イタリア北部ビザンチン~ルネサンス美術探訪

ラヴェンナ「ネオニアーノ礼拝堂」の天井モザイク画

ラヴェンナ「ネオニアーノ礼拝堂」の天井モザイク画

私は学生時代から美術館に行くのが好きだった。スペイン在住中も、機会を見つけては色々な国の美術館を巡った。しかし、欧州の美術館に行き中世やルネサンス期の作品を見るたびに、美しいと感じることはできても理解できないことも多かった。本当に作品を味わうためには、各国の歴史や時代背景、彼らが信じ伝えたいと思ったキリスト教を多少なりとも学ばなければと思うようになった。

そこで、スペインから帰国後、NHK文化教室の「西洋美術史クラス」に通い始めるようになりすでに10年となる。毎月2回、高校時代の友人と一緒に楽しみに通っている。クラスでは多摩美術大学教授のM先生が、ギリシア・ローマ美術に始まり、ビザンチン・中世美術~ルネサンス美術~バロック初期までを、我々素人の中高年生徒を相手に、絵画や壁画のスライドを映しながらわかりやすく解説して下さる。 

そうやって授業で学んだ各地のオリジナル壁画や絵画を巡りたいと長年思っていたが、ようやく昨年10月にイタリア北部旅行が実現した。ボローニャに入り、列車移動で、ラヴェンナ~パドヴァ~ヴェネチアを巡る9日間の旅である。

美食の町ボローニャ

初日夜に日本からロンドン経由でボローニャ到着。空港での待ち時間も入れると、16時間の長旅でかなり疲れた。翌日は市内の『旧ボローニャ大学の人体解剖室』や大聖堂などを観光。ボローニャは美食の町としても有名で、旧市街にはワインやチーズ、生ハム、生パスタなどが並ぶグルメショップが多数あり、眺めているだけで楽しかった。

ボローニャ市内のグルメショップ

ボローニャ市内のグルメショップ

残照の古都ラヴェンナ

ラヴェンナは、今では静かな田舎町であるが、かつて東ローマ帝国の首都として隆盛を誇った町でビザンチン美術の宝庫である。『サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会』は、町中心からタクシーで15分ほど離れており、なぜこんな所に突然教会が?と思えば、当時はすぐ前が軍港だったとか。1000年以上たった現在は、堆積土の平原にぽつんと佇んでいる。その風景と教会後陣ドームの牧歌的なモザイクが調和して温かい感動を覚えた。

ラヴェンナ。サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会

ラヴェンナ。サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会

『サンタポリナーレ・ヌォヴォ教会』も初期キリスト教建築として有名である。教会内部は、上下三層に分かれ、キリストの奇跡と受難をモザイクで描き圧巻である。

この日は「Notte D’Oro」(黄金の夜)のお祭で、夕方からたくさんの人が中央広場に集まりにぎわっていた。そのそばの中世の佇まいのレストランで、「今夜はこのメニューしかない!」と不思議な名物料理を食したが、美味しくないイタリア料理は初めての体験だった。

翌日は今回の旅のメインテーマの一つ『サン・ヴィターレ聖堂』と、隣の『ガッラ・プラキディア廟堂』へ。どちらも5~6世紀の美しいモザイク画で埋め尽くされ、特に後陣ドームの『キリストの再臨』は見事で感動した。

ラヴェンナのサンヴィターレ聖堂にある「キリスト再臨」

ラヴェンナのサンヴィターレ聖堂にある「キリスト再臨」

新しい大聖堂のすぐ側には、八角形の小さな古い『ネオ二アーノ礼拝堂』がある。5世紀末の内部のモザイクが美しく私の一番のお気に入りで、それらをじっくり眺めながら、しばし現実を忘れるひと時であった。

最古の大学町パドヴァ

『サンタントニオ聖堂』は、町の守護聖人の聖アントニオを祀った巨大な教会。広場には、ドナテッロ作の「ガッタメラータ将軍騎馬像」があり、夕日に照らされていた。途中、ガイドブックで有名な「カフェ・ペドロッキ」で名物ミントコーヒーを飲んだが、観光客でごった返し、サービス最悪、ぬるくて不味いコーヒーだった。

翌朝は、念願の『スクロヴェー二礼拝堂』見学。
事前予約必須、壁画保護のため見学時間は15分と制限されているため、クラスのノートを抱え、数々の壁画を見逃してはならぬと緊張していたが、内部に入るとまるで宝石箱の中にいるようで、ノートや解説は不要。聖母マリア伝~キリスト伝~最後の審判を描いたジョットの素晴らしい壁画に包まれる幸せを体感した。14世紀初めにスクロヴェーニ家によって献堂されたが、彼ら一族はこんなに美しい礼拝堂で祈ったのかと思うと、信者でない私でさえ天国を信じたくなった。この礼拝堂でのたった15分を過ごすだけでも、今回の旅に出た甲斐があったと思わせてくれる至福の時間であった。

パドヴァのスクロベーニ礼拝堂

パドヴァのスクロベーニ礼拝堂

沈みゆく迷宮ヴェネチア

パドヴァからは列車で30分足らずで、いよいよヴェネチアに到着。
22年ぶりのヴェネチアは、変わらぬ姿のまま運河が太陽にきらきら輝いていた。ヴェネチアは、運河と迷路のような道が入り組み、観光には徒歩か水上バスしかない。そのため、時間と体力節約のため、ホテルはサンマルコ広場側のBauer Hotelに滞在した。大運河沿いの5つ星ホテルで、小さいながらも快適だった。特に大運河に面したテラスでの朝食は、ゴンドラの上で朝の準備をするゴンドリエーレ達を眺めながら、あるいは対岸の『サルーテ教会』の美しいシルエットを眺めながら、ヴェネチアでしか味わえない時間を楽しんだ。

ベネチアの大運河

ベネチアの大運河

5日間のヴェネチア滞在中、訪れたかった教会や美術館は、『サンマルコ大聖堂』に始まり、16か所。単純計算なら、一日約3か所なので問題ないと思えたが、それぞれに見たい絵画、壁画が山ほどあり時間を惜しんで路地を歩き続けた。

短時間にあまりに沢山の絵画や壁画を鑑賞したため、時には消化不良気味になりながらも、中世の名もなきモザイク職人達やルネサンス期の巨匠達の、数百年経った今も色あせない芸術の数々に魅了され圧倒され続けた。

教会では、ゴシック建築の壁を覆う大作も多く、それらを描いた巨匠達のエネルギーに驚嘆し、またそれらを感嘆の眼差しで眺めたであろう当時の人々を思い、あるいはこの同じ路地をティツィアーノやティントレットも歩いたのだろうかと想像し、過去と現実を行ったり来たりしたような錯覚を覚えた。

中でも特に好きだったのは、ムラーノ島にある『サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂』の金地に輝く後陣ドームに、すっくと一人立つモザイクのマリア像。その素朴さ、静けさは、見る者に現実を忘れさせ、内省を促しているように感じた。

ムラーノ島サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂のマリア像

ムラーノ島サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂のマリア像

また、『アカデミア美術館』では改装中で見られない絵も多かったが、私が楽しみにしていたベッリーニ作『双樹の聖母』は、思いのほか小さな作品ながらも本当に美しかった。かつてこれを所有していた人は、毎日この美しい聖母を眺め、何を祈ったのだろうか?吸い込まれるように美しい聖母を見ながら、神の声を聞いたのだろうか?

アカデミア美術館双樹の聖母

アカデミア美術館双樹の聖母

夜になると、ヴェネチアのレストランを巡り、イタリアのシーフード料理を堪能した。薄暗い路地の向こうにかすかにネオンが見えるレストラン。「本当にここでいいのかしら?」とドアを開けると、ここなら絶対美味しい!と確信できる匂いや人々の団欒の声。その中を飛ぶように行き交うウエイター達。胃袋が一つなのが残念だったほど美味だった。ホテルへの帰り道で、運河の向こう側にライトアップされた教会やかつての貴族の館などを眺めながら、こんな小さな島が世界中の人々を何百年も魅了し続ける理由がわかった気がして、私もますます魅了された。

今回残念だったのは、ヴェネチア最終日に私が熱を出してダウンして、『サン・ジョルジョ・マッジョーレ島』に行けなかったこと。連日歩き回り、多分自分では気付かないうちに疲労が溜まっていたのだろう。

『サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会』の絵画はもちろんだが、鐘楼の上から対岸の『サンマルコ広場』と『ドゥッカ―レ宮殿』を眺めるのを楽しみにしていたのに。かつてヴェネチア商船や艦隊がようやく海外から帰国したとき眺めたのと同じ風景。彼らの感動を想像しながら、私も眺めてみたかったのだ。

サンジョルジョ・マッジョーレ島

サンジョルジョ・マッジョーレ島

夕日のサンジョルジョ・マッジョーレ島

夕日のサンジョルジョ・マッジョーレ島

いつかまた、訪れるチャンスはあるだろうか? 旅の神様に祈りながら、去りがたい思いで帰路についた。

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