍事同盟構築、韓米日同盟の完成を加速化させることは火を見るより明らかだ。(中略)自衛隊の韓半島再出兵を制度的に担保しようとする動きもまた本格化されるだろう。しかし韓日両国の国民は皆、過去の侵略の歴史を繰り返す韓米日覇権同盟完成と韓日軍事協力に強く反対して抵抗している。過去の問題の負担を拙速野合で迂回(うかい)し、韓日軍事協力と韓米日覇権同盟完成に向かって全面的に進もうとする韓日両国の試みは、巨大な国民的抵抗に直面することになることを厳重に警告する。」
http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2016/01/f27130301.html
カリフォルニア大学言語学修士。日本語教師養成科講師。夫の転勤に伴い、北京、ジュネーブ、DC、テヘラン、LA、ジャカルタなどに居住。2023年1月よりローマ在住。