ワシントンDCがくれたギフト――家族の成長といけばなを通じた学び――

2022年、家族とともに北京からワシントンDCへ移り住みました。外交官の家族として、日本、中国、そしてアメリカを行き来する生活を続け、気がつけば、この10年間を海外で過ごしてきました。新しい環境に馴染み、その土地での暮らしを形作るたびに、家族としての絆を深める一方で、自分自身の「居場所(Belong)」を探し、根を張ることの大切さを実感する日々でした。

ワシントンDCでの生活でも、ソーシャルクラブでの国際交流や、茶道や着物を通じた日本文化の紹介、月曜朝の楽しみとなったウォーキング仲間達との繋がりなど、私なりの「Belong」を見つける機会に恵まれました。その中で特に大きなきっかけとなったのが、到着早々に大使館代表として参加した、いけばなインターナショナル(I.I.)ワシントンDC支部の定例昼食会でした。当日会場に足を踏み入れると、そこには流派や国籍を超えていけばなを愛する人々が集い、和やかな雰囲気が漂っていました。この会が、ワシントンでのいけばなの学びのスタートとなり、私に新たな道を示してくれました。

いけばなインターナショナルの定例会にて

いけばなインターナショナルの定例会にて

シーラとの出会い

いけばなインターナショナルでの昼食会で出会ったのが、シーラでした。彼女は草月流の指導歴30年以上を誇るベテランでありながら、穏やかで親しみやすい人柄が魅力的でした。その日はお話する機会はありませんでしたが、ほどなくして、ご縁とタイミングが重なり彼女の自宅クラスに通い始めることになりました。

クラスでは、私は唯一の日本人でしたが、シーラはそのことを特別視することなく、他のクラスメイトと同じように接してくれました。それでいて、日本文化に関わる話題が出るたびに、自然な形で私の意見や視点を求めてくれるさりげない気遣いをしてくれる方でした。

そしてアメリカ人のクラスメイトたちとの交流を通じて、多くの学びがありました。彼女たちは、与えられた課題について教本を参考にしながらも、それに縛られることなく、新しい技術や表現方法に果敢に挑戦していました。既存のスタイルをただ模倣するのではなく、作品のどこかに必ず自分自身のオリジナリティを加えることを楽しんでいる様子が伝わってきました。時には思い切ったアプローチに対して他のクラスメイトが「面白い発想ね!」と声をかけ、そこからさらに会話が広がっていく様子を見て、私は「いけばなは自由であっていいのだ」という新しい視点を得ました。

また、彼女達は作品の評価においても率直かつポジティブでした。
「あなたの作品のここが好きだわ」
「この角度から見ると、もっと面白い印象になるかもね」
お互いに率直な意見を交わし、アイデアを共有しながら学び合うその場は、刺激に満ちたものでした。日本では批判を避ける雰囲気に慣れていた私にとって、最初は戸惑いもありましたが、彼らの前向きな姿勢に触れるうちに、作品をより多角的に見る力が養われていきました。

シーラはよく「いけばなには失敗はないのよ」と話していたことを覚えています。この言葉が表すように、風通しの良い温かい雰囲気の中で皆がいけばなを心から楽しんでいることが伝わり、胸を打たれるものがありました。いけばなは型やルールを学ぶだけでなく、自分の感性を表現するものであること。彼女たちとの時間を通じて、私はその大切さを改めて感じることができました。ここで学んだ自由な発想と挑戦する心は、私の作品づくりにも影響を与えました。「正しく作ること」にこだわるよりも、自分自身が楽しみ、花材と向き合う時間を大切にするようになりました。この姿勢は、いけばなを超え、日常の様々な挑戦にも応用できる貴重な学びとなっています。

ワークショップでの苦い経験

いけばな活動の中で、忘れられないのはワークショップでの苦い経験です。ワシントン郊外の教会で開かれたそのワークショップでは、「型破りな素材を使う」というテーマで、スーパーで手に入る金網タワシを使った作品制作が課題でした。

私は、日本、中国と持ち歩いてきた青いガラスの背の高い花器に、同じ青の紫陽花とピンクゴールドの金網タワシを合わせ、流れるようなラインを作る作品をイメージしていました。しかし、実際に作り始めると、素材の扱いに手間取り、焦りからイメージが崩れ始めました。周囲が次々と個性的な作品を仕上げていく中で、時間ばかりが過ぎ、結果として完成した作品は「やっつけ仕事」のような仕上がりになってしまいました。

講評では他州から招かれていた高名な先生から「That’s not interesting.(それは面白くないわね)」と容赦ない言葉をいただき、覚悟はしていたものの深く落ち込みました。しかし、休憩の際に先輩がそっと声をかけてくださいました。

「あの作品も素敵だったと思うわ。ワークショップを成功させる秘訣はどんな場合にも対応できるよう完璧な準備をすること。今度は用具も含めて完全武装して来ると良いわよ!」

その言葉に救われただけでなく、私は自分自身の準備不足や心構えの甘さに気づかされました。この経験をきっかけに、ワークショップやいけばなそのものへの取り組み方が変わり、事前の計画や素材選びに対する意識が大きく変わりました。

花展への挑戦と「楽しまなくちゃ!」

シーラの勧めで挑戦した国立樹木園での花展は、私にとっていけばな活動の中でも特に印象深い経験となりました。初めての大きな舞台に立つことへの緊張や不安を抱えていた私に、シーラはいつもの優しい口調と茶目っ気のある眼差しでこう言いました。
「It’s going to be so much fun!(楽しくなるに決まっているわ!)」

その言葉に背中を押され、私は作品作りに取り組むことができました。この言葉は、私が転勤生活や新生活に慣れる際に大切にしている姿勢、「楽しまなくちゃ!」に通じるものでした。どんな状況でも楽しみを見つける心構えは、これまでの変化の多い人生の中で私を支えてくれたものであり、いけばなの場でも同じように力を与えてくれました。

完成した作品が展示され、多くの来場者が足を止めて見てくれたとき、自分の作品が誰かの心に響く喜びを初めて実感しました。シーラの言葉通り、この挑戦は「楽しい」だけでなく、自分の可能性を広げてくれる機会でもありました。

花展の作品。後ろの屏風は日本から寄贈されたもの

花展の作品。後ろの屏風は日本から寄贈されたもの

師範資格とフラワーネームに込められた思い

2024年、私は日本、中国、ワシントンと7年間続けて来た学びの集大成として、草月流の師範資格を取得し、雅号(フラワーネーム)をいただきました。このフラワーネームには、2年間温かく指導してくださったシーラが一字を贈ってくださいました。

雅号に先生の名前の一部が含まれることで、私のいけばな人生において、彼女が与えてくれた学びと支えがいつまでも刻まれるように感じます。この名前は、私にとって努力の証であると同時に、いけばなを通じて日本文化を広め、次世代に繋げていく責任を示すものでもあります。

このフラワーネームをいただいたとき、私はこれまでの挑戦と経験が報われたような気持ちになると同時に、これからも挑戦を続けていく覚悟を新たにしました。
いけばなは、単なる花の配置ではなく、花と向き合い、自分の心を映し出す芸術です。同時に、それは文化や国籍を超え、人と人とを繋ぐ力を持っています。この2年間、私はいけばなを通じて多くのことを学び、そして多くの人々と繋がることができました。

先生をはじめクラスメイトたちやいけばなインターナショナルでの出会いが、私にとって「Friendships through Flowers」というテーマの本当の意味を教えてくれました。ワシントンD.C.でのいけばなを通じた出会いは、私の人生を豊かに彩る大切なギフトです。この経験を胸に、私はこれからもいけばなの道を歩み続け、花を通じた友情の輪を広げていきたいと思います。

年度末パーティにて、シーラとの別れの日

年度末パーティにて、シーラとの別れの日

家族の成長と絆

初めての任地であるニューヨークではまだ4歳、1歳と幼なかった子供たち。彼らの小さな手をひいて新しい土地での暮らしを必死で形作った日々の情景を今でも鮮明に覚えています。その後も異国での生活や多くの別れを経験しながら、相手を尊重する優しい心を持つ人間に育ってくれました。この10年間は、家族としての絆を深め、私たち自身の「家族の歴史」を築いてきた時間でもあり、振り返ると胸が熱くなります。

まもなく長男は大学生に、次男は久々の日本で逆カルチャーショックを感じながらも楽しい高校生活を送っています。彼らが成長する中で、これからは家族全員で転勤生活を送ることはもうないのだと思うと、少し寂しさも感じますが、それもまた新しいチャプターの始まりだと捉えています。家族それぞれが次のステージを楽しみながら前に進めるよう、私自身も新たな挑戦に心を向け、人生の次の一歩を歩んでいきたいと思います。

ワシントンDCがくれた贈り物

ワシントンDCでの2年間は、私たち家族にとって特別な時期となりました。いけばなを通じた交流や学び、心に響く言葉と出会い、そして子供たちの成長。これらすべてが、この街が私たちに与えてくれた「贈り物」でした。人生の中で何度も転勤を経験する中、私たちは一つの場所に長く留まることができません。しかし、どこにいても「Belong」を見つける力があれば、その場所は特別な思い出と成長の場になるのだと、ワシントンDCが教えてくれました。この街での経験と出会いに心から感謝し、その思いを抱きながらこのエッセイを終えたいと思います。

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