盲導犬の子犬を育ててみた

海岸沿いでトレーニングセッション。ハドソンは向かって左から2番目

海岸沿いでトレーニングセッション。ハドソンは向かって左から2番目

パピーウォーカーという仕事

街で盲導犬を見かけたことがある人は、どのくらいいるだろうか。それほど頻繁には出会わないが、一度くらいは見たという人が大半かもしれない。飼い主の足元に寄り添い、周りを慎重に観察する様子は印象的だ。現代でもまだ珍しく、見かけたら必ず注意を引く存在だが、彼らがどこで育ってどのように訓練を受けているか、それを知る機会はほとんどない。わざわざ掘り下げて関心を持つ人も多くはないだろう。私もずっとその中の一人で、自分には関係ない世界だと思っていた。だが、あるボランティアの仕事を通して、彼らのことをもう少し知ることができた。今回はその話を共有してみたいと思う。

私が携わったのは、「パピーウォーカー」や「パピーケアラー」と呼ばれるボランティアで、英語で書くと「Puppy Walker」「Puppy Carer」となる。文字通り、子犬の世話をする仕事だ。その子犬はどこから来るのかというと、一般のブリーダーからではなく、盲導犬や介助犬の育成を行っている施設からだ。ラブラドールレトリバーやゴールデンレトリバーが多いが、最近は両者の長所をもっと発現させるため、この2種類間のミックス犬が主流になりつつある。

子犬たちは生まれてすぐ訓練を始めるわけではなく、生後2か月までは普通の子犬と同じように、母犬と一緒に過ごす。その後は一般家庭に行き、1歳になるまで普通の犬として暮らす。訓練はまだしない。一見、時間の無駄と思われるかもしれないが、この一般家庭での生活は、人の愛情を知り信頼関係を築くため、犬にとって非常に重要な経験だと言われている。その犬を受け入れている家庭というのが、パピーウォーカーだ。犬が1歳になるまでの10か月間、寝食を共にし、基本的な躾をし、何より愛情を注いでかわいがる。子犬はその後、盲導犬施設に移動し、そこから本格的な厳しい訓練が始まる。盲導犬の一生で、パピーウォーカーと過ごす期間は犬として最も幸せな時だと言われている。

盲導犬育成にとって無くてはならないパピーウォーカーだが、実はその成り手は不足している。その一番の理由は、犬を返却しないといけないということだろう。かわいがって育てた子犬は、1歳になると訓練のため施設へ連れ戻される。その後はほとんどの場合、二度と会うことはない。考えただけで胸が痛い。またパピーウォーカ―をしている間は、スタッフが定期的に様子を見に来られるよう、施設から車で1時間以内のところに住んでいなければならない。その施設がある場所は限られていて、例えば日本国内では、盲導犬協会に加盟しているところは10か所以下だ。地理的理由から、パピーウォーカーを断念する人も少なくない。

応募するきっかけ

私は、パピーウォーカーのことはかなり前にチラッと聞いたことがある程度だったが、数年前、自分の子供に犬をせがまれたときフッと思い出した。うちの家族には事情があって、ペットを飼うのは難しい。子供もそれは分かっているのだが、クラスメイトがかわいい犬を飼っていたら、自分も親に文句を言いたくなる気持ちは分かる。実は大人の都合で我慢させているのも肩身が狭い。

その都合とは、動物の検疫だ。私たちは3年ごとに違う国に引っ越す生活をしている。もしペットがいれば、入国の際には検疫を受けさせなければならない。短くて数週間、長いと半年くらい、ペットは検疫所に留められる。もちろんそれを通過すれば一緒に暮らせるのだが、3年ごとにそれをやるのはペットにとって負担が大きいし、飛行機での輸送費もとても高くつく(人間の運賃より高い!)。住む場所がころころ変わるのも、最適な環境ではないだろう。結局ペットは諦めてきたのだが、子供にしてみれば、引っ越しの度に友達が一人もいない状態になる。新しい学校になじむのもかなり疲れることだ、犬か猫でもいたら寂しさもまぎれそうだが、それも叶わないのはちょっと可哀想かもしれない。何とかしてやりたかったのだが、いい解決法も見つからなかった。

パピーウォーカ―のことを思い出したときは、興奮した。10か月で犬が返せるなら、検疫のことは心配しなくていい。それにこの制度なら施設のサポートもあるし、困った時には相談することもできる。私に犬の経験はほとんどなく、祖父母の家で飼っていた雑種犬をたまに散歩に連れて行ったくらいだ。でも子供が喜ぶ顔を想像すると、頑張ってみてもいいかなと思った。ただその時に住んでいたのは東南アジアのラオスで、残念ながらそこには盲導犬の施設はなかった。だがしばらくして次の引っ越し先が決まり、なんと近くに施設があることが分かった。オーストラリアのメルボルンだった。

子犬との出会い

うちに来てすぐの頃。すっかりくつろいでいる

うちに来てすぐの頃。すっかりくつろいでいる

2018年の夏、私たち家族は予定通りメルボルンにやってきた。引っ越しの片づけも一段落し、いつでも盲導犬の施設に連絡を取れるという状態になった。だが、この期に及んでためらいが出てきた。本来、パピーウォーカーは目が不自由な人のためのボランティアだが、よく考えると私自身はそれほど犬が好きでもないし、ボランティア精神というのもない気がする。人に貢献するというより、子供にちょっとペットを与えてやろうという感覚のほうが近い。それはあまりにも身勝手だし、そんな中途半端な心構えで始めて、もし途中で挫折したら施設にも迷惑をかけることになる。

だが子供は毎日のように催促してくる。とりあえず話だけでも聞いてみようと、思い切って電話してみた。何点か書類や証明書を提出するように言われ、これも出すだけ出してみたら、施設のスタッフが家を見に来た。まあ、来たからには案内しなければと、中に通した。全ての部屋が隅々まで見られた。以下はチェック項目の例だ。

  1. フローリングとカーペットの比率 (フローリングは犬が滑りやすい)
  2. ソファーの数(犬がソファーに乗ることは禁止なので、少ないほうがいい)
  3. 床につくカーテンの数(十中八九、犬がまとわりついて遊びたがるので、これも少ないほうがいい)
  4. 犬のケージを置く場所(騒がしくても静かすぎてもいけない)

    スタッフはこれらを分厚いファイルに書き込んでいく。その後、庭に出て

  5. 植物の種類(犬が口に入れても毒性のないものか)、
  6. 殺虫剤やネズミ捕りの有無(犬が間違って食べたり踏んだりしないように)
  7. 完全に塀やフェンスで囲まれているか(犬が道路に出る隙間がないかどうか)

などを調べている。熱心なスタッフには悪いのだが、その時の私は、周りで起こっていることが自分の脇を素通りしている感覚だった。施設に電話をしてからまだ1週間で、気持ちが全くついて行かない。何と受け答えしたかも覚えておらず、ボーっとしているうちに訪問は終わってしまった。その後しばらく施設から音沙汰はなかった。全てが夢だったんじゃないか、自分は情けない対応だったし、飼い主失格になったのかな、でも子供にはいい言い訳ができたかも、なんて思っていた頃、施設からの電話が鳴った。そして「来週犬を連れて行きます」と言われた。

慌てた。自分で応募したから当たり前なのだが、本当に犬が来るんだと怖くなった。初心者でも大丈夫だと言っていたが、やっぱり私には荷が重すぎる。夫も犬を飼ったことがないし、家族で犬のことが分かるのは誰もいない。責任もあるし今から断ろうか。いや、今さらドタキャンは迷惑だろう。子供も楽しみにしているし、と気持ちは堂々巡りのまま、時間だけは正確に過きた。

それは生後8週間のゴールデンレトリバーだった。犬の種類は事前に聞いていたが、ゴールデンレトリバーというと、私の限られた想像力では、ドッグフードの広告にあるような、豪華ではつらつとした犬しか思い浮かばなかった。頭の中で、その犬は美しい毛並みを風になびかせ、草原を駆け抜け、夢見がちな瞳をこちらに向けてほほ笑みかけている。だが目の前に現れた子犬は、全く違う生き物だった。バスケットボールくらいの大きさしかなく、これがあの大型犬になるとは信じがたい。ぼってりした体につやのない毛がモワモワと生え、静電気でも起こしているのか、全部毛が立っている。まるで黄色いスチールウールのようだ。目はゴマ粒のように小さくショボショボしていて、ちゃんと開いているのか心配になる。居間で私がスタッフから説明を受けている間、辺りのにおいをクンクン嗅いでいる。するといきなり絨毯におしっこをした。それはトルコで大枚叩いて買った品なのに、、、、。スタッフは、「そのうちトイレも覚えますので、怒らず気長にお願いしますね。」と慣れた手つきで始末して、説明を続ける。「そのうちって、いつ!?」と心の中で叫びながらもスタッフの言葉に集中する。結局情報量が多すぎて消化しきれないままスタッフは帰ってしまい、私は子犬と2人きりになってしまった。

パピーウォーカ―には、首輪、リード、ケージ、おもちゃ、餌、虫下しの薬など、犬の世話に必要なものはすべて無料で支給されるのだが、見慣れないものが辺りに無造作に置かれているのを見ると、いよいよ犬との生活が始まるのかとプレッシャーがかかる。ちなみに予防注射やケガで動物病院に行くのも施設側が負担するので、こちら側の出費はほとんどない。何かにお金を使うとしたら、新しい玩具やおやつくらいだが、これは犬のためというより飼い主の楽しみといったところで、買わなくても全然困らない。まあ、私たちは犬かわいさのあまり、結局かなりのお金を使ってしまったのだが、、、、。

子犬に触ってみた。ゴワゴワのスチールウールに見えた毛はタンポポの綿毛のように柔らかく、思わず息をのんだ。そっと抱き上げてみると、腕に温もりが伝わってくる。子犬の頭から、遥か昔に嗅いだ懐かしい匂いがした。

名前の付け方と躾のこと

生後4ヶ月。尻尾はまだペチャンコ

生後4ヶ月。尻尾はまだペチャンコ

子犬はハドソン(Hudson)という名前だった。施設では犬の育成だけではなく繁殖も行っているが、名付け方には独特の方法があり、パピーウォーカーが勝手に好きな名前を付けることはできない。一度の出産で生まれる子犬は8匹前後だが、全て母犬と同じアルファベットの頭文字が付けられる。例えばハドソンの母犬は「Honey」で、兄弟は「Hebe」や「Henry」と、すべて「H」から始まる名前になっている。これは、血統を分かりやすくするためだ。盲導犬としての素質は遺伝的要素が大きく、兄弟間でもその傾向があるので、親と兄弟は同じアルファベットにして、素質が高い血統とそうでないものを区別しているのだ。あとは近親交配を避ける目的もある。ちなみにハドソンとその兄弟は、カナダの盲導犬施設から輸入された精子をメルボルンの繁殖犬と交配させて生まれたそうだ。

さて、犬が来てしまったからには育てなければいけない。施設からは分厚い手引書を渡されていた。初心者にこんなにいっぱいやらせるのか?と信じられない気分だったが、犬に罪はない。それにハドソンには私しかいないのだ。ただでさえパピーウォーカーは不足しているのに、私が諦めて施設に返したりしたら、この子犬の運命はどうなる?もはや私にボランティア精神があるかどうかは問題ではない。大切なのは責任を全うすることだ。私は腹を括った。

だが生後8週目の幼い子犬など見たこともなかったので、最初のころは犬がちょっと鳴く度にオロオロした。トイレか?どこか痛いのか?のどが渇いてるのか?と心配ばかりして、かわいいと思う余裕もなかった。一日何事もなく終わればホッとし、次の日また必死に世話をする日々が続いた。1か月ほどは大変すぎてその時の記憶が吹き飛んでいるのだが、気が付いたら、庭先でハドソンを遊ばせ、コーヒー片手にメールを何件か処理できる日も増えていた。

週に1度は施設のスタッフが様子を見に来てくれた。プロのアドバイスをもらえるのはもちろんありがたかったが、誰かがいつも気にしてくれているという安心感は代えがたかった。緊急時の連絡先や、パピーウォーカー同士のオンライングループ、予防注射のお知らせメッセージなども整っていて、制度の充実度には感心した。

躾については、将来は目が不自由な人が飼い主になることを想定して、対応しやすいように細かいルールが定められている。特に細かいのが排泄に関することだ。まず室内での排泄は全面禁止で、庭先の決められた場所だけでする。それも飼い主が「Do your jobs」という号令を発するまでは、勝手にしてはいけない。排泄は号令があるときしかできないのだ。散歩に行くときはその前に排泄を済ませ、散歩中の排泄は禁止だ。将来は公共の場に行くことが多いので、出先でハプニングが起こってしまわないよう、外出時は排泄をしないように躾けるらしい。生後2か月のハドソンは、もちろん最初は失敗ばかりだった。飼い主が怒るのはダメだということで、じゃあどうやって躾けるのかと思ったら、排泄が終わるまで散歩に出かけない、散歩中に排泄したらただちに散歩を中止して家に引き返す、というやり方を教えてもらった。犬にとって散歩はご褒美であり、それが奪われるのは嫌だから排泄も覚える、ということだった。そんな間接的なやり方で言うことを聞くのかと疑っていたが、ハドソンは号令をすぐ覚え、3か月ほどで散歩中の粗相もほとんどなくなった。犬とは思ったより賢いのかもしれない。いや私が犬のことを知らないだけか。その他、家具を噛んだり室内で走り回ったりしても基本的に怒らず、いいことをしたときだけ大げさに褒めるというスタンスがいいらしい。褒められるのが大好きな犬は、そのうち積極的にこちらの望み通りの行動をとるようになるという。祖父母のところにいた犬はよく怒られていたが、こんなやり方を知っていたら、みんなもう少し優しくできたかもしれない。

外を歩く時には盲導犬用のベストを着用する。皆さんも街で見かけたことがある、胴体に着けているあれだ。本格的な訓練に入ると金属のハーネスと一体化しているものを使うが、子犬のうちは簡易ベストと普通のリードだ。そして犬は飼い主の左側を歩き、飼い主は左手でリードを持つ。これは、大多数の人の利き手である右手を使えるように空けておくためだ。子犬のころはリードを引っ張ったり急に走り出したりしがちだが、口輪や特殊な胸当てなども使って、飼い主に歩調を合わせられるよう訓練していく。通行人に気を取られたり、道に落ちているゴミや紙切れに興味を向けたりしないよう、歩くことに集中する練習をする。他の犬を見かけても寄って行ってはだめなのだが、これはハドソンにとって難しかったらしい。施設側は、子犬の社交性を養うために、公園やドッグランに連れて行って他の犬と交流させることを推奨しているのだが、歩行練習をしている時は他の犬に興味を持たせてはいけないと言う。これは両極端なタスクであり、職務中は他の犬を無視して、フリーの時間は一緒に遊ぶという器用なことができる犬がどれだけいるかは疑問だった。ハドソンも、歩行中に目に入る物はだんだん無視できるようになったが、ドッグランを満喫しすぎたのだろうか、他の犬に挨拶したい気持ちだけはなかなか抑えられなかった。

餌にも厳格なルールがある。食事は一種類のドライフードと水だけで、現役中は毎日それだけを食べる。缶詰の肉や、半生のドッグフードは与えない。これも目が不自由な飼い主を想定して、最も扱いやすい餌にしているのだ。またトレーニングのご褒美として市販のおやつは何種類か許されているが、人間の食べ物は絶対に与えてはいけない。人間が食べるものを食べ物と認識してしまったら、飼い主が食事中の時に騒いだり、レストランや道で拾い食いにつながったりする恐れがある。ハドソンもずっと同じドッグフードしか食べられないのかと思うと不憫だったが、普通のペットではないので、甘やかすわけにもいかない。でもきちんとルールに従ったおかげで、食事に関して問題を起こすことは一切なかった。

ハドソンと街を歩く

メルボルンの盲導犬施設は、パピーウォーカーと犬のためのトレーニングセッションを週に一度開催している。犬と一緒に街を歩き、いろんな場所に慣らすのが目的だ。各セッションにはスタッフが2人、ボランティアは7‐8人が参加する。海辺や商店街など毎回違う場所に集合し、歩きながら犬の操作のアドバイスをもらったり、他のパピーウォーカーと情報交換したりして、2時間ほどで終わる。強制参加ではないのだが割と楽しいので、私とハドソンもよく参加していた。セッションにはスタッフも犬を連れてくる。合計10匹ほどの犬が盲導犬のベストを着て縦一列に並んで歩くことになるのだが、その光景はちょっと奇異で珍しく、いつも道行く人の注目の的になっていた。あくまでも犬が主役なのだが、スマートフォンの撮影音が聞こえるたびにこちらも意識してしまい、動作がぎこちなくなっていたのが可笑しく思い出される。

盲導犬は、電車やバスに乗るのにも慣れていなければならない。私も機会があればハドソンと一緒に乗っていた。まだ正式な盲導犬でなくても、ベストを着ていれば公共の交通機関を利用することは許されている。そんな犬を見かけるのはオーストラリアでも珍しいので、「何歳?」「名前は何?」と、話しかけてくる人も多い。人間同士が話すのは全然かまわないのだが、犬を撫でたり抱きかかえようとしたりする人もいて、それは遠慮してもらっていた。盲導犬もベストを着ていないときは非番なので他人が触ってもいいのだが、着用している時は職務中で、穏やかな見かけに比べて心の中では神経を張りつめている。だから触ったりして集中力を削いではいけないのだ。ハドソンはまだ子犬だったので「職務遂行」しているわけでもなかったが、将来の任務のため、ベスト着用時は、飼い主以外の人とコンタクトを取らない練習をしていた。だが近づいてくる人の中には、並々ならぬ親切心で助けてくれようとする人もいる。

それは日差しのきつい日に、サングラスをかけてハドソンと一緒に電車に乗った時のことだ。いきなり誰かに腕をつかまれ、「ここに座りなさい」と座席に引っ張られた。何事かと思ったが、その人はどうやら私の目が見えないと思ったらしく、空いている席に誘導してくれたのだった。親切にもハドソンのリードまで持とうとしてくれている。好意はありがたいのだが、目が見えても急に体の一部をつかまれるのは、かなりびっくりする。これで目が見えなかったら、私だったら驚きを通り越して怖いと思ってしまうだろう。パピーウォーカーをするまで気づかなかったが、目が不自由な人を助けるときは、いきなり触るのではなく、一度声をかけてから触るほうがいいと思う。また、困っていないときにわざわざ近づくのも、かえって相手を混乱させるかもしれない。私が腕をつかまれた時も、目は見えているので特に困った様子は見せていなかったと思うし、つかんだ人もいきなり来るのではなく、「もしかして次の駅で降りるから、座らずにドア付近にいるのかな」と少し様子を見てくれればよかったのかもしれない。実際の経験がないとなかなか難しいかもしれないが、皆さんもどこかで目の不自由な人や盲導犬を見かけたら、むやみに世話を焼こうとせず、まずは見守り、必要だと思う時だけ声をかけるのが一番いいのではないだろうか。

ハドソンと家族

ハドソンは、家族のメンバーと自分を勝手にランク付けしていたようだ。おそらく私がボス、次に自分、夫、長男、次男の順だ。私は責任感からハドソンにはけっこう厳しく接していたのだが、夫は優しい対応が多かった。盲導犬になる犬はとても賢いと言われているが、その分、甘やかすと簡単に自分の方が上だと思ってしまうのかもしれない。2人の子供は当時6歳と8歳で、ハドソンはすぐ、彼らを大人とは違う未発達な生き物だと見破った。子供の方は小さい犬と遊んでやっているつもりだったが、犬は自分が上だと思っているので、呼んでも来ない、面と向かって吠える、ズボンを引っ張って破く、興奮して甘噛みが強くなり誰かが血を流す等、躾ができていない行動すべてを取っていた。体が大きくなってくると、ジャンプして頭突きしたり、リードごと子供を引きずったり、ヒヤッとする場面もあった。夫が注意してもやめるどころか、遊びの続きだと思って突進してくる。30キロを超えた犬が向かってくるのはなかなか迫力がある、と呑気なことを言っている場合ではなく、遊ぶのはいつも真剣勝負だった。

子供と遊ぶのが大好き(生後8ヶ月)

子供と遊ぶのが大好き(生後8ヶ月)

一応ハドソンの名誉のためにいうと、私にはこのような態度は一切取らず、従順でおとなしい犬として足元にシレッと座っていることが多かった。子供へのいたずらも、私の姿が見えるときにはしない。だがこっそり陰から見ているときは、相変わらず暴君ぶりを発揮している。まったく要領がいい。犬が「賢い」と言うのは、必ずしも中身まで素朴だということではないのだ。ズルい犬でも賢い犬はいる。ハドソンが特別ひねくれているとは思わないが、素人だった私は、犬とはどんな飼い主でも無条件に尊敬するものだと思っていて、人によって態度を変えたり下に見たりするのに驚いてしまった。犬の躾とは、排泄や食事など基本的なことはもちろんだが、最終的には素直で礼儀正しい性格に近づけることなのかもしれない。何だか人間の子育てに似ている。巷では賢い犬の方が躾が大変だと言われているが、少し意味が分かった気がする。

表と裏が激しいハドソンだったが、それでも生後7か月頃になると落ち着いてきた。子犬は1年で人間の12歳くらいになるというが、いつの間にか精神年齢が上がって、子供よりお兄ちゃんになった感じだった。攻撃も手加減されてきたようでホッとした。子供はやっと友達になれるとばかりに、まわりで毎日ご機嫌をうかがっている。まるで子供のほうが犬の下僕みたいになってしまったが、施設のスタッフによれば、大人に従順であればこの調子で、ということだった。夫の言うことはまだそんなに聞かなかったので、中身が変わったとは全然思っていなかったが、外面だけでもおとなしくなれば一歩前進かもしれない。手探りの日々は続いていたが、初心者なりに家族で全力投球だった。

進路を決める

盲導犬は、目が不自由な人が全信頼を寄せられる存在でなければならない。どこにいても期待された行動ができる勘の良さと、柔軟性、そしてそれを実行する自信がいる。しかしそのような犬はあまりいない。向いていない犬を無理やり訓練しても、結局盲導犬になれないことが多いし、大きな時間とお金の無駄になる。そこで施設では、訓練の前に何度か適性テストを行い、素質がある犬を見極める。テストで子犬たちはどんどんふるいにかけられ、訓練まで行くのは半数以下とも言われている。見事テストを通過した犬は、それから約1年間訓練を受けるが、そこでも次々に落とされ、最終的に盲導犬になるのは、なんと生まれた子犬の2割弱だという。

一方、落ちた犬たちはそれで終わりではなく、介助犬やセラピー犬として別の道に進む。ただそれにも不適格な犬が一定数いて、その場合はペットとして一般家庭に売られていく。それほど数は多くないが、このペットになる犬は人気が高い。盲導犬になれそうだったほど優れた遺伝子を持ち、年齢も若く、基本的な躾や不妊手術も済んでいるからだ。メルボルンの施設では、そのような犬はウェブサイトで告知され、欲しい人はそれを見て応募する。施設側の審査に通れば、晴れて新しい飼い主になれる。

ハドソンは生後8か月になり、成犬と同程度の大きさになった。目はゴマ粒からアーモンドくらいの大きさになり、顔もホッソリし、体毛も長くなってきた。以前は胴長の柴犬みたいだったが、ようやく通りすがり人にもゴールデンレトリバーだと分かってもらえるようになった。そして、1回目の適性テストを受けることになった。

テスト時、犬は施設で2-3泊し、専門の訓練士によって、従順度、排泄、歩行能力など10項目ほどを審査される。私は実際のテストを見ることはできなかったが、スタッフがハドソンを家に連れて帰ってきたとき、結果を見せてもらった。成績は、素晴らしくはないが悪くもない、学校で言えば「B⁻」といったところだった。基本能力はまあまあだが、他の犬に対する好奇心が尋常ではないらしい。おそらく「A」じゃないと訓練には進めないことは、スタッフの説明で分かった。まだ若い月齢も考慮して、2か月後にセカンドチャンスが与えられることになった。そして2か月後の成績は、前回より悪い「C」だった。相変わらず他の犬へ気を取られ、訓練士からの指示もよく理解せず、自信が全くない様子だったそうだ。家に帰ってきたときは私を見るなりブンブンしっぽを振っていたが、テスト中そんなにオドオドしていたとは想像できなかった。1か月後に再テストになったが、これまでの2度のテストの結果を受けて、ハドソンは去勢されることになった。

それは繁殖犬にはなれないということだった。盲導犬育成においては、基本的にすべての犬は去勢/不妊手術を受ける。実際に盲導犬になるにしろ、介助犬やペットになるにしろ、人間と暮らすうえで必要な処置だからだ。だが非常に優れた素質があると判断された犬は、生殖機能を保ったまま、繁殖プログラムに回される。去勢や不妊手術をすれば、その犬は1匹以上増えないが、素晴らしい遺伝子を持った犬を繁殖に使えば、複数の素晴らしい犬が誕生する。その繁殖犬になる犬とは、盲導犬かそれ以上に優秀だと施設が判断した特別な犬なのだ。とにかくハドソンは繁殖犬としては見限られてしまった。だが盲導犬になれる可能性はゼロではない。そして3度目のテストを受けた。今回が最後だと言われた。これで落ちたらもう訓練には進めない。本当にラストチャンスだ。ハドソンの帰りを待っている間は、こちらも受験生を入試に送り出した親のようにヤキモキしていた。2-3日が何か月にも感じた。やっと出た結果は、残念なことに不合格だった。理由は前回と同じで、他の犬に寄って行く、訓練士の指示が通らない、自信欠如だ。

子犬の半数以上が訓練前に落とされることを思えば、ハドソンはむしろ多数派なのだが、一生懸命育てた私にはショックだった。家ではこんなに元気なのに、テストでは知らない人ばかりで緊張するのだろうか。だがテストの条件はどの犬でも同じだ。可能性を引き出せてやれなかったのは飼い主の私のせいだろうか。思い切って施設のスタッフに聞いてみたが、盲導犬としての素質はほぼ遺伝や生まれつきによるもので、飼い主の違いによってテスト結果が大きく異なることはないという。また、テストに落ちたからと言って、ハドソンが他の犬より劣っているわけではないとも言われた。賢くて活発で、普通の犬としては何の問題もなく、むしろいい犬の部類に入るが、単純に盲導犬には向いていないだけだ。合わない訓練をうけて悲惨な生活を送るより、テストに落ちて違う道に進んだ方が、本人も幸せなのかもしれない。結局ハドソンは介助犬などにも不向きで、ペットになることになった。その場合、愛情込めて育てたパピーウォーカー自身が買い取る場合もあるが(ボランティアには半額になるので実はお買い得なのだが)、私たちには前述の引っ越しの事情がある。ハドソンに情は移っていたが、連れていくにはどう考えても困難が多いので、やはり手放すことにした。

終わりと別れ

たまたま近所の知り合いが大型犬を飼いたがっていたので、一連のことを知らせた。知り合いはさっそく施設に連絡を取り、なんとめでたく飼い主に決まった。ハドソンが近くに住むことになったのは嬉しいおまけだが、いい人にもらわれていくのが本当によかった。引き渡しの手続きが終わるまで、もうしばらくハドソンと暮らせた。子供の気持ちが心配だったが、驚くほど静かに受け入れていた。だが内心はとても寂しいのだろうと思うと、こちらも胸が詰まった。

ハドソンを渡す日は、わざと子供の学校がある平日にした。子供が自分で渡しに行ったら必ず後ろ髪を引かれる。犬を置き去りにしたような罪悪感も生まれる。それなら、学校から帰ってきたらもう犬はいなかった、犬が自分から去った、という状況の方が心の負担も軽くなる気がした。子供には、先方がその時間しか都合がつかないと嘘をついた。いつもなら文句を言いそうなところ、素直に聞いていた、そして当日の朝は、ハドソンに静かにお別れを言い、そのまま静かに学校へ行った。私の判断が正しかったかは今でも分からない。ちゃんと新しい飼い主のところに行くのを見届けるほうが心の切り替えも早くなる、という意見もあるかもしれない。皆さんならどうするだろう。ただ、子供は泣いたり喚いたり一切しなかった。自分の中で消化するしかないと、小さいなりに考えていたのかもしれない

知り合いの家は近所なので、歩いて行くことにした。秋晴れのいい天気だった。ハドソンは落ち葉に目がいきそうになるのを必死にこらえている。もう盲導犬じゃないから遠慮なく見てもいいのだが、まあそのうち散歩ものびのびやりだすだろう。知り合いの家に着くと、そこには先住犬がいて、ハドソンはさっそくその犬と遊び始めた。こっちを振り返らないうちにそっと退散した。感動の涙あふれるフィナーレなどなく、あっけない幕引きだった。

生後10ヶ月。体重は30キロを超えた

生後10ヶ月。体重は30キロを超えた

帰り道、リードを持っていない自分の手がとても軽かった。いつも一緒だったんだなと思った。でもこれから自由時間が増えてラッキー、とも思った。別れてすぐそんなことを考える自分に呆れてしまったが、おおむねさっぱりした気分だった。もう一度パピーウォーカ―をやりたいかと聞かれたら、どう答えるだろうか。別れはさすがに辛かったので、すぐにまたやるかは分からない。でも一つだけ分かるのは、本気で犬の世話をして、その犬が今も元気に暮らしていると想像するのはとても幸せだということだ。私のしたことは意味があっただろうか。何かの役に立っただろうか。まあそんなことは後で考えよう。だって今は、こんなにきれいな空を見上げているんだから。

追記1: 知り合いの計らいで、引き渡してから2度ほどハドソンの顔を見に行った。禁止されていたソファーに飛び乗ったり、アイスクリームを食べたり、普通の犬になってとても楽しそうだった。

追記2: 2020年7月、再度パピーウォーカーを始めた。今回は黒ラブラドールだ。ハドソンと全く違うところもあれば一緒のところもあり、小さな発見を日々楽しんでいる。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です