パタゴニアを旅して
パタゴニアについてそんなに多くを知っていたわけではない。ただ、「地の果て」、「壮大な自然」、「巨人の足跡」 などというイメージに惹かれて、ぜひ一度行ってみたいとかねがね思っていた。ニューヨーク在住の友人2人と、次の旅行はパタゴニア!と決め、パンデミックがこんなに長く続くとは思わずに2021年1月のツアーに申し込みをしたのが2020年初夏。その後2回の延期を経て、2023年1月にようやく実現の運びとなった。
パタゴニアと呼ばれる地域は、南米大陸最南端に位置し、チリとアルゼンチンにまたがっている。北部はアンデス山脈北端の山岳地帯で、険しい山々が連なり、氷河、美しい湖などが多く見られるが、南に行くと砂漠に近い平原が延々と続くステップと呼ばれる平原地帯となっている。
パタゴニアへの出発拠点、プンタ・アレナス (Punta Arenas)
ワシントンからチリの首都サンチアゴまで乗り換え時間も含め約14時間。そこからさらに空路南に約3 時間行ったところにあるチリ最南端の町プンタ・アレナスからパタゴニアへの旅が始まる。プンタ・アレナスは、ヨーロッパから西回りで東洋の「香料諸島」に到達しようと試みたマゼランが1520年に上陸した歴史的な場所でもある。マゼランは、ここを拠点として、のちにマゼラン海峡と名付けられる多くの島、フィヨルドからなる海域を試行錯誤で航海し、太平洋にたどりついた。発見当初、海がとても平和で穏やかに見えたことから、パシフィコ(スペイン語で平和という意味)という名前をつけたのだという。またマゼランはここから香料諸島は目と鼻の先だと思ったらしい。しかしこの2つが大きな間違いであったことを知るのにそう時間はかからなかったようである。
その後プンタ・アレナスはヨーロッパから移住してきた開拓者による牧羊産業の中心地として栄え、今でもこの地域の牧羊、羊毛産業は、オーストラリア、ニュージーランドを超えて世界第一と言われている。町の外には、低木草原地帯ステップが延々と続き、その中に作られたエスタンシアと呼ばれる広大な牧場に家畜がぽつぽつ。羊一頭に対して1ヘクタールの土地が必要と言われるほどの荒涼とした土地に新天地を求めて移住してきた人々の無謀に近い勇気に感心しながら、やはりここは地の果てだと実感する。
ペンギンの島、マグダレナ島 (Magdalena Island)
プンタ・アレナスから船で、マゼラン海峡を1時間ほど行ったところにあるマグダレナ島は自然保護区に指定されたペンギンの島。美しい灯台が唯一の建物のこの無人島には12万頭に及ぶマゼラン・ペンギンが20 数種類の鳥類と共に平和に生息している。島内を一周する遊歩道を歩きながら、かなり人間慣れして怯える様子もないペンギンをじっくり観察。まだふわふわした羽毛の赤ちゃん、観光客の前でポーズをとる目立ちたがりさん、孤独大好きさん、恥ずかしがり屋さん、無邪気な子供達、母性愛たっぷりのお母さんなどなどペンギンにもさまざまなキャラクターがあり、いくら見ても見飽きない。帰路、アシカに似たオタリアが生息する島を遠く船内から見ることもできた。
パタゴニアの大自然を満喫できるトレス・デル・パイネ (Torres Del Paine)
プンタ・アレナスから北に120キロほど行ったところにあるトレス・デル・パイネは、1959年にUNESCO保護区に指定された国立公園で、トレスは塔、パイネはここに住んでいた先住民の言葉で青を意味する。ここ来てやっと、私がイメージしていたパタゴニアの大自然に出会うことができた。この広大な国立公園には、特に夏場は多くの観光客が押し寄せると聞いていたが、混んでいるという実感は全くなく、行った先々で雄大な自然を思う存分楽しむことができた。1日に四季全部を経験できると言われるほど変わりやすい天候、しかも観光ができる夏場は南極から吹いてくる吹き飛ばされそうな強風で、決して優しい自然ではない。雨も多いと聞いていたので、防水パンツ、防水ジャケットなど準備万端で行ったのだか、幸い天候に恵まれ、数時間のハイキングを2度することができた。
最初のハイキングは近年の地球温暖化で徐々に後退しているというグレイ氷河が流れ込んでいるグレイ湖の沿岸。名前の通り、湖の色は灰色で、ところどころに氷河が浮遊している。このハイキングで最も印象的だったのは、向かい風の中、吹き飛ばされそうになりながら長い砂州を歩いたこと。パタゴニア特有の強風を肌で体験することができ、この旅の中でも忘れられない体験の1つとなった。2度目のハイクは、雨上がりの清々しい朝、さいわいこの日は風もそれほどひどくない穏やかな日で、切り立つ花崗岩のパイネ塔をいろいろな角度から見ることができた。大気汚染観測機ではほとんど何も検出されないと言われるほど澄んだ空気の中で見る険しい山々。紺色、灰色、そしてターコイズ色の湖の数々、山の斜面に広がる氷河、広大な平原地帯などの美しい景観は、ただただ感激の連続で、今でも目の奥に焼き付いている。早起きをしてみた日の出はなんとも神々しく一生忘れることがないだろう。
また、この大自然に生息するグワナカ(ラマに似た動物)、リア(小型のダチョウ)、コンドル、黒襟白鳥、フラミンゴといった動物、鳥類、それと多くの高山植物を見る楽しい経験をすることもできた。
UNESCO世界自然遺産のペリト・モレノ氷河 (Perito Moreno Glacier)
トレス・デル・パイネを後にして、陸路国境を超えてアルゼンチンに入り、エル・カラファテ(El Carafate) という町に到着。ここは空港もあり、アルゼンチン側のパタゴニアへの入り口となっている。ここから船で1時間半ほど行ったところに、アルゼンチン側パタゴニアの最大の見どころ、UNESCOの世界自然遺産に登録されたペリト・モレノ氷河がある。長さ約30キロメートル、先端部の幅約4キロメートル、高さ約60メートルのこの氷河は、パタゴニアにある数々の氷河の中で最もアクセスの良い氷河であり、1日に2メートル近く移動していることから生きた氷河とも呼ばれている。しかも地球温暖化にもかかわらず、後退していない数少ない氷河の一つだ。淡水であることと、氷河の中に気泡が少ないことで、その色は青白く、その美しさには息を呑む。しかも移動しているせいなのだろうか、地鳴りのような音が数回した後、かなり大きな氷塊が崩落する場面を目撃することもできた。
美味しかった食べ物
旅行の楽しみの1つである食べ物だが、アルゼンチンは断然ステーキとマルベック・ワイン。肉系では、トレス・デル・パイネで食べた子羊のバーベキューも思い出に残っている。チリは魚介類が豊富で、鮭の養殖では世界一といわれており、メルルーサと呼ばれる白魚が美味しかった。プンタ・アレナスで食べた盛りだくさんのキング・クラブも忘れられない。また今回は食べる機会がなかったが、チリはウニでも有名だ。
以上、今回の旅行のハイライトをいくつか紹介したが、その汚れのない自然の美しさはひたすら感動の連続だった。確かに地の果ての名にふさわしく、どこから行っても遠いところだが、壮大な自然を前にして魂が洗われるような経験をしたい方にはぜひお勧めしたい場所だ。
1980年以来ワシントン在住。長年にわたる会議通訳業から最近引退。