わたし、日本語、そして、全米ジャパンボウル大会®

2018年の全米ジャパンボウル大会®にて Photograph by Mihoko Owada

2018年の全米ジャパンボウル大会®にて Photograph by Mihoko Owada

偶然が次の、そして、また次の偶然を呼んで入った日本語教育の世界。「あそこに多い人がいます」「ウィークエンドはいいでした」「日本に行くことがほしいです」「母が私に手伝ってあげました」「先生、あなたはコーヒーを飲みたいですか」――などなど。これらはいずれも、私のように日本で生まれ育った日本語話者はほぼ使わない表現だ。日本語学習者が自分の意図を伝えようと、覚えた語彙と文法を駆使して発する表現に、はたと日本語の成り立ちやその背景を考えさせられることは少なくない。言語というものの深さにしばしば驚嘆させられる。また、至極当たり前に行われている母語話者間の言語活動それ自体が不可思議にさえ感じられる。

アメリカにおける日本語教育の現状

日本の外務省所管の独立行政法人である国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、海外における日本語教育の状況を把握するために定期的に「海外日本語教育機関調査」を実施している。直近の2018年度の調査[i]によると、アメリカは、日本語教育機関数1,445、教師数4,018人、学習者数166,565人で、多少の増減はあるものの、いずれも2015年度の調査結果とほとんど変わっていない。2018年度の調査結果の速報には含まれていないが、機関別(初等・中等・高等・その他)学習者数の割合もそれぞれ前回の11%、43%、40%、6%と同程度であろうことが予測される。アメリカの中等教育機関の日本語教育プログラムは1990年代から徐々に増加し、2006年にカレッジボード[ii]が行っているAdvanced Placement (AP)プログラム[iii]の一科目として日本語が導入されてからは、中等教育の日本語教育レベルが向上し、日本語教育の内容や指導方法において中等教育と高等教育の間の連携・接続も改善された。

日本語を学ぶ高校生たちの晴れ舞台

中等教育機関の日本語学習者の多くを占めるのが高校で学ぶ生徒たちだ。全米桜祭り(National Cherry Blossom Festival)開催中に、ワシントンDC日米協会の主催で1992年から行われている全米ジャパンボウル大会®には、毎年200人以上の高校生がグアムを含むアメリカ各地から、DC近郊のNational 4-H Conference Centerに集い、日本語力および日本に関する知識を競い合う。各高校を代表する3人の生徒がONE TEAM(ワンチーム)となり、2日間どっぷり“日本漬け”となるこのクイズ大会は、アメリカで日本語を学ぶ高校生にとってまさに「スーパー・ボウル」だ。

2019年大会の表彰式にて Photograph by Michelle Egan

2019年大会の表彰式にて Photograph by Michelle Egan

2019年大会Championship Round Photograph by Michelle Egan

2019年大会Championship Round Photograph by Michelle Egan

2019年大会Preliminary Round Photograph by Mihoko Owada

2019年大会Preliminary Round Photograph by Mihoko Owada

私は数年前から全米ジャパンボウル大会®に、日本語部門の問題作成者として関わっている。大会出場者は、大会の公式ウェブサイトに掲載されているリソースを使って準備してくるわけで、問題もできるだけそれに沿って作るように心掛ける。日本語学習歴をもとに3つのレベルに分けられた高校生たちが、少し頑張れば答えられる程度の難度の問題でなければならない。日本語部門では、文法、漢字、聴解、言語使用能力に焦点を当てた問題を作成するのだが、クイズ大会であるからには、エンタメ性が大事な要素になる。ここで言うエンタメ性とは、その場限りの笑いではなく、充実感、達成感から誘引される楽しいという感情に通じるものだ。このエンタメ性にこそ、ジャパンボウルを成立させる3つの喜びが潜んでいるとも言えよう。すなわち、正解する喜び、絶妙なチームワークで極めて短い制限時間内に問題に答える喜び、そして、日本語・日本に関する知識や理解を深める喜びだ。また、学習者に知識を与えるだけでは不十分で、実際に使える能力の養成を理想とする、近年の外国語教育論の動向を反映し、ジャパンボウルの日本語部門の問題作成に当たっても、日本語が使われる場面を意識した問題の文脈化が進んでいる。

ワシントン・ポスト紙記者のDavid Nakamura氏が2003年に書いた 「For Japan Bowl Competitors, It’s All in the Translation」という見出しの記事[iv]には下記のくだりがあるが、今は昔の感がしっかり漂っている。

Most questions involved translation (“How do you say, ‘The subway station is in front of the department store’?”) and reading kanji, hiragana and katakana, the Japanese characters used in writing.

ここで例に挙げられている地下鉄の問題を文脈化するとどうなるだろうか。例えば、You want to know whether there is a Starbucks near the subway station and decided to ask a station staffer about it. What is the most appropriate expression to use to catch the staffer’s attention? という質問に対して、下記4つの選択肢から最も適当なものを選ぶというのが考えられる。

  1. ねえ、すみません
  2. えっと、すみません
  3. あのう、すみません
  4. それから、すみません

上級レベルの場合、質問自体が日本語で聞かれることもあり得る。

全米ジャパンボウル大会®の根幹をなす問題作成を通して、アメリカで日本語を学ぶ高校生たちが日本語学習のレリバンス、すなわち、日本語、そして日本について学んだことが自分にとって意味があって役に立つと学習者自身が感じられるよう、少しでも貢献できればと思っている。これが、現在進行中の「わたしと日本語」の関係である。

2019年大会での和菓子ワークショップ Photograph by Gregg Adams

2019年大会での和菓子ワークショップ Photograph by Gregg Adams

注)

[i] 結果速報

[ii] The College Board。アメリカの高等教育の普及を目的として1899年に設立された非営利団体。

[iii] 大学進学を希望する高校生を対象に20世紀半ばからカレッジボードが策定し運営している教育プログラムで、通常、年間コースを終了した受講者は、学年度末に全米で一斉に実施される統一試験を受ける。現在、科目数は38。

[iv] Nakamura, D. (2003, March 30). For Japan Bowl competitors, it’s all in the translation. The Washington Post.

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