私のもう一つの家族:日仏女性劇団セラフ

いつも泊まらせてもらうパリの友人のアパートから見えるエッフェル塔。公演の後にこれを見て疲れを癒します

いつも泊まらせてもらうパリの友人のアパートから見えるエッフェル塔。公演の後にこれを見て疲れを癒します

私はアメリカ人の夫と4人の子供の6人家族です。既に子供達はワシントンDCの家からは巣立っていますが、休暇や夏休みには全員集合し、賑やかに過ごします。2回の海外在住を経験し、その体験が多様性にも繋がり、ユニークで絆の強い家族です。

そんな私には”もう一つの家族”と呼べる仲間がいます。

劇団に入ったきっかけ

その仲間たちに出会ったのは、夫の二度目の海外転勤先フランス、パリ在住中。日本で東日本大震災が起き、遠方からでも何か支援・貢献したいという強い思いが私の中に込み上げている頃でした。海外にいる日本人がこぞってチャリティーイベントを企画し、遠方から被災地の応援をしていました。私自身も、日本でニュース中継されたパリのチャリティーイベントでスタッフとして参加。もっと何か貢献したいと思っていた頃、劇団『日仏女性劇団セラフ』の代表と出会ったのです。普段から、海外在住の日本人に対して心を開くのに時間はかかりませんが、大きな災害後でしたので、殊の外、すぐに意気投合。震災について書いた小説の舞台化に、役者として出演協力して欲しいと頼まれました。私は、舞台経験はなかったのですが、長年教師をしていて大きくよく通る声なので、その点を見込まれたようです。教室で生徒を前に話すことには慣れていても、演じることは別でした。最初はセリフが少ない方がいいと不安に思っていましたが、演じることの楽しさにどんどんのめり込んでいきました。ワシントンDCへ戻っても演劇熱は収まらず、今では年2回程度、劇団の舞台のために渡仏しています。

『日仏女性劇団セラフ』

文字通り、⽇本⼈とフランス⼈⼥性により1991年に旗揚げ、1992年にアソシエーションとして設⽴された『日仏女性劇団セラフ』。その仲間が私の大切なもう一つの家族です。劇団員には、教師、通訳・翻訳者、ダンサー、歌手、大工、学生、主婦など、多種多様な職種の人たちが、本職の合間をぬって稽古に励んでいます。ここ数年は、男性団員およそ二十数名も参加、活躍しています。幾つもの作品を一緒に創り上げていくうちに、彼らが皆、私の生活の一部となり、そのかけがえのない仲間が、私にとっては「もう一つの家族」のように思えてきたのです。

この仲間たちとは、これまでに20の劇作品を制作・公演、3回の朗読会を実施し、これらの作品はフランス地方の「日本祭り」にも招待されました。ちなみに、パリでの公演の舞台は、在仏日本大使館広報センター、テアトル・デユ・トン、ラビレットのグランド・ホール、リス・オランジスのデスノス文化センター、ミッテラン国立図書館BNF。地方公演は、アビニヨン、ヴェルサイユ、スワソン、ボーヌ、エーグモルトまで向かいました。日本大使館の後援により、ボルドー、ストラスブルグ、ジュネーブ、チュニスからも招待を受けました。その中でも、パリ市内のミッテラン国立図書館BNFで演じた「La Vague」の公演は忘れられない舞台となりました。


2022年6月に『川端の女たち』をテーマに公演した『浅草紅団』で主人公の姉の役を演じた(右)

2022年6月に『川端の女たち』をテーマに公演した『浅草紅団』で主人公の姉の役を演じた(右)

『La Vague』【波 蒼佑、17歳のあの日からの物語】リシャール・コラス著

コラスご夫妻,日仏女性劇団セラフのメンバー,関係者の皆さんと「La Vague」の公演後の集合写真。この時は初めてコラスご夫妻が観に来て下さった時です

コラスご夫妻,日仏女性劇団セラフのメンバー,関係者の皆さんと「La Vague」の公演後の集合写真。この時は初めてコラスご夫妻が観に来て下さった時です

この作品は、何といっても忘れる事はできません。私が初めて参加した舞台。そして、作者リシャール・コラス氏は、当時シャネル日本法人社長で、東日本大震災発生後、シャネルのボランティアチームといち早く現地入りし、顔の手入れもできない避難所の女性たちにメイクのボランティアを始めました。その時に聞いた話や起きた事実に基づき小説にまとめあげた作品です。劇団セラフは、この小説を舞台にすることで大震災を風化させず、また、義援金募金にも役立てたい、という熱意を持ち、コラス氏に舞台化の直談判をして実現に至りました。コラス氏が初めて観劇に来られた時は、いつもと違う緊張感が走っていたことを今でも覚えています。この作品は長期に渡りパリ市内のあちこちで公演し、入場券の売り上げは収益なしで全て義援金として日本の団体へ送りました。パリ市内ミッテラン国立図書館BNFでの最終チャリティー公演は、400席を擁する劇場に観客が入りきれず、100人は別ホールで画面での観劇となるほどの大盛況でした。もちろん、著者コラス氏にも観劇して頂きました。このご縁でコラス氏と劇団セラフも家族のようなお付き合いとなりました。昨年11月公演(前作)は、南仏エーグモルトの日本祭りでお互いのイベントでご一緒することになり、懐かしい話をしながらお食事をしました。

『Fin envoûtante  魅惑的な最後』

近代能楽集の中の「道成寺」三島由紀夫著。古道具屋の女主の役です

近代能楽集の中の「道成寺」三島由紀夫著。古道具屋の女主の役です

さて、劇団セラフは、川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫等、日本文学の名高い文豪たちの作品を舞台化、公演した後、ここ数年はFin envoûtante (魅惑的な最後)を題材にした舞台に取り組んでいます。「人間失格」、「蜜のあわれ」、「サラサーテの盤」など、劇団セラフ特有の独特なビジュアル表現をもった作品に仕上がっています。次回は5月下旬にパリ、6月上旬に南仏アルルで公演予定です。舞台は、セリフが日本語でフランス語の字幕付きです。2~3か月前から稽古が始まりますが、アメリカ在住の私は、リモートでの稽古です。画面の向こうにいつもの仲間が見えると舞台公演に向けて士気が上がります。そして、切磋琢磨し合う劇団の仲間たちは、私にとって、時には母のようでもあり、娘のようで、息子のようで、良きパートナーなのです。笑いや涙、時には葛藤もあります。でも、公演が終わると全てが安堵に変わり、その達成感を大いに祝福し、労い合います。そして、いつものように、次の公演までそれぞれが自分の場所へと帰っていきます。

今、パリでの演劇が私の人生の一部になっています。いつまで続くのか、私にも分かりませんが、演劇を続けることを見守ってくれる私の家族に心から感謝しています。

私のもう一つの家族の風景は、パリにあります。


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