環境問題と心のあり方

マサイマラの朝。美しい自然を目の前にして、環境のために働いている理由を再確認しました

マサイマラの朝。美しい自然を目の前にして、環境のために働いている理由を再確認しました

子供の頃から動物が大好きでした。高校生の時に、社会の授業で環境問題について学ぶ機会があり、環境破壊により動物たちの生存が脅かされている事を知り、大きな衝撃を受けました。そして、なんとかして、環境問題を解決し、動物が人と一緒に生きていけるようにしたい、と強く思うようになりました。

当時、環境学は新しい学問分野で、日本では確立されていない領域でした。そこで、学際的に環境学を学べるプログラムを持ったカナダの大学に進学することにしました。環境保全のためには、世界の人々と協力するために英語が話せるようになったほうがいいと思ったのもカナダに行くことを決めた理由の一つでした。

そこから、紆余曲折ありつつも、環境に関わり続けて10年以上働いてきました。縁に恵まれて、8カ国に住み、現在はワシントンDCを拠点に環境専門官として働いています。

思えば、私は環境問題へ取り組むことをミッションとして生きてきました。ずっと、「どうすれば、環境問題を解決できるのか?」という問いに向き合ってきたように思います。

この問いに今私が出している結論は、「環境問題の根元は心の問題である。環境問題を解決するには、まず一人一人が自分の心に向き合う必要がある」ということです。この結論が更新される日が来るかもしれませんが、今の私にはしっくりきています。

先日、奇しくも、出張先のモロッコからワシントンDCへ帰る飛行機の中で読んでいた「2030年ジャック・アタリの未来予想」で、この個人的な結論を後押ししてくれる一文に出会いました。アタリ曰く、

「集団の活動に大きな変化が必要な際には、全ては必ず個人が変わることから始まる。個人の内面が変わらなければならないのだ」

環境問題の根源は人の心の内面の問題である、という私の仮説をアタリが後押ししてくれたように感じました。

環境問題への技術的なアプローチ

トリプルクライシスと呼ばれる、気候変動・環境汚染・生物多様性の喪失などにより、地球環境は大きな危機に直面しています。こういった環境問題は、既に私たちの生活に影響を与え始めています。2019年に環境汚染によって亡くなった人は世界中で約900万人に上ると推定されています。その内、大気汚染で亡くなった人はおよそ667万人です。気候変動は貧困層、特に女性に大きな影響を与えており、気候変動の影響から難民になる人々も増えています。国連によると、2025年までに世界人口の半分が恒常的な水不足を経験するようになるそうです。

こういった環境問題に対応するために、今まで私たちは技術的な方法にばかり頼って対処してきたように思います。例えば、海洋ゴミを減らすために、リサイクルを推進する、プラスチック袋に課税するなど技術や政策による解決策に重点が当てられていたように思います。技術的なアプローチのスケールも段々大きくなってきており、例えば海洋アルカリ化を行い、空気中の二酸化酸素を海に吸収することで、気候変動の抑止に繋げるなどといった話も出てきています。はたまた、市場の原理を利用して二酸化炭素の排出量を取引したり、グリーンボンドを発行したりといった取り組みもあります。こういった対策は、もちろん環境問題を解決するための一助となります。その一方で、私はもっと根本的なことである、環境破壊につながっている人の心のあり方に目を向ける必要がある、と考えるようになりました。

ケニアで見たゾウの親子。ケニアでは、野生動物をとても身近に感じることが出来ました

ケニアで見たゾウの親子。ケニアでは、野生動物をとても身近に感じることが出来ました

心の問題と環境問題

私が心の問題と環境問題の関連性を考えるようになったきっかけは、とても個人的なことで、コロナ 渦中に心身のバランスを崩して休職したことでした。2022年の調査によると、ミレニアム世代の45パーセントが、バーンアウトを感じていると答えています。統計をみると、誰がなってもおかしくないと分かるのですが、自分が実際に休職することになるとは思ってもいませんでした。

休職中の初めの数週間は、早く復職したいと思い焦りばかりが募っていました。ですが、数週間経つと、自分がストレスによって、心の健康を崩した原因に向き合うようになりました。自分と向き合ってみて気がついたことは、私は自分の内側の問題と向き合う事を避け、自分の外の問題に目を向け過ぎていたということです。自己肯定感を高めるために、仕事をこなすことで自分の価値を確認していく、というメカニズムを利用していたことに気がつきました。自分自身であることに価値を見出せず、仕事による外部からの評価に依存し過ぎたために、自ら働き過ぎてストレスを溜めていました。そして、「自分自身を大切にする余裕がない状況では、そもそも心から自然を大切にすることはできない」、「自分の外にある問題を解決するには、まず自分の内側に目を向ける必要がある」、という極めて当たり前の事実に気がつきました。

この気づきから、そもそも環境問題が解決されていないのは、私たちが自分自身を大切にし、心の余裕を持って暮らせていないことが原因だ、と考えるようになりました。資本主義を無意識に受け入れ、何者かに追われるように予定を詰め込み、次から次へと物を消費するのは、行動や消費が心を満たす方法となっているからです。自分が得をして、お金を儲ける事ができれば、他の人や次世代が困っても構わない、といった利己的な考えも心の余裕のなさの反映のように思います。このような心のあり方が変わらない限り、どのような技術や政策を駆使しても、その場しのぎにしかならず、長期的かつ根本的な環境問題の解決にはつながらないでしょう。

この気づきを元に、周りを見ていると、環境問題に関わっている多くの人たちが私と同じように自分自身を置き去りにして働いている現状が見えてきました。志を持って一生懸命働いている一方で、コロナ渦の影響もあり、多くの同僚が心のバランスを失っていました。

マサイマラの草原。心が洗われる風景です。自然の大きさを感じると自分の小さな悩みがどうでもよくなります

マサイマラの草原。心が洗われる風景です。自然の大きさを感じると自分の小さな悩みがどうでもよくなります

自分を大切にすること、自然を大切にすること

セルフ・ラブがなければ、そのしわ寄せは周りの人、住環境、そして自然環境に及ぶと思います。一番わかりやすいのは、生活環境です。自分に余裕がなくなると部屋の整理に手が行き届かず、部屋が混沌としてくることは、多くの人が経験したことがあるかと思います。こういった自分を大切に出来ていない状況では、他人を大切にすることなど到底できないので、必然的に人間関係の問題も発生しやすくなると思います。そのような状況にある人が集まって環境問題に取り組もうとしても、組織としての生産性が下がってしまいます。どんなに技術や知識があったとしても、チーム内での人間関係の問題が重なると、環境問題どころではなくなってしまいます。

グーグルが行った「プロジェクト・アリストテレス」によると、生産性が高いチームの成功因子は、「心理的安全性」・「相互信頼」・「構造と明確さ」・「仕事の意味」・「インパクト」だそうです。この5つの因子の基盤となるのは、心理的安全性です。集団の中で心理的安全を感じることが出来るようになるには、そもそも一人一人が自分自身を大切にし、ありのままでの自分に価値があると思えていることが重要だと思います。それがあってこそ、一人一人が自分らしく居られるチームや組織を作れると思います。ですので、組織として環境問題に関わっていくとしても、結局のところ一人ひとりの心のあり方が鍵になってきます。

自分を大切にすることが出来れば、周りの人を大切にすることが出来るようになり、自分と自然環境の繋がりをより意識できるようになると思います。個人の心のあり方が変われば、習慣が変わり、それが集団としてのあり方の変化にも繋がってくるはずです。世界平和のためには、まず個人の心が平和であることが必要だ、と言われます。これと同じように、環境保全のためには、まず一人一人が自分を大切にして、自分らしく生きていくことが大切だと思います。遠回りに見えても、一人一人が自分と向き合って、心の問題に取り組むことが環境問題の本質的な解決につながっていくのではないかと思います。自分にも、そして自分以外の動物や植物、はたまた山や海全体にも優しく在れる心のあり方が、環境への取り組みには必要だと思います。

OFFモードのチーター。足が早い動物ですが、のんびり昼寝をしている姿をよく見ました

OFFモードのチーター。足が早い動物ですが、のんびり昼寝をしている姿をよく見ました

Follow your heart

大学院を卒業したばかりの頃、ナイロビでジェーン・グド―ルに会う機会がありました。ジェーンは、チンパンジーの行動研究で知られる生物保全の世界的リーダーです。環境問題という割とお金になりそうにない職業を続ける上で、将来に不安を感じていた私に、彼女がくれたメッセージは「自分の心に従いなさい(Follow your heart)」でした。

彼女のメッセージに励まされて、環境保全の道を歩んできました。環境専門家というのは名ばかりで、環境の事を本当に知っているのは、そこに住んでいる人々や動物、植物だと思います。私にできる事は限られていますが、一人一人の心の持ちようや生活習慣が変われば、環境を守ることが出来るのではいないかという希望を持っています。

環境問題が悪化する一方で、憤りを感じることもありますが、これからもジェーンの言葉を胸に、私なりの方法で環境保全に携わっていきたいと思います。

マサイマラにて。力強く一匹で我が道を進んでいくメスラインに勇気付けられました

マサイマラにて。力強く一匹で我が道を進んでいくメスラインに勇気付けられました

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です