初ロシア体験は極東のウラジオストクから

金角湾にかかるゴールデンブリッジ。遊覧船から見るウラジオストクの町並み

金角湾にかかるゴールデンブリッジ。遊覧船から見るウラジオストクの町並み

2時間でヨーロッパへ?

初めてロシアの地を踏んだ。成田空港からたったの2時間半。札幌とほぼ同緯度、新潟からの直線距離で北へ約800Km、日本から一番近いヨーロッパ!というウラジオストクに降り立ったのは、日本は猛暑真っ盛りの今年7月下旬。北朝鮮、中国と接するロシア沿岸地方の南部、日本海につき出たムラヴィヨフ・アムールスキー半島の南端、金角湾を中心に広がる坂の多い港町だ。とはいえ、空港から市内への30-40分のタクシーの車窓から見える郊外の風景はヨーロッパの街並みというより、25年前に住んだベトナムを彷彿させる。社会主義国的な無機質な公団住宅風の建物も並ぶ埃っぽさが、なんだか妙に懐かしい。が、街の中心に近づくと、レンガや石造りのアールヌーボー様式の建物や復元された帝政ロシア時代の教会などの建造物が増え、街並みはすっかりヨーロッパだ。

サッカーW杯開催で、ロシア人気もグッと高まった日本だが、同じ極東のハバロフスク、ナホトカに比べ、ウラジオストクはまだ知名度が低いような気がする(個人的調査)。が、実は日本との繋がりは古くて深い。ざっくりと歴史を復習してみる。この港町は19世紀半ばの帝政ロシア時代に太平洋への玄関口として建設され、日本が貿易事務所を開設したのは明治初頭ごろだ。ロシア革命前の20世紀初めには6000人近い日本人が住んでいたという。当時の日本人学校、銀行、新聞社の浦潮日報、商社など、日本にゆかりのある建物は今もまだレトロ感を残して健在だ。ここからヨーロッパを目指した二葉亭四迷、与謝野晶子なども滞在した家や現代音楽家の入野義朗の生家も残っている。

シベリア出兵、日露戦争‥ロシア革命後は多くの日本人が日本に帰国し、その後、ソ連崩壊の1990年代までは外国人が訪れることができない、不凍港の沿海州の重要な軍港となった。1992年には外国人に開放され、現在は、プーチン大統領が沿海州のアジア太平洋の窓口として力を入れ、2012年にはルースキー島でAPECサミットを開催するなど、中国、韓国、日本など近隣アジア諸国との交流が盛んになっている。先月9月にも東方経済フォーラムが、サミット会場だったルースキー島の極東連邦大学で開催され、日本の首相も訪れている。

夏のマリインスキー劇場国際音楽祭

今回のウラジオストク訪問の目的は、2016年から毎夏開かれているウラジオストク国際音楽祭(7/24〜8/8)。プーチン大統領の肝いりでサンクトペテルブルクの名門ロシア国立マリインスキー劇場の極東支部として、2013年にマリンインスキー沿海州劇場が設立された。

夏のこの期間は、最高峰の技術を持つ名手から気鋭の若手まで、サンクトペテルブルクとウラジオストクのメンバーの共演で、バレエ、オペラ、クラシック音楽の2週間のプログラムが組まれる。連日1580の座席はほぼ満席になるという。日本ではあまり知られていないが、モスクワやサンクトペテルブルクに行かずとも楽しめる極東のマリインスキー劇場は外国客にも人気がある夏のイベントになっている。今回は残念ながら半分しか観られなかったが、8日間連日バレエ、オペラ鑑賞。これまた人生初の贅沢!だった。ちなみに、チケットはオンラインで簡単に購入できる。値段も日本やアメリカに比べると5分の1以下というお手頃価格。

マリインスキー劇場内で未来のバレリーナ親子が記念撮影(左)。舞台の始まる前にロシアン・シャンパンとイクラのカナッペを楽しむのがロシア風。「イクラ」はロシア語だってことご存知でしたか?

マリインスキー劇場内で未来のバレリーナ親子が記念撮影(左)。舞台の始まる前にロシアン・シャンパンとイクラのカナッペを楽しむのがロシア風。「イクラ」はロシア語だってことご存知でしたか?

プログラムを全部並べるつもりはないが、バレエでは主に「ドンキホーテ」「シンデレラ」コンテンポラリーダンスで「フォーシーズン」、オペラは「ドンキホーテ」「コジ・ファン・トゥッテ」「カルメン」などだった。特に200年以上の伝統があるバレエ団の、躍動感に満ちた踊りと調律された完璧な肉体の動きに圧倒された。ロシアバレエにガッツリと魅了されまくり、毎夜、毎夜の劇場通いはこの上ない至福な日々。切符もぎのおばちゃんともすっかり馴染みになった。最後の晩は、覚めて欲しくない夢にしがみつくように、サンフランシスコのゴールデンブリッジを模した金門橋の袂にある劇場からゆっくりと表に出ると、空がまるでゴッホの絵のように真っ赤に燃えていた。

街の散策は歴史もアートも

ウラジオストク駅の正面(左)と駅2階の待合室 (右)。天井の絵はモスクワと駅ができた当時のウラジオストクの町並み。

ウラジオストク駅の正面(左)と駅2階の待合室 (右)。
天井の絵はモスクワと駅ができた当時のウラジオストクの町並み。

私の一番の関心、食の話も欠かせないのだが、まずは街のシンボルのウラジオストク駅の話。誰もが知っているシベリア横断鉄道の起点だ。この駅から約9300kmの終着駅のモスクワまで、7日間かけてシベリアの大地を横断する。初代の駅舎は1894年に建てられ、現在のものはモスクワの駅を模したものに1912年に立て直された。派手な装飾やパネルは革命後取り外され、ソ連崩壊後にまた帝政ロシア時代の装飾の美しさを取り戻したという建物だ。国章である双頭の鷲をデザインした屋根の上の鉄のレリーフや待合室の天井や壁は優雅で美しい。駅のすぐ後ろが港の客船ターミナルで、まさに陸と海の旅のスタート地点!日本からは唯一、鳥取の境港との間にフェリー就航があるだけだが、ビザなしで訪れる中国人、韓国人の観光客で賑わっていた。

沿海地方博物館・美術館も地方の歴史とロシア美術に触れられる貴重な体験なのだが、街のもう一つの魅力は路地裏散策。ぶらり歩きがとても楽しい街だ。街の看板、壁アート‥廃墟か?と見まがう建物がおしゃれなショップやカフェ。色使いとデザイン性が高く、美的感覚に優れているのに驚く。どうしてこんなに色彩感覚がいいの?という私の質問に、ロシア人の知り合いは「ロシア人は小さい時から、塗り絵に親しんでいるからかしら‥」と。確かに書店に行くと、子供から大人までの塗り絵の本の多さにびっくりする。

街のスナップショット. ぶらり歩きがとても楽しい街だ。

街のスナップショット。ぶらり歩きがとても楽しい街だ。

胃袋つかまれたウラジオストクグルメ

また、港町は海外の文化をいち早く取り入れるのがお得意だ。人口約60万人の街の規模からして信じられないほど、カフェとバーがいたるところにある。ロシアといえば紅茶!のイメージだが、世界各国のコーヒー豆を使った、アメリカの西海岸のコーヒースタイルをまねたオシャレなコーヒー店が実に多い。クラフトビールとハンバーガーを合わせた人気店や、人気バンドのライブもあるバー、ワインバー、チョコレートやケーキのお店のオシャレ感とクオリティーの高さ‥胃袋を休ませてくれないところだ。

ドライフルーツとナッツの店

ドライフルーツとナッツの店

ウラジオストクの胃袋を探るには市場も必見。街の中心の港に面している中央広場の週末市(と言っても、金土)は、主に近郊の農家からの新鮮な野菜と、魚介類、肉などが売られている。コリア系の住民がいるので、キムチやナムルを売る店も軒を並べている。ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリーはもちろんのこと、見たこともないベリーも多い。蕎麦の実もある!なかでも目を引くのは地元産の新鮮なハチミツ。ロシア人に欠かせない健康食品のひとつらしい。路線バスで30分(バス料金は一律23ルーブル、約40円)、郊外のウラジオストク最大の市場、キタイスキー市場(通称中華街市場)にも足をのばした。広大な敷地のこの場所には、食材のみならず、衣料や電化製品、日用品などが売られている。価格がきちんと表示されているので、値切り交渉は必要なし。中央アジアからの出稼ぎ労働者であふれていたのも印象的だった。

しかし、ウラジオストクで一番の驚きは、何と言ってもレストランのレベルの高さ。海の幸だけでなく、シベリアの針葉樹林が育む森の幸にも恵まれ、豊かな自然のエネルギーを取り込んだ魅惑のグルメの場所だ。伝統的なロシア料理はもちろんのこと、多民族国家ならではの各地域の特色ある味覚も味わえる。

また、ここ数年で、シーフードやイタリアン、フレンチ系の豊かな食材を生かした創作料理の新しいお店も増えいる。話題のお店を数軒訪ねたが、潜水艦博物館の近くにひっそりと佇むOld Fashioned Gastrobarのテイスティングメニュー7品(1500ルーブル、約2800円)をご参考までにちょっと紹介すると、生ハム風鴨肉、帆立のムースにライスクリスピー(鰹節風のトッピングは干鴨肉のフレークとイクラ)、サーモンのタルタル、タラバ蟹とグリーンピーのストラッチャテッラチーズソース、などなど、添えられた黒パンもモチモチと美味しくて、器のセンスも抜群だった。ここはどこ?そんな言葉がぴったりな場所。

Old Fashioned Gastrobarのタラバ蟹とグリーンピーのストラッチャテッラチーズソース、生鴨ハム、スープと黒パン

Old Fashioned Gastrobarのタラバ蟹とグリーンピーのストラッチャテッラチーズソース、生鴨ハム、スープと黒パン

庶民の味である、ボルシチやピロシキ、ポテトサラダ、ニシンの塩漬けとビーツのサラダ「毛皮を着たニシン」、ロシア風クレープのブルヌイ、ペリメニなど、本場のロシア料理はもう敬礼するしかない美味しさ。が今回、特に中央アジアのジョージア(旧グルジア)料理に開眼させられた。人気ジョージアレストランの「スプラ」で、チーズと卵を包んだロシア風ピザ・ハチャプリ、揚げ水餃子風のヒンカリ、炭火で肉と野菜をローストしたシャシュリクなど、肥沃な大地を感じる料理にノックアウト。世界最古のワインの産地であるジョージアのワインとの最高のマリアージュは、ため息しか出てこなかった。感動脳と胃袋をガッツリとつかまれた初ロシアの旅、また再訪するしかない。

左はジョージアのピザ、ハチャプリ。卵をチーズにぐるぐると混ぜて食べる。右は炭火で焼くラム肉の串焼きと野菜のグリル

左はジョージアのピザ、ハチャプリ。卵をチーズにぐるぐると混ぜて食べる。
  右は炭火で焼くラム肉の串焼きと野菜のグリル

代表的なロシアのサラダ「毛皮を着たニシン」ネーミングがすごい!

代表的なロシアのサラダ「毛皮を着たニシン」ネーミングがすごい!

ニョッキ風ペリメニとフレッシュベリージュース

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