「日本って魅力的な国」

ラトローブ大学の学生たちと 前列右から2番目が私

ラトローブ大学の学生たちと 前列右から2番目が私

これまでマカオ大学で1年、オーストラリアのラトローブ大学で半年、日本の創価大学で3年、日本語を教えてきた。そして2019年の4月にアメリカに引っ越し、8月からジョージワシントン大学の日本語教育に携わっている。

私をこの世界に導いたきっかけは、ある日本語学習者が言った「日本はとても魅力的です」の一言だった。その時高校生だった私は、自分が生まれ育った国が他の国の人を魅了しているなんて微塵も思っていなかった。協調性を重んじる教育、周りの人に配慮するのが美徳とされる社会、外国人を珍しがる風潮…当時の私はそんな日本のマイナスなところばかりに目を向けていた。そんな私の考え方が180度変えられた瞬間であった。さらに、彼は仕事が終わってから毎日3〜4時間、日本語の学習に費やしている、漢字は難しいが日本人の小学生が使うドリルで楽しく勉強しているとキラキラした目で話してくれた。自分が普段何気なく使っている日本語の表現が学習者にとってどれほど理解に時間がかかるものなのか、漢字一つ覚えるのにどれだけ苦労しているか、その時まで一度も考えたことがなかった。そしてさらに自分の未熟さに愕然としたのは、自分の母語である日本語についての質問に全く答えられなかったのである。「トロトロ歩くとノロノロ歩くは何が違いますか?」手も足も出なかった。次に会う時までに調べると言ったのだが、結局先輩の学習者に教えてもらうからいいとのことだった。

自分の国の文化や言語についてある程度の知識はあると思っていたが、とんでもなかった。その時の私は答えられなくて悔しい気持ちもあっただろうが、何よりもそこまで日本や日本語に熱心になってくれる外国の方がいることに感動していた。アニメや漫画、ドラマや映画、小説、古き良き日本文化、ファッションなど、日本や日本語に興味を持ったきっかけは千差万別であっただろうが、皆が口を揃えて言うのは「日本は魅力的な国だ」ということだった。

日本語学習の壁

そんな魅力的な国の言語である日本語だが、多くの学習者が初級段階で諦めてしまう。どうしてか、その理由を今まで出会った初級学習者に聞いてみたことがある。まず、多く挙げられたのは動詞の活用、修飾、助詞の使い分けなどの文法的な問題である。名詞を名詞で修飾するときは「の」を使って繋ぐが、「広いです」などのイ形容詞は「ます」をとって繋げ、ナ形容詞の場合には「有名な作品」、「綺麗な景色」など「な」に変える。それだけならまだハードルは高くないが、動詞の修飾になると今まで習っていた「食べます」「飲みます」などの「マス形」を「食べる」「飲んだ」などの普通形にして接続しなればならない。動詞を普通形にするといっても日本語の動詞は3つのグループに分けられ、(私たちが国語の授業で習った「上一段動詞」と「下一段動詞」は日本語教育では同じグループにする。それに、五段動詞と不規則動詞で3つのグループになる)それぞれで活用が異なるため、まずどのグループの動詞かを識別してからルールに沿って活用させていかなければならないというも面倒な作業である。助詞も「は」と「が」の使い分けを始め、意味はわかるけどニュアンスが全く異なってしまうというものが多く、単純ではない。使いこなせるようになるには時間が必要なのだろうが、その前に挫折する学習者が大半である。

また、発音も意外に難しいという。日本語の促音(「きって」「いっち」などの小さい「っ」)や長音(「おとうさん」「そうじ」「チーズ」などの音節の母音を長くのばして発音するもの)などは特に習得が難しい。どうしてもこのような「特殊拍」を一つの拍として捉えることができず、「切手」を「来て」、「チーズ」を「地図」と発音してしまう。これはリスニングやライティングにも影響するため、しっかりとした指導が必要である。拍の数だけ手を叩きその感覚を身につけさせたり、特殊拍のあるものとないものを聞かせて違いを認識させるなどの練習方法があるが、特に「スケジュール」や「マット」などの特殊拍が入った外来語は英語の発音とかけ離れているため、容易にはいかないのが現状である。

上記に挙げたものの他にも覚えなければならない語彙が多すぎるという声も多く聞く。各語の90%以上を理解しようとする場合、英語なら約3000語、ドイツ語なら約5000語、日本語なら約10000語が必要というのは有名な話である。また、相手に配慮するという日本人らしい表現が身に付きづらいというのも中上級の学習者によくあるものである。はっきりと自分の意見は言わず濁すことで相手に何が言いたいかを推測してもらい、関係を良好に保つというのが日本式のコミュニケーションだが、学習者の場合はどうしても直接的な表現を用いがちである。このように日本語の難しさを挙げればキリがないのだが、何が言いたいのかというとこんなに難しい言語を熱心に勉強してくれる学習者がどれだけ尊いか。遊ぶ時間を削ってまで日本語学習に一生懸命になってくれていることを思うと本当に頭が上がらない。

創価大学の学生たちと 真ん中で学生たちからのケーキを持っているのが私

創価大学の学生たちと 真ん中で学生たちからのケーキを持っているのが私

日本語教師になって得た財産

実は私は昔からマイナス思考で、日本語を教えるようになってからもなかなか自分に自信が持てず、自分の授業にも満足できず、オフィスで涙を流すことも少なくなかった。創価大学でクラス担任として日本語を教えている時、「もっと宿題を出してください。一年で絶対にN2を取りたいんです」と言ってきた学生がいた。私だったらなるべく宿題は少ない方がいいと思うが(笑)彼は自国にいる時に「日本語習得は無理だ、特に一年でN2は無謀」と言われたという。彼には学習障害があったのだが、「そんな僕でも一年でN2が取れたら、多くの人に希望を与えられるから」と真剣にその思いを伝えてくれた。私はその姿勢に胸をうたれ、自分にできる最大限のことをしようと毎朝8時に出勤。担当の授業が終わったら自分のクラスに戻り、夜9時まで学生が持ってくる質問に答えたり、クイズを出したりして日本語漬けの毎日を学生と一緒に過ごすようになった。学生からの要望にできるだけ答え、自分の授業を毎回修正してより分かりやすい授業を心がけた。学生の成長だけを考え試行錯誤をした結果、クラスの全員が夜まで一緒に勉強をするのが習慣となった。そして修了時には彼を含め、クラスの8割の学生がN2に合格するという結果となった。彼は自国の人やクラスメイトなど多くの人に希望を与え、同じクラスの他の学生も今や日本で日本人の学生と同じ授業を受け、同じテストを受けるレベルにある。

人生で一番睡眠時間が少ない一年だったと思うが、人生で一番充実した一年でもあった。自分に全く自信がなく、何でも中途半端で諦めていた私であったが、学生の日々の成長を一番近くで見てきたことで、自分の存在価値を認めることができ、強い想いは必ず相手に通じるということを証明してもらった。まだまだ知識も経験も足りないが、自分にできること+αを目指してアメリカにいる多くの学習者のサポートをしていきたいと思っている。

 

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