私の名前
日本での結婚・離婚を経て、アメリカで再婚された松木典江さんに名字の変遷についてお話をうかがってみました(文中のお名前はすべて仮名です)。
VIEWS(以下V):松木典江というお名前はどういうお名前ですか?
松木(以下M):職場も含め、一般的に使っている松木典江の名字「松木」は、実は初婚のときの夫の姓です。私は日本で大学院在学中に結婚して、別に抵抗もなく、法に従って、夫の籍に入り、松木という名を名乗るようになりました。当時は、姓を変えることが「結婚したことの証拠」のように思え、新姓を名乗ることが嬉しかったようにも記憶しています。結婚後の出版物もすべて松木典江の名前です。その後、就職。でも数年して離婚することになり、法的には旧姓の井口に戻りました。ずっと忙しく活動していたし、大学院時代にはすでに結婚していたので、就職後に知り合った友達などは、私が結婚していたことにも気づかず、離婚した時には、逆に結婚して名前が変わったと思われた、なんて笑い話もあります。
V:知り合いのお医者さんも離婚して、名字が変わったので、患者さんからは「結婚おめでとうと言われた」と苦笑いしていました。私は「離婚おめでとうございます」と言いましたけれど。
M:7年結婚していましたが、同居していたのは5年だけです。夫は地方に転勤。私は留学することになり、結局私が日本に戻る前に、夫そして私の母といとこの立ち合いで離婚届を提出することなりました。でも、その後も松木という姓を使い続けました。というのも、先に述べた通り、プロフェッショナルとしては、松木の名で通っていたからです。戸籍は松木として新しく作成するか、両親の井口の籍に戻るかの選択がありましたが、私は後者を選択しました。
V:その後、アメリカ人と再婚なさったんですよね。
M:そうなんです。私は運よくグリーンカードを取得し、アメリカに移住しました。その後10年以上独身でいましたが、ふとしたきっかけで知り合ったアメリカ人のロバートと結婚することになりました。その時に、日本では井口典江という独立した戸籍を作り、夫ロバートを付記することになりました。日本の国籍法では、外国人の伴侶を戸籍に正式に掲載できないとのことでした。その後、私が米国籍を取得した際に日本国籍は除籍しました。
V:離婚、再婚を通じて、色々な書類の名前変更が面倒だったのではありませんか。
M:日米のパスポート、運転免許などの政府関係の書類はすべて井口典江に書き換えましたが、アメリカ納税申告書には「他に使用している名前があるか」という欄がありますし、銀行口座も名前をハイフンでつなげられるので、Norie Iguchi-Matsukiという名前を使っています。一方で日本の銀行は全く融通が利きませんでしたね。ハイフンは取り扱いできないと言われました。担当の人はこれまた私が結婚して井口になるのだと勘違いし、「おめでとうございます!」と言われましたよ。私は笑って「あなたが考えているのとは全く逆の理由ですが、ま、おめでたいことには変わりありませんね」と茶化しました。アメリカはソーシャル・セキュリティー・ナンバーで管理されているので、どの名前を使っていても番号から私が本人であることを判明できるということだと思います。
ひとつだけ、面倒だったのは、職場(米政府機関)で海外出張した時のこと。職場では私の職業名であるNorie Matsukiを使っているのですが、海外出張時は政府職員用のパスポートを使わねばならず、正式名のNorie Iguchiのみが掲載されています。なので、パスポートを管理する部署の人に「Norie Matsukiなんて存在しない」と騒がれたんです。所属部が提出した書類はMatsuki、パスポートを管理する部署はIguchi。混乱が生じても仕方ありませんよね。ソーシャル・セキュリティー・ナンバーは個人情報として書類上隠されていますから、照合のしようもなかったのだと思います。仕事名を本名に変更することを迫られたこともありましたが、上司の口添えもあって、変更なしで落ち着きました。
就職後30年近くMatsuki名で活動してきているので、今更名前を変えるなど考えられませんね。またロバートと結婚した後も、彼の姓に変更することは考えませんでした。彼自身もそれを期待していませんでしたし。すでに2つの姓をつなげて銀行口座などに登録しているので、ロバートの姓をその後に付加することも考えませんでした。大体名前が長くなりすぎて、登録用紙の名前の欄に納まりきらないでしょうし(笑)。
プライベートでは、夫の名字を使わなくても、まったく支障ありません。医療関係などは結婚証明書でロバートが夫であることが証明できるので、何かあった場合には夫に判断を任せることができます。
アメリカのソーシャル・セキュリティー・ナンバーに似たマイナンバーシステムが日本に導入され、それが日本の夫婦別姓の問題に何か肯定的な変化を与えているのかどうかはわかりませんが、日本の戸籍制度は、多様化する社会を反映していないように思います。名前は私のIDナンバーみたいなもの。松木であろうと井口であろうと、私であることには変わりありません。
井口典江。仕事名、松木典江(いずれも仮名)。離婚後そして再婚後も、元夫の苗字(松木)を名乗り続ける。アメリカ在住歴は20年を越し、現在は連邦政府機関に勤務。