Japan Institute for Social Innovation and Entrepreneurship (JSIE)の挑戦:個人の意識を変える
2015年にJapan Institute for Social Innovation and Entrepreneurship(JISE)を立ち上げて、早4年。ワシントンDCの非課税対象となる503(c)(3)非営利団体として登録したのは2017年で、そのきっかけはワシントンに再び滞在することになったことだ。1997年に初めてワシントンに来たのは、国際関係を学ぶための大学院への留学だった。シンクタンクに就職し、大学院に戻ったりして、通商問題や日本経済、産業政策などのプロジェクトにかかわりながら、市内の日本研究者とバーチャルシンクタンクPRANJ(政策海外ネットワーク)を立ち上げ、日本の読者にワシントンから見える視点を送っていた。再びワシントンにくることになり、その時初めて、ふとこれまで接点のなかった世界に足を踏み入れることになった。
差別、パワハラ~理系女子が遭遇したもの
これまで男性ばかりの職場にいた。大学の専攻が理工系だったのでクラスはもちろん男性が大多数。卒業研究で通った某大学の理学研究室でも、女子は一つ上の先輩一人だけ。大学卒業後「技術系総合職」のシステムエンジニアとして働いたときも、100人ほどの部署に女性が2人。新入社員研修の時同部屋になった理系女子たちは、もちろんとっくの昔に会社を辞めてしまったが、3人とも米国でキャリアを積んでいる。
当時はそれほど意識しなかったが、今振り返ると確かにいろいろな面で女性は差別を受けていたと思う。例えば、訪問先の某大学の理学研究室では女子は大学院で採用してもらえないので、他大学の大学院へ進学するのが常識となっていたし、隣の部署の同期の女子は理不尽な慣習(部下はみな上司より早く出勤すべき)からか女性だからか、今でいうパワハラを受けており、トイレでいつも目を真っ赤にしていた。家が遠く始発に乗っても上司より早く出社できなかったのだ。また同じ部署の一つ上の先輩はまじめな人で、臨月になっても大きいおなかを抱えて、男性同僚と同じように夜11時過ぎまで働いていた。
同期の友人は女性ながらに何とか会社派遣のMBA留学を勝ち取るが、他の男性社員が無条件で2年の留学期間をもらえるのに「お前は1年半で帰ってこい」と言われた。つまり、「行かせてやるだけありがたいと思え。ただ学位は取らせない」ということなのだという。彼女は本来なら2年かかるところを1年半で卒業単位を取ることに成功する。
私はといえば「女性はどうせ結婚して仕事やめるんだから、会社としてMBAという投資はできないよ」と言われ、「なるほど、そういうことなら」と自分で勝手に受けて合格通知を受け取り「では、さようなら」とぽかんと口を開けた人事部長をあとに風を切って退社した。
「機会」は均等ではない
日本の大学レベル以上(短大も含む)の教育に進む女子は、1988年以降、男子を上回っている。にもかかわらず、それから30年が経つ現在、企業の部長や役員レベルに占める女性の割合は2~3%。これでは、価値観を変えるための意思決定にほとんど関われない。明らかに「機会」が均等ではないのだ。若い時には見えなかったことが今クリアによく見えることになったことに加え、外の自由な空気を十分に吸った私たちは、日本へ帰国すると居心地の悪さを感じていた。つまり、多くの女子が、日本社会で固定的価値観を無意識に刷り込まれ、機会が与えられていないことに疑問を呈さないのだ。そこで設立したJSIEの目的は、自分たちが生きやすい社会を創ること。
JSIEの活動で象徴的だったのは、日本全国から選抜された女子大生50人ほどがワシントンDCにきて意見交換した時だった。JSIEが米国でばりばりと働く日本女性をパネリストにプレゼンテーションを行った後の、質疑応答で、ある女子学生が手を挙げた。「私の一番の目的は、よい旦那さんを見つけて結婚することです。どういう仕事を選べば、将来の旦那さんを支えられますか?」ーー。本来なら、彼女たちには無限の可能性があるはずで、語学も堪能、大学でもトップクラスの成績である彼女たちが飛びたとうと思えば世界の広い空を自由に飛べるはずだ。なのに意識としては、かごに閉じ込められた飛べない鳥。狭いかごのなかでどう幸せに生きられるか必死で探すのだ。
起業に非寛容な社会、日本
女性自身の意識に加え、日本社会では新しいことにチャレンジする起業家精神も驚くほど低い。全世界の起業研究として有名なGlobal Entrepreneurship Monitorレポートで日本の指標を見ると、自分の周りに起業した人がいない、自分が起業できると思わない、起業の機会がない、といった点を基にした起業家精神指標では日本は54か国中最下位。あえて既存の価値観に自分を押し込まなくてもよい起業は、女性の活躍の場を創るという意味において実は日本の課題解決に一石二鳥なのだ。
新たな価値観を創り出し、自分の羽で飛ぶ人材を育成
これから必要なのは、常識や学歴ではなく、0から1を生み出し新しい価値観を創る力だ。負の価値観にまだそれほど毒されていない若者や女性の可能性をつぶさずに、羽ばたかせてあげるにはどうすればいいか。JSIEがターゲットにしているのは、既存の価値観にどっぷり漬かっている人たちではなく、現在の社会に疑問を持ち、もしかしたら私には羽があるのではないかと考えている人たちだ。彼らは少し後押しすれば、飛ぶ練習を始める。
JSIEは個人へのインパクトを重視したWISEサマープログラムを毎年開催しているが、参加した女性や若者たちの急激な成長には目を見張る。アメリカやヨーロッパの空を飛んできた女性たちが主導するJSIEの使命は、「あなたには羽がある」と気づかせてあげること、機会をつかめるようにすること、そしてグローバルに羽ばたく人たちの羽休めのコミュニティを提供することだ。
2019年は2本、WISEプログラムを開催する。多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まり課題解決に集中して取り組み、毎回異なる多様な分野のメンターが参加する。第1回は5月18日~19日熊本にて開催 、そして第2回は8月2日~4日に別府の立命館アジア太平洋大学と共催する。年齢、国籍、性別も問わず、高校生も大歓迎なので、ぜひ参加してみるのはいかがだろうか。
JSIE代表。ワシントンDC経済戦略研究所(ESI)シニアフェロー、米国戦略国際問題研究所(CSIS)グローバルヘルスポリシーセンター非常勤フェロー、政策研究大学院大学客員研究員。2015年にJapan Institute for Social Innovation and Entrepreneurship (JSIE)を創設。米国際経営学修士、米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)国際関係論博士。上智大学理工学部卒業。www.jsie.net