ドキュメント「時代を拓いた女性たち」読売新聞解説部

ドキュメント「時代を拓いた女性たち」読売新聞解説部(2002年刊)

ドキュメント「時代を拓いた女性たち」読売新聞解説部(2002年刊)

何度読んでもおもしろい、噛めば噛むほど味が出るスルメのような本とはこの本である。先人の日本女性たちは、差別や貧困や不幸にめげず、英知と持ち前のガッツで、未踏の地に突き進んだ。それも謙虚にエレガントに。ああ、これぞ日本人女性のロールモデル、われわれの大先輩なのある。

「時代を拓いた女性たち」(2002年刊行)には、女優の山本富士子さん、登山家の田部井淳子さん、アートフラワーの飯田深雪さんから、作家の田辺聖子さん、デザイナーの森英恵さんまで、昭和を生きた女性たち、第一集12名、第二集11名の合計23名が紹介されている。この2冊の本はいつも私の机上に置いてあり、ときおり元気をもらいたいときに読んでいる。お一人お一人のお話しに深みがあり、女医、弁護士、宇宙航空士、照明デザイナー、消費者活動家、起業家、歌人、脚本家などその職もバラエティに富んでおり、どこから読んでも勇気が湧いてくる。立ちふさがる壁をしなやかに這い上がり、うむを言わせぬ実力を発揮し、各界で「女性初」という冠をかぶった、我が誇れる日本女性先駆者である。

読んでいくうちに女性たちの間にはいくつかの共通点があることに気づく。

楽しくて楽しくて

彼女たちの成功の鍵は、好きな道を進んだからにほかならない。「調子に乗ってきた、続けたい」という原動力は、天性の才覚と背中合わせになっている。「女優として欲がでてきた、ここまできたらやめらない」と語る山田五十鈴さんは、夫か仕事かの選択を余儀なくされた時代に「わがままですが自分本位の道」を選ばれ、その道で70年活躍された。また、主婦連合会を立ち上げた奥むめおを母に持ち、ねんねこ姿の婦人活動家として悪徳企業と戦った中村紀伊さんは「活動しているときが一番幸せ」という。アートフラワー創始者の飯田深雪さんは、「もう面白くて、楽しくて、ものに憑かれたように」花を作り続けたという。「なんていいセリフ、誰が書いたのかしらね」と、「おしん」などの名番組を作った脚本家の橋田壽賀子さんは、涙を流して自分の番組を見るという。「時代が私にドラマを書かせる」とおっしゃる。誰かに指示されたのではなく、それがまた才能を開花させ、自ら「ああ、おもしろい」と努力を惜しまない。

粘り強い

ちょっとやそっとのことでへこたれない。初心を貫き、女性だから、貧乏だから、家族が反対するから、などと愚痴は言わず、ただやり続ける。女性の獣医など採用できないと言われながらも、「やってみないとわからない」と相手を説得し、上野動物園で何とか短期の雇用機会を得た増井光子さん。どうしても弁護士の夢が捨てられず、熊本から30時間満員列車に立ち続けて上京し、何とか書記官に採用してもらい、弁護士への道をこじ開けた鍛冶千鶴子さん。執念ともいえる長年の研究によって成果を出した分子生物学者の岡崎恒子さん。研究成果も評価され、さてこれからというときに、研究パートナーだったご主人をなくされ、残された1歳半と小学校6年生の子供の育児と研究を両立し、「岡崎フラグメンツ」と呼ばれる遺伝子研究を前進させた。「だめだと思ってももう一度頑張る」と言う母の口癖を貫いた中村紀伊さん。

迷わずYES

次から次へ新しい挑戦が待ち受けており、できるのかなあという疑いを振り切り、お声がかかったときに、「よっしゃ」と引き受ける姿勢がたくましい。「私なんて」と思った山本富士子さんが、日米親善の役割を果たす役割にひかれ、ミス日本に軽い気持ちで応募、彼女の運命がそこから展開していく。いったん成功を収めても「次これをやってみないか」という話にひょいとのったら、またそれが大当たりして、キャリアがおもしろいように進む。映画、テレビ、舞台と次々と活躍の場を変えていった山田五十鈴さん。また、新聞記者を志願していた山口淑子さんは、現場取材もできるといわれてワイドショーのホスト役を引き受け、中東和平を取材し、世界をかけめぐる。流れに任せた人生で、チャンスが回ってきたときどうするか?彼女たちこそ、今でいうリスクテイカーであり、その度胸に敬服する。

日本を背負って立つ

世界に触れ、開花する。照明デザイナーの石井幹子さん、社会人類学者の中根千枝さんは、海外の先駆者に感動して、大胆にも弟子入りを懇願する手紙を書いた。突撃アタックである。舞踏家の牧阿佐美さん、美容家のメイ牛山さんは、戦後のアメリカの寛大さと豊かさに触れ、その衝撃を日本での活動の糧とする。日本人女性のイメージが蝶々夫人くらいしかない当時、ニューヨークでは、最も安いものが売られているデパートの地下で、悪かろう安かろうの日本製品「ワンダラーブラウス」が売られていた。最上階で売れるものを作るのだと、森英恵さんは心に誓ったそうである。「タテ社会の人間関係」を書いた社会人類学者の中根千枝さんは、インド、チベットなどで部族の研究を体当たりで行ったフィールドワークの経験を活かし、しなやかに力強く、国際社会での日本のプレゼンスを高めるべく、国連での活動に取り組まれた。

使命感がある

この本に登場する女性たちは、ご自身に与えられたミッションに向けて、終わりなき戦いに挑んでおられる。世のため、女性のため、日本のため、これまでの蓄積や立場を十分に活かして、生涯現役で活動を続けておられる。「日本は世界なしには生きられない」と口癖のようにおっしゃられた父尾崎行雄の命を受けて、地雷をなくす運動や移民救助活動に生涯を尽くした相馬雪香さん。ハルビンでの経験をもとに「わけへだてなくみなに医療を」とご自身に誓い医師を続けられた山崎倫子さん。女性の地位向上や暮らしや悩みを法律面で長く支えてこられた鍛冶千鶴子さん。今書かないと時代の証人がいなくなってしまうと、後年は評伝に専念された作家田辺聖子さん。明治の女性がまだ生きておられるうちに語りをまとめたいという橋本壽賀子さん。この方々の貢献には、ただただ感嘆し、憧憬の念を抱く。

この本の魅力

この本の魅力はいくつも折り重なっており、実に味わい深い。第一に、読みやすく、真摯なストーリーに心打たれる。本人とのインタビューに基づいて書き起こされた文章なので、まるで彼女たちが語りかけてくるような説得力がある。ときおり難しい漢字もでてくるが、それを辞書で調べるのも楽しい。さすがプロの記者による作りである。新聞のように仕立てられたコラムに解説された豆知識がおつなもので、なんとも昔風の作りがいい。写真もいい。白黒の写真と着物姿の父母の写真、戦中の写真、スタジオで撮った写真、教科書に出てくるような戦後混乱の写真、歌舞伎や舞台、映画のポスターもすばらしい。

登場人物のお名前が古めかしく、田舎生まれなのも素晴らしい。壽賀子、恒子、倫子、光子、安子、幹子など、地味だが芯が通っている。ほとんどのみなさんが地方出身で、自力で這い上がってこられた様子と重なり、骨太のキャラクターが感じられる。貧乏暮らしで小学校も卒業していない山田五十鈴さんもいれば、名家に生まれた方々も多くおられる。勝海舟を曽祖父にもつ山崎倫子さん、ブリヂストンの創業者石橋象二郎の長女として生まれ、政治家一家の鳩山安子さん、東京都尾崎行雄市長の娘として生まれた相馬雪香さん。それぞれが時代に翻弄されながらも自分の持ち場を築き、そこから足が地に着いた活動を展開なさった。

この本は昭和を感じさせてくれるのである。母の時代の匂いがして、故郷を離れて長く生活するわれわれにとっては、あの時代に生き抜いた日本女性たちのことを考えると愛くるしくてなつかしくて、知らずと涙が流れてくるのである。静かながらも絶えることのないエネルギーがつたわってくる。

この本はまさにWJWN女性メッセージのほかのなにものでもない。

母たちの昨日 私たちの今日
子どもたちの 明日をつなぎます

残念なのはこの2冊の本が絶版になってしまったことだ。苦労話を集めた昭和の女性物語は流行らないのかもしれない。大先輩のことを知ると同時に、海外にいるわれわれは、彼女たちの苦労と勇気を語り続け、日本女性の存在を世界でアピール・伝承していかなければいけないとつくづく感じる。くじけそうなとき、カツをいれてくれる本である。

 

 

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