砂ぼこりの米西部「道草旅」日記

昨年5月に米国に赴任してからというもの、首都ワシントンの職場でパソコンを打ち続ける缶詰状態の日々。一念発起して飛び出し、今年8月に米西部ユタ州とワイオミング州を巡った。行き当たりばったりの道中ではあったが、鮮やかな景色と苦い現実の数々に接し、忘れられない旅となった。

イエローストーン国立公園にある熱水泉

イエローストーン国立公園にある熱水泉

道路沿いで草をむさぼるバイソン

道路沿いで草をむさぼるバイソン

ピンクの湖面と環境破壊(ユタ州)

巨大湖が消えかけている-。東京五輪の開催目前、ニュースで耳にしたのはかつての五輪開催地で深刻化する環境問題だった。舞台は2002年冬季五輪開催地としても知られるソルトレークシティー近郊のGreat Salt Lake。湖から流れ出る川がないため、水位や面積は山々に降る雪が解けて流れ込む水の量と湖からの蒸発量との間でバランスする。全米有数のペリカンの生息地でもある。

季節ごとの変動も大きいが、近年最大だった1986年の約8500平方キロに比べて現在(約2500平方キロ)は面積が3割弱にまで縮小した。湖に達するまでに大量の水が使われてしまう過剰消費によるものだが、そこに近年は地球温暖化が拍車を掛ける。雪ではなく雨となって降り注ぐ水は土壌に染みこみ湖に達しなくなってしまっている。

巨大湖の危機を訴えるユタ大のペリー准教授。湖のさまざまな表情を記録している

巨大湖の危機を訴えるユタ大のペリー准教授。湖のさまざまな表情を記録している

ソルトレークシティーを訪れると、街並みは砂ぼこりで霞んでいた。危機を訴えるユタ大のケビン・ペリー准教授は「湖の縮小で鳥や小型の甲殻類などの生態系が壊れ、干上がった大地から舞い上がる粉塵は健康被害をもたらしている」と語る。

構造的にもたらされた危機、とも言える。地元紙ソルトレークトリビューンは「ユタ州の水利用者が享受している低料金の水道は乾燥した西部では異常」と分析する。例えばアリゾナ州フェニックスでは水消費量が一定以上になると単価も跳ね上がるが、ユタ州では定額。月に1万ガロン(3.8万リットル)以上を使用するフェニックスの住民が払う水道料金はユタ州の都市モアブ居住者の10倍で、乾燥地ではないワシントン州シアトルの住民ですらユタ州のほぼ3倍の水道料金を支払っているという。

安価な水は必然的に消費の拡大を促す。フェニックスの住民は平均1日当たり111ガロン(422リットル)の水を使用するのに対し、ユタ州ワシントン郡では平均306ガロン(1163リットル)。固定資産税による財源を水道運営の補助金に充てて使用料を低く抑えるユタ州独自のシステムが、結果的に割安すぎる水の値段を意識できない仕組みにつながっていると感じた。

「私も芝生にたくさんの水をまいてしまうから反省しなければならないのだけれども…」とペリー氏。安い水道料金を引き上げる改革は政治的な抵抗が大きく難しいと嘆く。

ピンク色に光るグレートソルトレーク。遠くには貨物列車が走る

ピンク色に光るグレートソルトレーク。遠くには貨物列車が走る

グレートソルトレークの乾いた湖岸でえさを探す鳥たち

グレートソルトレークの乾いた湖岸でえさを探す鳥たち

ユタ大の研究室を後にし、車を走らせると薄いピンク色に染まる湖面が広がっていた。水をひとなめするとしょっぱい。光る湖面に目を凝らすが、広大すぎて私には目前の巨大湖が縮んでいるのかさえ分からなかった。世界では中央アジアのアラル海や南米のポーポ湖、アフリカのチャド湖など巨大湖が次々と消え去ろうとしている。

日系人収容の民間資料館「今こそ伝える」

ワイオミング州ハートマウンテン強制収容所跡に建てられた資料館

ワイオミング州ハートマウンテン強制収容所跡に建てられた資料館

のんきに草をほおばるバイソンたちの脇を抜け、長い山道を越えると、乾いた茶色の大地の先にぽつりとその建物は現れた。Heart Mountain Interpretive Center。第2次世界大戦中に日系米国人1万4千人以上が「敵性外国人」として閉じ込められた強制収容所の跡地に2011年作られた資料館だ。

日系人収容施設は全米で約10カ所設けられ、歴史博物館はほかにもあるが、この資料館が特徴的なのは収容された当事者やその家族らの手で築かれたという点だ。強制移住の際に唯一携帯が認められたスーツケースや、元収容者らの証言を記録したドキュメンタリー映像など生々しい展示が目を引く。

新型コロナ禍と差別の歴史をひもとく特別展。ストゥーシーさんは日本語でも解説している

新型コロナ禍と差別の歴史をひもとく特別展。ストゥーシーさんは日本語でも解説している

資料館では今夏、「History Often Rhymes」と題した特別展を始めた。フロアの一番奥には2つの時代にまたがる写真とポスターが並ぶ。「I AM AN AMERICAN」。一つは日本軍による真珠湾攻撃翌日の1941年12月8日、カリフォルニア州にある日系食料品店が正面玄関にこう大きく掲げた看板の写真だ。

隣に並ぶのは新型コロナウイルス禍で暴力被害を受けたアジア系のこどもが「MY ETHNICITY IS NOT A VIRUS」と訴えるポスター。特別展を企画した資料館マネジャーのキャリー・ストゥーシーさんは「病気や恐怖が起こるたびに、少数派がスケープゴートとされてきた事実を今だから伝えたかった」と語る。

きっかけは、新型コロナ禍の中でカリフォルニアの食料品店を訪れたアジア系4世の資料館関係者が「チャイナウイルス」と叫ぶ男に襲われた事件だ。身近な事件と日系人迫害の歴史を重ね合わせ「これはかつて私たちが見たことのある光景ではないか」と資料館のスタッフたちは一斉に顔を見合わせたという。彼女たちのエンジンが一気に加速した。

イタリア人はポリオ、アイルランド人はコレラ、ユダヤ人は結核、中国人や日本人は目の感染症―。病気の流行とともに繰り返された移民差別を風刺画や写真、ポスターなどをかき集めて検証した。中国ウイルスの名を広めたトランプ前大統領の発言も展示し、「名付け」の危険性に警鐘を鳴らす。

米連邦捜査局(FBI)によると、全米で昨年発生した憎悪犯罪(ヘイトクライム)は7759件で、2008年以来最多となった。ただ、事件に遭っても被害の告訴をためらう人は多く、警察側がヘイトクライムとして記録することを拒む事例も伝えられている。統計は氷山の一角に過ぎず、全容は不明だ。

資料館を去る間際、隅にささやかに設けられた小コーナーにも心を奪われた。あなたがハラスメント被害に遭ったら。あなたが被害を目撃したときには。危機に接した際の対処方法を列挙していた。「我慢しないで」「自信を持って」「記録して」「介入して」。傷は当事者であろうと周囲の人間であろうと、時を経ても疼き、こころをえぐる。

おまけ

山奥にある隠れ温泉

山奥にある隠れ温泉

資料館から数時間かけて移動し、ジャクソンホール空港近くのホテルに宿泊。翌朝、ワシントンへのフライトを前に、噂に聞く「隠れ温泉」を目指すことにした。山あいの砂利道を車で30分ほど進むと、滝から流れ込む冷水と湧き出す熱湯が混じり合う目的地に到着。午前7時台ながら4、5人入ればいっぱいの露天掘り温泉には、既に若い女性の2人組がゆるりとつかっていた。

ずいぶん遠くまで来たと思いにふけりながら、日本にいたときと変わらず温泉でごろごろする自身の姿に可笑しさも感じた。車に戻るには冷たい川を徒歩で再度渡らねばならず、ザブザブと水中に踏み込んだ両足はやはり凍てついた。それでも、不思議と心地よかった。おすすめです。


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