2024年の欧州議会選挙とスウェーデンの極右勢力

ヨーロッパ圏の極右勢力の動き

近年ヨーロッパのあちこちで、深刻な難民問題を追い風に受けて極右勢力が伸びている。これは各国政府が圏外から押し寄せる大群の難民対応にお手上げ状態にあるからだ。難民は労働移民にくらべて順応・同化に長い時間がかかり、社会に負担をかける。中には過激化してテロに走る者も出る。それがごく少数であっても、移民は社会を脅かすものという不信を強める。また少子化の傾向にあるヨーロッパが、手を打たないと子だくさんの異民族の侵入で滅びるぞと、不安をかきたてる極右国粋主義に同調する者も増えている。

スウェーデンでも強まる極右勢力

2022年の総選挙ではナチスをルーツとする排他的なスウェーデン民主党(SD)が穏健党(M)を追い抜いて、社会民主党(S)に次ぐ第二の勢力となり、「赤と緑」、つまり社会民主党(S)と環境党(MP)の連合政権が倒れた。かつてはSと競り合っていたMであったが、中道をいく小政党のキリスト教民主党(KD)と自由党(L)との連合だけでは過半数に至らなかった。もともとL は、SDとの同席は真っ平な党でもあった。4党の交渉は困難を極めたが、やっとSDを政府後援の党として仲間に入れ、M・KD・L三党連合政府が成立した。しかしSDの「後押し」を得るために、連合政府は数々の条件を呑まされた。

SD流の政府「サポート」とは

スウェーデンの右派最大の党となったSDだが、大臣職は今回断念する代償に政府機関の要職にSD党員を配置するという要求は妥当とも思われた。しかし、連合三党が驚いたのは、極めて詳細な但し書き・明細書が付いていて、注文通りでないと協力できないという。あまりにも多い注文に折衝は長引き、座礁は免れないと危ぶまれた。その寸前に4党は、ある合宿地で一週間缶詰で集中して、同じ釜の飯と膝を突き合わせてのマラソン論議を分かちあった。その結果がティーデー合意書(Tidöavtalet)である。これは合宿地が17世紀に由来するティーデー城(Tidö slott)という貴族の館であったことに因んでいる。こうしてSDは作戦どおり、党の影響力を網羅するための戦術マニュアルと、議会の副議長という要職の外にも法案委員会委員長、財務省その他の省事務局などという要職を手に入れることに成功し、陰で操作する黒幕に昇格した。

Tidö合意書の威力

スウェーデンの政党の中でソーシャルメディアの利用度が最も高いのがSDといわれている。もともとSDの戦略はこういったメディアをまめに活用して、党のイデオロギーに協調する層を造り、コミュニティを広げることにあった。先手、先手を打って、長期戦で少しずつ、じわじわと一目では気づかない範囲で境界線をぼかし、支持者層を広げてきた。今や政治のインサイダーとなるや、政治の内幕にも残らずアクセスでき、党勢力強化作業 はより速やかで的確になった。戦略通り、言って良いことと悪いこと、して良いことと悪いことのけじめを曖昧にすれば、たとえ反ユダヤ人・イスラム嫌いなどのヘイトスピーチの発信で非難されても、そんなに大騒ぎする方がおかしいと開き直ればよい。謝罪は必要なし。暴露されてもシラを切る。

Tidö合意書は、SDにとってチェックリストにもポイントカードにもなる好都合なツールである。連合政府が勤勉で選挙の公約が守れるか、党が稼げるポイントが見落されはしないかをこまめにチェックできる。次回の選挙の暁には、きっちりと明細書兼バランスシートになっている。合意書はポピュリストにぴったりのマニュアルでもある。純粋な与党でも野党でもないというハイブリッドの立場から、野党からの非難は連合政府党の責任に、政策が功を奏すれば自らの手柄にできる。SDを含めるときはティーデー党(Tidöpartierna)、含めない時は連合政府の党(Regeringspartierna)という表現ができるから、これを使い分けすればよい。メディアでは、冒頭の主語の「政府とスウェーデン民主党は・・・」がSDの存在感を強めてくれる。SD党は自信満々でEU選挙に臨んだ。

大政党となったSDの欧州議会選挙

やがて欧州議会選挙の2024年になり、圏内のあちこちで右翼政権が勢いを得ていた。戦争や内紛をのがれて津波のように押し寄せる避難民が増えれば増えるほど、ヨーロッパ人の抱く社会・経済不安は募り、極右翼への支持が強まった。一般に欧州議会選挙の投票率は低く、参与率の地域差も大きい。スウェーデンの中道小党は低迷する支持率に悩んでいた。選挙運動を練りに練り、中には著名人をヘッドハントして急きょ最有力候補に迎える党もあった。

そして投票日が暮れて、開票が始まり、得票数が読み上げられ、欧州議会の議席数に換算されると、思いがけず環境党(MP)から大きな歓声があがった。MPは社会民主党(S)と穏健党(M)に次いで議席数第3位となり、左党(V)も1議席追加し、危ういと見なされていた中央党(C)、キリスト教民主党(KD)、自由党(L)は全て議席を維持できた。しかしSDは1議席をMPに取られ、初めて敗北選挙を味わう。こうしてスウェーデンはEU圏で極右勢力が後退した唯一の国となった。

スウェーデンテレビ(SVT)の欧州議会選挙解説者は、スウェーデン国民の重視する問題点が他国と異なったためにSDの後退につながったと見なした。SDの切り札だった移民問題がランキングを落としたのは、スウェーデンに亡命を求めて殺到した避難民の数が、ウクライナの侵攻にもかかわらず急減していたからである。それに反して、今までSDが軽視していた環境問題が選挙運動の最大の焦点となった。気候温暖化により自国で生活できなくなった人たちが難民になっているという因果関係を説き重要性を強調した党は、自然をこよなく愛するスウェーデン国民の心情に大きくアピールした。

問題の焦点が変わると、支持層も変わった。人口密度が高い大都市広領域では環境問題への関心が高く、得票数にも影響がでた。スウェーデンの右派と左派のブロック内でも党内でも、環境問題は票の流れを変えた。党の支持率を色別にした選挙区の地図を前回の選挙と比べると、配色が大きく変わっている。MPはあらゆる党から票の流れの受け皿になって選挙に勝ったのが分かる。

他にも後退の原因に、SDが勝利を見込んで選挙運動を怠ったことも指摘されている。南スウェーデンはSDが生まれた地で、支持率は抜群だった。しかし、今回も高いはずの地元の投票率は下落していた。また投票場の投票用紙も整然と整っていなかった選挙区などもあったという・・・ 選挙直後に当地のSD事務所は解体され、産休で今回の欧州議会選挙活動には一切携わらなかった女性も含めて全職員が解雇された。

SDのその後

選挙直前の5月にSDによるネット荒らしが発覚した。匿名アカウントを設けてトロルファームから画像操作で与野党の党首の首をすげ替え、風刺の材料にしてけなしていたのだ。SD党首はその時もしらばっくれ、EU選挙中には控えめにするなどと暴言を吐いて、一時は支持率が落ちたもののその後また回復している。選挙後、9月半ばには政府の法務委員会委員長であるSD幹部が反ユダヤ風刺画をXに載せていたことも評判を下げた。告訴はされたものの、時おかず復職している。

SDはスキャンダルが絶えないが支持率が落ちてもいつも間もなく元通りにもりかえす党である。メッキが剥がれて粗野な本性がむき出しになるのは茶飯事なのになぜ支持率をコンスタントに保っているのだろうか。

政党への支持率が国民感情の反映であるならば、公けにはしないがSDに内心同感するスウェーデン人は一定数いるのだろうか。経済的・社会的不安が募ると、人は不満のはけ口を他者に求める。フェイクニュースなどで真偽の境界線も根本の原因も定かでなくなると、諸悪の根源は移民にあると断言する党に惹かれてしまうのだろうか。こうして強いリーダー、崇拝の対象が形成されると、魅了された国民はフォロワーというアイデンティティに生きがいを見出すのであろうか。今や、ヨーロッパだけでなく世界のあちこちで、フォロワー獲得戦が展開されている。


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