トランプ政権の環境政策
トランプ大統領の「環境政策」は、環境保護政策ではなく、環境破壊政策である。企業にとって負担、障害となる環境保護規制をできるだけ緩和するのが狙いだ。表向きには規制緩和によって企業活動が活発になり「雇用が創出される」と主張しているが、実は環境破壊を気にせずに企業が利益追求できる環境を整えることが最大の目的である。
雇用創出が真の目的であれば、採炭や鉄鋼業の復活より、環境再生事業の方が労働力を必要とする。採炭業が不況なのは、規制のせいではなく、他のエネルギーがより安価なため、競争力がないことが原因だ。トランプ氏は、気候変動は米製造業の競争力を失わせようとする中国のでっちあげであると主張し、炭素ガス排出を規制するパリ協定からの離脱を宣言し、具体的に離脱のための手続きを検討中と言われている。
トランプ大統領、最初のアクション
トランプ氏は2017年1月の就任直後、ただちに一連の大統領令や指示書に署名した。24日、各省庁に米国製造業の工場新設や拡張の認可の簡素化と、規制の緩和を命じた。大統領令に基づき商務省が米製造業者から集めたコメントの大半は、環境保護や労働者保護規制が厳し過ぎるという内容だった。
環境関係では、オバマ政権が環境への影響を考慮して却下し、水源の汚染を懸念する先住民が反対しているダコタ・アクセス・パイプライン(DAPL)、そしてキーストーンXLという2つの原油パイプライン建設の再開を指示した。これらのプロジェクトで多くの雇用が生まれると強調したが、その時点でDAPLはすでに90%完成していた。またキーストーンでは米国製鉄鋼の使用を義務付けたが、パイプライン用の特殊鉄鋼は米国では生産されておらず、「雇用創出」効果は疑わしい。事実、その後、この米国製鉄鋼使用義務については例外措置がとられた。さらに1月30日には、各省庁が新規制1つに対し、現規制を2つ廃止すること、そして規制施行予算は廃止した規制予算の転用を命ずる大統領令に署名した。
DAPL反対活動家にとって運命の1月24日、私は偶然にもダコタ・アクセス・パイプラインの反対活動の中心地であるノースダコタ州スタンディング・ロックのオセティ・セコウィン・キャンプを取材していた。同キャンプはアメリカン・インディアンの各部族や、日本も含めた世界中の支持者が最大で数千人集まり、私の訪問時でも100~200人がいたが、2月末に閉鎖された。反対派のスローガン “Mni Wiconi(水は命)” は、森羅万象に精霊が宿る自然を大切すべきだというスー族の信仰を表すもので、日本人には一神教よりも馴染みやすい考えだ。米国では過去10年に1万件以上のパイプラインの原油漏出事故が発生しており、DAPLはスー族の飲み水の安全性を脅かす可能性があるのだ。
トランプの環境破壊政策に関わる人物
トランプ政権移行チームで環境保護庁(EPA)を担当したマイロン・イーベルは、同庁職員1万5千人のうち1万人を解雇することを提言した。同氏は石炭業と石油、化学、日用品の総合企業経営者コーク兄弟が出資したリバタリアン系シンクタンクに在籍しており、コーク兄弟は、気候変動を否定しているペンス副大統領に近いと言われている。
政権移行チームがエネルギー省と国務省に対して、気候変動会議に出席した職員のリスト作成を命じたため、職員たちは解雇、報復を恐れた。また政権は、EPAに気候変動に関するウェブページを廃止させ、この問題について公的な発言をしないよう命じた。EPAの科学者たちは自分たちの研究が無駄になることを恐れ、削除される前に情報をダウンロードしたという。
EPA長官
スコット・プルイットEPA長官は、エクソン・モービルなど石油・ガス業界から多額の政治献金を受けていた人物で、2011年にオクラホマ州司法長官に就任すると、まず自然資源保護部署を廃止した。オバマ政権による石炭火力発電所の炭素排出量規制、水質保全法の対象拡大などに対して十数件の訴訟を起こし、現時点でも8つほどが係争中だ。
米連邦議会上院の承認公聴会でも、環境保護規制は経済的影響を考慮し、環境保護と経済成長を同時に追求すべきであるとの考えを表明した。また、人間の活動が気候変動に影響していることは認めたが、その程度については議論の余地ありと発言。そしてEPAが地球温暖化ガス排出について規制する義務があるという裁判所の判決が下っているにもかかわらず、その義務の遂行については回答を避けた。
これはきわめて異例なことだが、EPAの職員たちはプルイット氏の長官任命反対運動を行い、民主党議員たちは小委員会での承認投票をボイコット。本会議では共和党議員1名が反対票を投じたが、中西部の民主党上院議員2名が支持し、52対46で承認された。
政権のEPA予算案は前年度比26億ドル(31%)減らし、職員3千2百人の解雇を提案している。また共和党はEPAを廃止、または権限を制限する法案を提出している。
エネルギー長官
エネルギー長官は元テキサス州知事で、共和党大統領予備選に2度、出馬したことがあるリック・ペリー氏だ。同氏は昨年末までDAPL開発のエネルギー・トランスファー・パートナーズ社の重役として多額の報酬を得ていた(トランプ氏も同社の株を所有していた)。
予備選討論会では、エネルギー省を廃止すべきと発言したことがある。が、今回、長官に任命されたことで、同省が核兵器も管理する重要な政府機関であることを学んだと言う。承認公聴会では気候変動には人的原因はあるものの、経済成長、安価なエネルギー、雇用に悪影響を及ぼさない範囲での対応が必要と表明した。
政権はエネルギー省予算の6%カットを提案したが、主な削減の対象となるのは代替エネルギーの研究などだ。特に科学局の50億ドルの予算を20%カットすることを提案している。
内務長官
ライアン・ジンキ内務長官は海軍に23年勤務後、モンタナ州議会上院議員、2014年から連邦下院議員を務めた経歴を持つ。トランプの長男は狩猟と釣り愛好家で、テディー・ルーズベルト大統領が進めた公有地を保護、開発する政策を信奉しており、同様にルーズベルトを理想とするジンキ氏の長官任命に一役かったという。ジンキ氏は議員として石炭、石油やガス採掘について環境面を無視する票を投じてきた。
ジンキ氏は承認公聴会で、気候変動はでっちあげでなく、人的影響があるが、その程度と対策については議論の余地があるとの見解を述べた。また、オバマ政権によるアラスカでの石油・ガス採掘制限を見直すことも表明した。現在、石炭の40%が連邦政府所有地から採掘されており、内務省の管轄下にある。政権予算案では、内務省予算の12%カットが提案されている。
国民や企業の求めるもの
今年2月初旬に発表された世論調査(クイニピアック大学)では、61%が気候変動対策規制の廃止、50%がDAPLとキーストーンXL再開に反対だった。トランプ氏当選後、エクソン・モービルやデュポンをはじめとする総計180万人を雇用する745の大手企業と大手投資家が温暖化ガス排出を規制するパリ協定への支持を表明。フォーチュン500社の半数が、すでに地球温暖化ガス規制を実施している。
ワシントンでは、3月に先住民が中心となり、あいにくの雨天の中、DAPL抗議デモを行った。DAPLには日本の大手銀行が投資しており、日本とも無関係ではない。4月22日のアースデイには、研究結果に基づく政策形成を求めて科学者たちが全米で初めて大規模のデモ行進をした。「真実」が攻撃されていることに対する危機感が募っているためにとった行動だった。トランプ大統領就任100日目を迎えた4月29日には、同氏の地球温暖化対策の見直しに対する抗議デモが全米で行われ、ワシントンにも10万人以上が集まった。俳優レオナルド・ディカプリオも「気候変動は、リアルタイムだ」と書かれたプラカードを持って参加した。しかし、デモを行った人たちの声がトランプ政権に届くかは疑問である。環境汚染は結局、国民の健康に害を及ぼすもので、企業利益だけを優先した政策は決して支持されるものではないと思うのだが。
東京出身。88年より米ワシントンDC在住。ソニー本社国際通商業務室、法務部に勤務後、1990年、米ジョージタウン大学外交学部で国際関係修士号取得。公共政策専門チャンネルC-SPANの 日本向け番組制作を経て、現在、ワシントン在住のジャーナリストとして活動中。著書に『オバマ政治を採点する』(第二部インターネット・フリーダム)(日本評論社、2010年10月)、『Xavier’s Legacies: Catholicism in Modern Japanese Culture, Chapter 5 Kanayama Masahide: Catholicism and Mid-Twentieth-Century Japanese Diplomacy』(University of British Columbia Press、2011年3月)、『メトロポリタン・オペラのすべて』(音楽之友社、2011年6月)がある。