外出禁止令下のフランス
こちら4月の第一日曜日、晴天のパリ。どんより曇り空の続いた日照時間の短い冬が終わったと思ったら、このところ春を通り越してもうすっかり初夏ではと思われるほど、太陽光線のまぶしい日々が続いている。
新型コロナウィルス感染対策として外出禁止令が実施された2020年3月17日(火) から、今日で20日目だ。頑張って皆、日常必需品の買い出し以外はほとんど家に閉じこもっていたが、この鮮やかな晴天、しかもウィークエンドとあって、人々は結構外を歩いている。といっても平常に比べたら、ずっと数は少ないのだが。(一日一回以下、自宅周辺1キロ以内、1時間以内で、外出証明書を携帯していれば、外出は許可されている。それ以外は 135ユーロ(1万6千円相当)の罰金。
それにしても車はほとんど走っていない 、すべてが止まった世界、シュールレアリステイックな世界。
友人や離れて暮らしている家族に会いに行くことはできないから、ビデオ会議は盛んに行われている。スーパーなどで品物が足りなくなることはなく、最低限の日常生活は続けられる。スーパーといえば、 外出禁止になってから、小麦粉の売り上げが急に伸びたという。家に閉じこもらざるをえなくなって暇をもてあました多くのフランス人は、老若男女を問わず、家でケーキ作りに精を出しているのだ。
近所の人々とは、毎晩8時からの数分だけが、 連帯感を共有できる時間になっている。その時間になるとそれぞれがバルコニーや窓から、感染者の介護に当たっている医療関係者たちへ 感謝の意を込めた拍手を送るのだ。これは、フランスより数週間早く大量感染の始まった イタリアから始まり、フランスでも日課となった。
もうそろそろ感染のピークが来てもいいのではと言われている。確かに、昨日(4月6日)から今日までの24時間の感染による死者数は411人で、昨日の588人より減っているが、まだ本当にこれがピークを意味するのかはわからない。(仏国人口は約6千7百万人で、日本の1/2強、米国の1/5強。)
フランスでの新コロナウイルス感染の発端
2 月には、中国の武漢から急遽戻って来た帰還者たちを、地中海沿岸にあるヴァカンス客用の宿泊設備に収容して、2週間隔離し、それでフランスは感染拡散を防げることが出来たかに見えた。だがそれから、 中国には旅行していないけれど、何らかの形で感染してしまった例が一人二人と増え出した。アジア系に対する差別的行為があったのもその頃のことだ。(感染が中国からだけではないと分かってから、その類いの差別はかなり影をひそめた。)
そのうちに、北イタリアがヨーロッパにおける大きな感染源となり、あっという間にフランスもイタリア経由で感染者が増加。それに加えて、ドイツ国境に近いアルザス地方で2000人以上の信者を集めた福音教会での集会が、これまた感染源となり、フランス各地からやってきた信者たちが、感染したとは知らずに自宅にウイルスを持ち帰り、そこでまた感染者が増えた。その後、今日に至るまで、ただひたすら感染が拡散され続けた。
続々と問題の対応を迫られるフランス政府
フランスは一昨年の暮れから 政府の燃料費の値上げ宣言を発端に「Gilets jaunesジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」と呼ばれる草の根の反対運動が生じ、土曜ごとに各都市でデモが行われていた。その度、どさくさにまぎれて最大限の破壊行為を目的に出現する「Casseurs カスール」と呼ばれる壊し屋たちが暴れ、観光地の経済はすっかり落ち込んだ。
そして、去年の暮れには、こんどは政府の定年年金制度改正案に各種の組合が猛反対して、12月からほぼ2ヶ月間ゼネストが繰り返され、多くの職場で平常の勤務が妨げられた。根本問題は解決しないまま、やっと交通ストが元に戻ったかとほっと胸を撫で下ろす間もなく、新型肺炎がやってきた。
一体どうやってこの 経済的危機の連鎖による痛手から、この国は立ち直ることができるのだろうか。ルメール経済大臣は、1945年以来の大不景気になるだろうと宣言。フランス政府は、新型肺炎によってもたらされた経済的損害対策として、公衆衛生非常事態法を今月下旬に成立させて、できる限り、企業、雇用、労働者を守る措置を取っていくと言っている。
2年前に就任したマクロン大統領は、上に記したような問題を抱えながら、今や前代未聞のコロナウイルス感染拡散という事態のまっただ中にある。活力のみなぎる42歳という若さと持ち前の演説の巧さ故か、新型肺炎に対処する姿は、 国民の支持を得ているように見える。 爆弾の音こそ聞こえてこないが、どこに潜んでいるのだか分からない目に見えないウィルスに対して、マクロン大統領は外出禁止令を発した時に「これは戦争です」と言った。その時、国民は事態の深刻さを認識しようにみえた。
ただ、マスクの在庫がなく、いまだに現場で治療にあたっている医療関係者にすら十分に配られていないこと、PCR検査が行き渡っていないこと等々、政府への非難の声も高まっている。ちょっと前まで、「感染者以外がつけてもマスクの効果はないのだから、マスクはしないように」と政府が要請した時期があり、それはマスクが欠乏していることを隠そうとしていたからではないか、という非難もある。(今日は中国から数十万枚のマスクが到着したというニュースが入った。国内の工場でも生産が開始されている。潜水用の顔全体を覆うマスクも、感染を遮られるということが判明し、部分的に改良したものが緊急処置として病院で使われだした。)欧米は、これまでマスクをすることに対して、あまりいい印象を持っていなかったが、これを機会にマスク文化が変わるかもしれない。
ホームレス、テロなどの問題も
一方、ここ2ヶ月というもの、すっかりメデイアはコロナウィルス関係のニュースに振り回されている。が、フランスには他のヨーロッパ諸国同様に移民難民問題や、過激派イスラム原理主義によるテロ問題が相変わらずうずいていることも忘れてはならない。ホームレスや移民もウィルスに感染する。マクロン大統領は外出禁止令を出してすぐに、失業者やホームレスたちを保護する協会に出向いた。でも、町には今でも人通りのなくなった歩道に、国籍不明のホームレスが寝袋で寝ている。多分保護されるのを拒んだのだろう。
このところテロのニュースから遠ざかっていたのだが、今日は残念な事にひさびさに事件が起こった。フランスの南の町で、スーダンから2年前に難民として受け入れられていた若者が、外出禁止令で人通りの少なくなった街を行く通行人を刺したのだ。容疑者はフランスの警察にはこれまでマークされていなかった過激派イスラム主義者だった。ただでさえ、外出禁止令の違反者を取り締まるので忙しい警察官たちには、休んでいる暇はない。
フランスの外出禁止令はまだ当分続く。アメリカ在住者は勿論、今や日本在住者も、家に閉じ籠る生活を余儀なくされているはず。日本はこちらのような厳しいロックダウンをしなくても、皆が注意を守るから、緊急事態宣言で大丈夫という声を聞いた。本当にそれで大丈夫だろうか。大丈夫であってほしい。
一刻も早く、効果のある処方箋が見つかることをひたすら願っている。
パリ在住。仏国オルレアン大学文学部准教授を数年前に退職(日本文化史及び比較文化史)。現在は翻訳に時間を費やしている。