アンドラ公国-自然と芸術に満ちたピレネー山脈の小さな国

アンドラの春

アンドラの春

2020年の初め、27年間勤めた世界銀行を退職後、主人が育った南仏で暮らすつもりで、ヨーロッパに渡航しました。いろいろな国をまわって、友達や親戚に会い、少しずつ家探しをしよう、という予定でした。まずは南仏に近くてスキーができるアンドラ公国にはいりました。アンドラはスペインとフランスに挟まれたピレネー山脈の中の内陸国。フランスのツールーズとスペインのバルセロナから車で約2時間半のところです。

1278 年に共同公国として建国され、ヨーロッパで最も古い独立国の 一つです。フランス大統領とスペイン北部のウルゲル大司教がそれぞれ Co-prince(共同王子)として任命されていますが、1993年の憲法改正以来、権限のほとんどはアンドラの議会に移りました。国語はカタラン。バルセロナを含んだスペイン東北部のカタロニア地域ではカタラン語を話しますが、正式に国語としてカタランを使うのはアンドラだけです。とは言ってもアンドラ人は、小さい時からカタラン語、スペイン語、フランス語の3 か国語を習い、トリリンガルです。

南ヨーロッパ最大のスキー場

アンドラは人口8万人の小さな国ですが、南ヨーロッパで最大のスキー場の一つであるグランヴァリーラ (Grandvalira)があり、毎年500万人以上の観光客が訪れ、スキーのワールドカップも頻繁に開催されます。いくつかの山脈を繋ぐ全長215kmのスキーコースがあり、スキーをしながら地中海の青空が満喫できます。ランチは、スキー場に数多くあるレストランで、アンドラ特有の山シチューやスペインのタパスが楽しめます。

グランヴァリーラ・スキー場

グランヴァリーラ・スキー場

自然や動物に囲まれてのコロナの経験

ところが、アンドラに着いてから数週間したところ、コロナウイルスの到来で突然すべてが停止してしまいました。すべての人に外出制限が課され、食料品店で必要な買い物をする場合を除いて、小さなアパートホテルから出ることも許されませんでした。他の国に旅行することも許されず、南仏での家探しもとりあえずは延期。これは困ったと思いましたが、他の国と比べると、コロナの件数も少なく、立ち往生するには素晴らしい国だと思いはじめました。スキー場はすべて閉鎖されましたが、私たちは裏山に出かけ、ちょっとしたハイキングやスノーシューをして、いい空気を吸うことができました。 アンドラの人たちはおだやかで優しく、山道で会うとかならず「Hola」と声をかけてくれます。春が訪れると、山は色とりどりの花で埋め尽くされ、 馬や牛が出てきてのんびりと草を食べ始めます。 世界中がパニックに陥る中、私たちは自然に囲まれて比較的おだやかに過ごすことができました。

アンドラの動物たちと山の頂上にある湖。筆者(右)

アンドラの動物たちと山の頂上にある湖。筆者(右)

アンドラ・ラ・ベイヤ

新型コロナウイルスの危機が和らいだ後、より自由にアンドラを訪れる機会が何度かあり、もう少し「普通」のアンドラを見ることができました。アンドラの首都のアンドラ・ラ・ベイヤは大きなショッピング街があって高級品から激安品、なんでもあります。消費税が周りのヨーロッパの国よりも低いので週末や休暇にはフランスやスペインからたくさんの買い物客が来ます。メインのショッピング街はメリチェル (Meritxell)通り。歩行者通りなので、お店に出たり入ったりが楽です。ショッピング街の真ん前にはサルバドール・ダリの「La Noblesse du Temps」という時計が溶けたような彫刻があり、観光客がよく写真を撮っていました。メリチェル通りの坂を上がりきってモダンなショッピング街を抜けると、まるでタイムマシンのように古いアンドラに入ります。石造りの家やレストランが石畳の狭い道に点々とあり、昔のアンドラの雰囲気がわかります。そのあたりは迷いやすいのですが、迷って入った小さな広場で、バルセロナ出身で最近有名になったジャウメ・プレンサの彫刻を見つけました。

サルバドール・ダリの”La Noblesse du Temps” (左)とジャウメ・プレンサ ”Overflow”(右)

サルバドール・ダリの”La Noblesse du Temps” (左)とジャウメ・プレンサ ”Overflow”(右)

ハイキングと屋外アート

アンドラは、どこからでも気軽にハイキングができます。ハイキングコースがわかりやすく示されています。楽しみ方もいろいろ。山登りをして、頂上近くの美しい湖や花畑でピクニックをする。あるいは山から流れている小川にそって歩き、屋外アートを見つけながらゆったりと自然を楽しんで歩くこともできます。私のお気に入りのコースは、首都から約 15分のオルディノ町から始まるルートでした。川沿いのハイキングコースのあちらこちらに「コルテン」と呼ばれる風化した鋼でできた彫刻があります。その中で面白かったのは、東京下水道のマンホールで作った扇子を持った日本女性の石像。スクラップメタルで作った世界の国々を代表する彫刻たちの一つでした。その他、歴史的に興味深いと思ったのは、スーツケースを持って山越えする家族の彫刻。山深いアンドラはナチスやフランコ政権から自由を求めた人たちの逃げ道になっていたわけです。

コルテン銅の彫刻 - 山越えをする家族

コルテン銅の彫刻 - 山越えをする家族

日本女性の石像(左)。女性が持つ扇子は東京下水道のマンホールを再利用(右)

日本女性の石像(左)。女性が持つ扇子は東京下水道のマンホールを再利用(右)

アンドラの芸術家たちは、ハイキング コース沿いの森の中で毎年新しい作品を発表する。これを見つけに行くのがハイキングの楽しみ

アンドラの芸術家たちは、ハイキング コース沿いの森の中で毎年新しい作品を発表する。これを見つけに行くのがハイキングの楽しみ

終わりに

アンドラは自然と芸術が調和したユニークな山国で、遠いですが、また行きたいと思います。南仏で退職後の生活をするつもりで渡航したのですが、コロナ危機でアンドラに立ち往生し家探しも延期。アメリカに住む息子たちにも2年近く会うことができず、いろいろ考えた末、ベセスダに帰ってきました。南仏は「ヴァカンス」で行くのが一番、住むのはベセスダ、という結論に達しました。息子たちも仕事先のニューヨークから気軽に週末に来てくれますし、長年の友達ともまたつながって、今またBethesda lifeを楽しんでいます。


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