口車に乗って江から湾へ川へ: 世界遺産を訪ねる旅
体が動くうちにと慌てて桂林に来たが、桂林観光のメインは川から景色を眺めるクルージングで、歩くのは船の乗降と船内の上下を行き来するくらいである。本来ならもっと急いで見に行かねばならない世界遺産が他にもあるが、来てしまった以上は、水墨画の世界に浸る。同伴者は絵を描く時の材料にするため、ひたすら写真を撮っている。人民元20元紙幣に印刷されている図柄と生の桂林を見たあとは、蘆笛岩の鍾乳洞に向かう。この鍾乳洞はライトアップし過ぎて、鍾乳洞に居ることを忘れてしまうくらい明るい。
桂林から陸続きのハロン湾へ、そして「陸のハロン湾」へ
ここで、ツアーガイドから、「桂林の延長にハロン湾がある。海の桂林と言われるハロン湾にも是非行って!」と次の旅行先を告げられた。
中国の桂林とベトナムのハロン湾が陸続き?考えたこともなかったが、中国チワン族自治区にある桂林からベトナム・ハノイ南部のニンビンに至る石灰岩台地は繋がっている。桂林の次は、「海の桂林」とも呼ばれる世界自然遺産ハロン湾へ行くことにする。ベトナムも社会主義国のためツアーに便乗する。ベトナム20万ドン紙幣の図柄にもなっているハロン湾の闘鶏島は見る角度で、夫婦岩、闘鶏、接吻と姿を変えていく。
ここでも、ツアーガイドから「ハロン湾に来たなら、『陸のハロン湾』チャンアンにも行かなくては」と、再度のお告げがあった。ハノイから南へ100キロ、ベトナム人は「陸のハロン湾」と言い、中国人は「ベトナムの桂林」、私はどちらでもいいが、再びツアーガイドの口車に乗ってチャンアンの景観関連遺産の紅河デルタ南部のカルスト地形までやってきた。
石灰岩カルストの間を流れるタムコックの川からの観光である。後方に座った船頭さんが手こぎだけでなく、自転車をこぐように足こぎをして、2~3人乗りの小舟は川面をゆったりと滑るように進んで行く。人力走行のため空気は澄んで、静かである。川岸では洗濯する人、水田で作業する人、蓮の花畑、寺院など日常生活の中を進む。頭上を注意しながら石灰岩のトンネルをくぐり、岩肌に触れ、柱状節理を見ることができる。後方・左右の小舟からは船頭さんの手こぎ、足こぎがよく見える。景色よりも楽しい。エコな観光である。
ウイルスは人に乗って世界へ
次の世界遺産旅行計画を考えている時に、中国武漢での新型肺炎発生ニュースが入ってきた。1月23日には武漢市と隣接市の交通封鎖、24日は武漢空港閉鎖、地上交通遮断、25日は国内団体旅行中止、27日には海外旅行中止命令を出している。上海と香港のディズニーランドや故宮などの閉鎖が、矢継ぎ早に動き始めた。アメリカ、フランス、ベトナム、ネパール、台湾、香港、日本などでの感染が次々に報道された。ロシアは中国ツアーを中止させ、香港は武漢からの入境禁止を発令した。台湾は武漢への往来を中止させ、フィリピンは武漢からの団体客の送還を決めた。24日に日本は武漢への渡航中止勧告を出したが、中国からの入国者には「健康カード」ですませている。28日には入院費が公費負担となり強制力のある「指定感染症」「検疫感染症」に指定された。
対応は何故難しい
旅行者としてばかりでなく仕事柄、特にこうした感染者の広がる新型感染症にはさまざまな想いが頭を巡る。中国人旅行者は解熱剤を使用してまで日本などに入国している。自己都合の旅行中止はキャンセル料が発生するため、極力行こうとする。航空券、旅行代金がキャンセル料なしで解約できるかどうかが、旅行を断念する鍵になっていると思う。
感染は旅行者だけの問題ではない。感染者が出た宿泊施設は消毒が済むまで、部屋は使えない。宿泊者を別の宿泊施設に移動させるには補償を付け、チェックイン者を断り、チェックアウトした宿泊者を追跡しなければならないこともある。「日本は安全だから、中国に帰りたくない」と観光客が言うように、宿泊施設の許認可、食品・食肉、公衆浴場、国内の感染症対策等は保健所の管轄下にある。あまりにも当たり前で気づかないが、清潔で衛生的な日常生活を支える日本の公衆衛生に、海外に出ると気づくことが多い。
中国から世界中に飛び出した人々が、各国の医療機関に中国語だけで押し寄せたら、どうなるのだろうか。医療通訳のいない場所での受診は平時の何倍も難しくなる。「医療費がかかる」、「予定通り帰国できない」となれば宿泊施設に篭もって、受診しない人もいるのではないかと推測する。新型肺炎の沈静化を願うばかりである。
山口大学大学院医学研究科社会医学系専攻博士課程修了。大分大学医学部看護学科准教授、札幌医科大学保健医療学部看護学科教授等を経て、2012年7月川崎医療福祉大学医療福祉学部保健看護学科教授。13年4月同学科長。19年4月から同大学特任教授、保健看護学部学部長。