ロンドンの繁栄と開放性を危険にさらすBREXIT
REMAIN(残留)を選択した国際都市ロンドン
ロンドンに短期間でも住んでみると、「外国人」なしには生活できないことがすぐにわかる。私がここ数か月滞在しているのはロンドンの中心部、バッキンガム宮殿付近から地下鉄で10分ほど北に行ったイズリントン地区。友人の家近くの商店街では食品関連の店のほとんどで英国人以外の店員さんが迎えてくれる。チーズ専門店ではフランス人やポルトガル人。隣のパスタや魚介類のオリーブオイル漬けなどを並べたイタリア食料品店ではイタリア人の若い女性たち。
英国は昨年の国民投票で離脱が51.9%、残留が48.1%で欧州連合(EU)からの離脱(BREXIT)を選択した。離脱を選択する理由はさまざまだった。移民が職を奪っているといった反移民感情。「古き良き時代」の英国へのノスタルジー。EUの官僚組織という顔の見えない「外人」ではなく、英国人が英国人のための政策やルールを決めたいという主権回復への強い願望。一方、EUの欠陥を認識しながらも40年の間に何千という枠組みや規制の網の糸の一つとなった英国が離脱をするのは決して英国のためにならないという人々はREMAINを選択した。
経済状況や年齢層によって見解が分かれたが、おおむねグローバル化の恩恵を受ける大都市、そして若者が残留を望んだ。その典型がロンドンである。市民の6割がREMAIN票を投じた。多国籍文化や才能が切磋琢磨し、それらのフュージョンにより新たな発想や動き、ものが生まれる街である。なんと市民の4割が外国生まれである。
EU離脱の不透明さ
BREXITは決まったが、どのような形式の「離婚」になるかはまだわからない。英国政府自体の見解も分かれているが、市民やビジネス界でも喧々諤々の議論が続いている。交渉は始まり、2019年3月には英国はEUを離脱する予定である。しかし、40年間ともに歩んだEUからの離婚は複雑を極める。
そもそもBREXITとは何なのか。単一市場や関税同盟には留まるのか、欧州の最高裁判所といえる欧州司法裁判所から離脱するのか。完全離脱を求める人々はいずれとも完全に縁を切らなければ、英国は主権を取り戻せない、と主張する。しかし国や国民のためには何を優先させるべきか。単一市場から離脱すればEUからの労働者や移民は制約できるが、高度技術者を含め労働力が不足する。関税同盟から離脱すれば独自に自由貿易交渉を始められるが、EUとの貿易は減り、さまざまなビジネスが痛手を受ける。
自由な移動が制約されるのはEU市民だけであり、英連邦などからの労働者や移民には影響はないが、サービス業以外でも多くの人の日常生活に影響がでる。英国の医療機関は「外人部隊」に頼っている。数日前にロンドン市内の病院で乳がんの手術を受けた友人によれば、医者はトルコ人、麻酔師はポーランド人とベルギー人、看護婦はスペイン人とナイジェリア人だった。ロンドン近郊のある病院では看護婦の7割がスペイン人だそうだ。BREXIT後EU27か国の人々が今と同じように働けるのか多くが不安を抱えている。ブルガリア人の友人はすでに英国パスポートを申請した。
ロンドンっ子の声を政府に届けろ
ロンドン経済に一番の打撃を与えるのは金融街シティーがいわゆる「パスポート」と呼ばれるEU内で同じルールの下、金融サービスを提供できる権利を失うことかもしれない。シティーはウォール・ストリートと並ぶグローバルな金融センターで、伝統的な金融取引からフィンテクと呼ばれる最新のIT技術を活用した取引まで大きなシェアを占める。
現在は「パスポート」のおかげで、例えば日本の銀行のロンドン支店は、EU全域で商売ができるが、完全離脱をすれば、その権利を失うことになるだろう。すでに各国の金融機関がフランクフルトなどに支店を移動する動きを見せている。
ロンドンには約27万人のフランス人が住み、フランスの都市を含め世界で6番目にフランス人が多い街といわれる。フランスの大統領選挙中には候補者がロンドンへ選挙活動にくるほどである。しかし一部はすでに帰国を検討しているらしい。知り合いのフランス人とイタリア人カップルはロンドン在住15年。スポーツ関連ファンドの資金を集めていたが、ロンドンがベースでは資金が集まらなくなり、パリへの移動を決意せざるをえなくなった。
コスモポリタンを絵にかいたようなロンドン。あらゆる国籍、人種、宗教の人々のまさにメルティングポットである。イスラムテロもあるが、広大な公園ではベールのムスリム女性たちとキッパを被った顎髭のユダヤ人が隣同士でバーベキューを楽しめる。
多くのロンドンっ子には、EUから離脱するということは、多様性、開放性の否定、人生に与えられる機会の喪失と映る。40歳以下の人々はEUの一員であることしか知らないが、彼らは自分たちのほうが長い将来があるのに、年寄りがその未来を制約したことへの戸惑いや怒りを隠せない。単一市場や関税同盟にとどまるよう政府を説得する施策が練られ、3月には何万人もが親EUデモに参加した。
ロンドン市長、サディーク・カーンは、ハード・ブレックシット(完全離脱)を強行しようとしたメイ首相は、「アンチ・ロンドンだ」、とまで語った。ロンドンに就労に来る出稼ぎ労働者に特別労働ヴィザを出すことを提案し、ロンドンをBREXIT交渉のテーブルに参加させろと訴えている。
BREXITの行方は本当は誰にも見えない。そんな中ロンドンのマネーや若者たちは、未来を自分たちが築こうとしている。
日本の金融機関に勤めた後、国際問題を学ぶためマサチューセッツ州のフレッチャー外交法律大学院へ。卒業後ワシントンとロンドンを行き来し、外交安全保障問題やNATOなど同盟関係に関し日本のメディアやシンクタンクに執筆している。