「美濃焼」って知っていますか?DCから創る伝統工芸の未来
その歴史は遥か7世紀初頭にまで遡る美濃焼。我がふるさと、岐阜県土岐市には黎明期の様子が分かる登り窯の遺跡(元屋敷陶器窯跡)があり、1300年続く美濃焼の歴史は、現在も様々な人の手で脈々と受け継がれています。
国産の陶磁器生産量では、日本一を誇る土岐市。私の実家も友人の多くも代々の家業として窯業に携わっている町で、小学校には本格的な陶芸窯があり、子どもたちが「マイ茶碗」に絵付けして焼いたりするのが普通のことでした。社会科見学で地元に古くからある窯元を訪ねたり、ご近所の製陶所で職人さんが作業する風景を見ながら通学するのが日常でした。
そんな環境で育ったせいか、風合いの良いうつわが身近にあることがごく自然で、日本を離れるまでは美濃焼が当たり前すぎて特に意識することもなく過ごしていました。2000年の夏に留学でロサンゼルスに移り住んだときには、すでに日本食が大ブームであったのにも関わらず、レストランで使われているお皿の貧弱さに料理の内容よりもまず驚きました(失礼)。アメリカって世界一強くて豊かで、何でも最高のものがある国だと思っていたのに、意外とそうでもないのかなと衝撃を受けたのを覚えています。
大学院での勉強についていくのに精一杯で余裕のない日々でも合間をぬっては、ハリウッドの映画制作の現場にインテリアや食器・雑貨を提供しているお店に飛び込みで営業に行ったり(そこは数年後につぶれてしまいましたが!)、街行く人やマクドナルドで休憩中の人たちに美濃焼のうつわを見せて感想を語ってもらう突撃インタビューをしたり、カリフォルニアを舞台に小さな市場調査を行いました。その結果わかったのは「美濃焼は全く知られていない」、「見ればみんな魅力を感じてくれるのに、どこで作られたか、誰が作っているか知られていない」、「日本人でさえ、多くの人は美濃焼を知らない」ということでした。
思えばその当時から「どうしてみんな美濃焼のことを全然知らないんだろう。こんなに多様で魅力があるのに。いつか北米から美濃焼の良さを世界に広める活動をしてみたい。」という思いがあったのでしょう。学位取得、卒業、そしてワシントンDCでの就職、結婚、出産育児。あっという間に月日は流れ、15年勤めた国際機関での仕事を離れて、起業の夢をかなえたのはちょうど20年後でした。
たくさんの準備と窯元の職人さんたちとの作業を経て、2020年の春に美濃焼専門店 TOKIYA JAPANをDCの17th streetに開業しました。まるで初めての子どもの名付けのときのように迷いに迷い、316個の名前を検討した挙句、それでも全く決められないでいる私に、まだ小さかった次女がひとこと。
「土岐の美濃焼を売るお店やさんだから、”土岐や” でいいんじゃない?」これがきっかけで、お店の名前が決まりました。
偶然にも、土岐市の盆踊り「土岐音頭」の歌い始めは「土岐の陶器か〜、陶器の土岐か〜♪」という歌詞であり、TOKIという綴りが陶器とも土岐とも読めるのはまさに絶妙だなと納得して、ようやく命名を完了することができました。
窯元、原料屋さん、型屋さん、釉薬屋さん、絵付け師など、様々な製造の現場に一軒一軒、足を運び、細かい工程や作り手の思い、それぞれの歴史やこだわりを聞き取りながら作品を選定してきました。北米向けに一緒に新しいデザインを考えて商品化したり、お客さんの要望を伝えて改良したり、時間や手間はかかるけれど手作りの醍醐味の伝わる作業をしています。また、ワシントンDCや周辺地区での様々なイベントに参加して美濃焼を広める活動として、学校や企業、NGOとのコラボで出前授業や体験型ワークショップも行っています。
もともと希少で高級というより、多種で日常使い用の食器であり、家庭やレストランなどで気軽に使える親しみ深い存在であった美濃焼。その魅力と価値を国外でもきちんと伝えられるようグローバルな市場へ向けたブランディングと、地元への貢献(後継者の育成・次世代への継承)を実現できるよう力を注いでいます。
共感して支えてくれる仲間たち、愛に溢れるお客さんたちと一緒にこれからも一歩ずつ進んでいけたらいいなと思います。
開業すぐにコロナに見舞われ、しばらくの間、お店は限定的にしか営業できませんでした。が、そんな中でも何か楽しいことをと、友達のシェフさんと新しいことを始めました。「美濃焼の織部のうつわに入って届けられる懐石ケータリング:SHIDASHI」です。ロックダウンでおうち時間が激増した当初、テイクアウトやデリバリーで届く食事がプラスチック容器に入ってきて、すごい量のゴミになったことに疑問を感じ、環境への負荷を減らしたくて思いついたことでした。昔ながらの陶器で届く出前、プラスチックゴミの出ない仕出し、再利用できる陶磁器を並べるだけでテーブルが華やかになって食卓に笑顔を、というコンセプトで始めたのが昨日のことのようです。大使館からの取材も含め、たくさんの方にご愛顧いただきました。
プロのシェフさんだけでなく、いろいろな人が土岐やを訪れます。お料理が趣味という方々や、和食が好きで日本の陶器に興味を持ち始めた人、職人の手作りの作品を大切な人との記念日のお祝いギフトにしたいと選びにくる人、茶道や華道や着物など和文化に関心があっておしゃべりにくる人、壊れてしまったけれど大事に使い続けたいと金継ぎの依頼に来る人、などなど。毎日新しい出会いと次の活動への模索であっという間に日が暮れていきます。
美濃焼と共に、日本が誇る伝統工芸品である着物も扱っており、和装ファンの方々とコミュニティができつつあります。人種国籍を超えて、着物の美しさや日本の職人さんの丁寧な手しごとを喜んでくれることがとても嬉しく、こちらも広がりがあるなあと思っています。
斜陽産業である地方の伝統工芸を取り巻く環境は厳しく、まだまだやるべきことは山積ですが、一歩一歩、明るく前に進んでいけたらいいなと思います。
現在はアメリカの首都ワシントンDCにて、日本の伝統工芸や職人のしごとを紹介する「土岐や」を運営。美術館、大学、政府機関、食のプロ、さまざまなジャンルのアーティストとコラボレーション展開しつつ日本の文化や伝統を北米に発信。