芸術家としてのバレエダンサー、マルセロ・ゴメス

『白鳥の湖』で主役ザ・スワン/ストレンジャーを演じたマルセロ・ゴメス(本人のFBページより)

『白鳥の湖』で主役ザ・スワン/ストレンジャーを演じたマルセロ・ゴメス(本人のFBページより)

芸術家とは何か?

このエッセーのテーマは「私の出会った芸術家」なのだが、依頼されてよく考えもせず安請け合いしてしまった後、落ち着いて考えてみて、はたと気づいた。

「芸術家」って、実はよくわからない概念だ。そもそも芸術家とはどういう人なのかわからないのなら、「出会って」いるのかどうかもわからないわけだ。ここでさっそく手元にある『広辞苑』(第4版)を紐解くと、芸術家とは「芸術の創作活動を行う人」とある。しかしその肝心の「芸術」がわからないのだから、と今度は「芸術」の意味を調べると英語のartを原語とする芸術とは、「一定の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現」だそうで、すなわち芸術家とはそのような創作・表現に携わる人なのだ。

バレエダンサーは芸術家なのか?

なぜ「芸術家」の定義にこだわるのかというと、これから大好きなクラシックバレエの話をしたいからだ。バレエが音楽、振り付け、衣装、舞台装置などがそろった総合芸術であるということに異議はないだろう。ただそれに関わっている人々すべてが芸術家 なのだろうか。

バレエ音楽の作曲家および振付師 は、「一定の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現」に携わる人、という「芸術家」の定義にあてはまる。舞台美術もしかり、だろう。舞台美術家で有名なのは、シャガールやピカソなどの巨匠 だが、最近の例としては 2年前アメリカンバレエシアターで初演された『AfterEffect 』(マルセロ・ゴメス振り付け)の背景画を描いた、現代美術家としてまたピカソのミューズとして知られるフランソワーズ・ジローが挙げられる。

ただし、バレエになくてはならないダンサーは芸術家 なのか、というと答えは微妙だ。ダンサーたちのインタビューやブログなどを見るに、彼(女)らが、自らをアーチストと呼ぶ例が多く見受けられる。それがなぜなのかは測りかねるが、おそらく彼らにとってはエンターテイメント的な含みのあるダンサーという言葉で呼ばれるよりも、アーチストのほうがより高尚なイメージがあり、好ましい からなのかもしれない。しかしダンサーは本当に、芸術家 なのだろうか。

バレエダンサーの多くは、幼い時から厳しい訓練を受け、(特に女性の場合)激しい競争に打ち勝ってプロになるわけであるが、その訓練の第一の目的は、振付師(あるいはダンス教師、芸術監督など)の指示ないしイメージ通りに身体を正確に動かすことであり、作曲家や画家のように白紙から何かをつくりあげることではない。(余談であるが、あるバレエ団を最近退団したバレエダンサーの友人に、「貴女はバレエをやめて何をやりたいのか」と問いかけたところ、「私は指示さえあれば、何だってできる」と答えにならない答えをくれた。この「答え」は、バレエダンサーがいかに誰かの指示に忠実に従うこと目標とし、そしてそれができることを誇り としているかということを如実に示唆していて興味深い。)この意味で、おしなべてダンサー達を芸術家であると呼ぶのはためらわれる。ことわっておくが、ダンサーを芸術家とくくることに躊躇することは、彼(女)らの 血の滲むような努力を軽んじることを意味しない。ダンサーがプロとして舞台に立つためには、それこそ全身全霊をささげる必要があると言っても過言ではなく、その意味で彼らは掛け値なしに賞賛されるべき存在だ。

芸術家としてのマルセロ・ゴメス

しかしダンサーのなかには、与えられた指示・振り付けを正確に表現するにとどまらず、自らの内に深い創造力を湛え、それを発揮することで傑出した表現をする逸材がいる。そういう人たちは、紛れもなく「一定の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現」に従事する芸術家であると思う。具体的例としては、先に挙げたマルセロ・ゴメスがいる。ゴメスは、最近は 振り付け家としても活躍しているが、 元アメリカンバレエシアターのプリンシパルダンサーだ。

ゴメスは、高いジャンプ、正確なターンといった、振り付け家の意図を十二分に表現できるテクニックを備えているだけではなく、女性ダンサーのパートナーリングに秀でていることで知られている。しかし忘れてはならないのは、彼の卓越した表現力だ。ゴメスは、たとえば『ジゼル』や『ロミオとジュリエット』、『ラ・バヤデール』といった全幕物バレエの主役を務めるとき、非常にきめ細やかな演技をする。 ゴメスの舞台が魅力的なのは、その目の使い方、手先の使い方、首筋や背中の見せ方といった、ひょっとするとオーケストラ席前列にいないと見逃してしまうかもしれないような、細部にわたる繊細かつ洗練された演技力を駆使するからであり、この点において彼はターンやジャンプといった技術のみを誇るダンサーたちとは一線を画しているように思う。

彼の出演する舞台は多々観てきたが、このような彼の表現力・演技力が最も生かされたのは、皮肉なことに正統派クラシックバレエではないマシュー・ボーンの『白鳥の湖』だった。ゴメスは、男性による白鳥の群舞で有名になったこの作品の主役ザ・スワン/ストレンジャーとして2014年に 東京でデビューしたのだが、いわゆる『白鳥の湖』のオデット/オディールとは全く違った男性的な白鳥を感情豊かに踊りあげた。

ゴメスの主役デビューの日、私は渋谷ヒカリエホールの客席にいた。彼が裸の上半身に白鳥の羽を摸した素材の(もんぺのような!)パンツを身につけ、(おそらく車をつけた台座の上に)座った状態で、腕を背中で組み下手から上手へ 横顔だけを見せてすっとすべって登場したとき、その迫力に客席は針一本落としても聞こえるほど静まりかえっていた。おそらく、そこにいたすべての観客が言葉にできないほどの深い感動につつまれていると感じた。

もちろんこの作品の素晴らしさは、マシュー・ボーンの振付師としての才能に大きく依るのであるが、ゴメスは、ザ・スワンとして、人間ではないゆえ顔の表情をかえることができず、また羽に似せるために 腕の動きが制約されているにもかかわらず、全身で白鳥の哀愁や情愛を表現してみせた。また二役のザ・ストレンジャーとしては、高貴で堅苦しい女王までをも誘惑する邪悪でセクシー、かつミステリアスな男 を存分に演じてみせた。その凄みさえある舞台は、あまりに衝撃的で、見る者の脳裏に 強烈な印象を刻んだのではなかろうか。

幸運にもこのような舞台に触れることができて、ゴメスという稀有な表現力を有する 芸術家と「出会える」ことができた。世には「バレエはセリフがないから退屈」とか「ヒラヒラのお衣装をきた女の子たちがくるくるまわったりするお姫様のお話だけだからばかばかしい」などと言って、バレエを食わず嫌いしている御仁も多々いるようだが、ゴメスのようなダンサーに出会えれば、きっとバレエ鑑賞が楽しくなること請け合いだ。

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