タクシーでのおしゃべりー 私の「ワシントン的瞬間」
偶然の街
2010年9月、インターンとして5か月限定の仮住処と思って初めて降り立った、アメリカ合衆国の首都、ワシントンDC。仕事やら生活やら目の前のことに夢中になっているうちに、いつのまにか在住9度目の冬を迎えてしまいました。といっても、海外出張が多いせいもあり、丸8年の間に、実際にワシントンにいたのはもしかしたら3分の2くらいかもしれません。この文章を書いている今も、5週間のアフリカ大陸行脚中。ワシントンに戻ったら2週間後にはまた次の旅に出ることになっていて、せっかくある四季の移り変わりを、じっくり味わいながら過ごす機会はめったにありません。
そのためか、ワシントンが「自分の拠点」の街であるという強い実感をなかなか持てずにいました。生まれた土地の政治や経済状況を理由に国境を越えて移動を試みる(そして必ずしも移住先で受け入れられない)人々がたくさんいる中で不謹慎に聞こえるかもしれませんが、わたしは、アメリカやワシントンに強い思い入れがあってやってきたわけではなかったからかもしれません。自分が情熱をもって取り組める仕事を追いかけていたら、いつのまにか「たまたま」住むことになっていた、偶然たどり着いたのがこの街でした。
それでも、ここ数年、留守のあとに空港からタクシーに乗って緑や高速の風景を通り抜け、政府の大きな石造りの建物などを両脇に眺めながら徐々に街中に入り、自分の小さなアパートに近づいていく瞬間、しみじみと、いい街だなぁ、と思うようになりました。もちろん問題も色々ありますが、樹々や公園が多く週末にハイキングもできますし、アメリカの歴史を感じるスポットもごろごろあります。スミソニアンをはじめ芸術や音楽など文化的な素材に触れられる機会も豊富です。そして、個々人のバックグラウンドの違いに寛容で、Diverse、多様であることは豊かである、とする街だと感じます。
「ワシントン的」瞬間
わたしにとって、ほかの国や街ではあまり出会えない「ワシントン的」瞬間は、しばしば、タクシーの中で起こります。たとえば今年の春のある大雨の朝、ウーバー(携帯アプリで呼べるタクシー同様のサービス)を使いました。少し割安になる乗り合いサービスにしたところ、中国系アメリカ人の女性と一緒になりました。隣に座っておしゃべりが始まると、彼女は出張から戻ったばかりとのこと。「どこに行っていたの?」と聞くと、「ギニア共和国」との答え。実はわたしもここ2年ほどギニアの仕事に携わっており、2、3か月に1度は通っています。タクシーに乗り合わせた2人ともがギニア共和国の仕事をしているなんて、なかなかない偶然です。盛り上がっていると、それまで黙っていた運転手さんが、「自分はギニアの隣のマリ出身だよ!ギニアにも行ったことがあるよ」と言うので、3人で笑ってしまいました。
別の機会には、カメルーンの英語圏地域出身の運転手さんのタクシーに乗りました。フランスとイギリスの旧植民地地域が一つの国の中にあるカメルーン。ただ、仏語話者・地域が大部分を占めており、政治や経済でも英語圏地域が不利であるという認識もあり、現在も、英語圏と仏語圏地域間で衝突が起こったりしています。この運転手さんとお話したのは、ちょうど英語圏地域でインターネットサービスが止まって困っているというニュースを見た頃でした。気になっていたタイミングで、まさに英語圏地域出身の人と話す機会があるなんて。わたしが興味をもって聞いていると気づいたのか、目的地に着くまで(着いてもしばらくそこで停まったまま)、政治や国際社会への不満、いかに英語圏地域の人々が困っているかについて熱く語ってくれました。
ほかにも、わたしが日本人だと知った途端、これまで最近だけでも4人のアフガニスタン出身の運転手さんから日本の政府開発援助(ODA)やNGOの活動についてお礼を言われたし、今回の出張のための空港行きタクシーの中では、エチオピア出身の運転手さんから、最近あったエチオピアの国政リーダーシップの変化について、歴史を踏まえた、期待をこめた詳しい説明を受けました。また時には、何代にも渡る生まれも育ちも「ワシントニアン」の運転手さんと会うこともあって、彼らが誇らしげに「自分の街」について語るのを聞くのもわくわくします。
わたしにとってのワシントン
自分もよそ者ということで少し偏っているかもしれませんが、わたしにとってのワシントンは、こうした、世界の様々な地域から様々な理由でたどり着いた人たちのストーリーや思いがつまってつながってできている、パッチワークのような街です。代々のワシントニアンもいながら、あとは多様な人々がそれぞれルーツをどこか別の土地に残しながら、完全に交わらずとも受け入れあって隣り合って生きている街。東京といったほかの首都よりも比較的小さいから、そうした多様な文化との接点を個人レベルでより頻繁に感じられるのかもしれません。タクシーの中で出会った人々とのおしゃべりを重ねていくうちに、わたしのこの街への愛着も、少しずつ確実に増していっているように思います。
編集者(日本)、在外公館職員(アイルランド)、JICA青年海外協力隊員(ニジェール)を経て、2010年より世界銀行勤務。ワシントンDC在住。