アメリカの現地校と日本語補習校の両立

漢字ドリルに取り組む娘

漢字ドリルに取り組む娘

現地校のユニークな課題

「お母さん、今日からリーディングの授業で移民の本を読むことになったんだよ。私は日系人の本を読むことにしたの」。 ある日、現地校から帰宅した小4の娘がそう言った。現地校のリーディング(読解)では、いつも複数のトピックの本が提示され、その中から自分が読みたい本を選ぶことになっているので、「他にはどんな本があったの?」と聞くと、「日本の他には、メキシコ、ポーランドからの移民の本があった」と言う。私は、移民の他にはどんなテーマの本があったのか、と聞いたつもりだったが、そうではなく色々な国からの移民の本が選択肢としてあるという。移民の国アメリカならではの課題だなと思った。

また、今回のリーディングの課題は、自分で選んだ本を読みながら、登場人物の特徴やサインポスト(物語の道標となる点)を文章にまとめ、最終的には主人公になったつもりで日記を書く、というユニークな内容である。しかも日記は、選んだ本の設定や時代に沿った形で手作りした日記帳に書くことになっている。本を読んで考えると同時に創意工夫も促す面白い授業だな、と感心した。

日本で育ち、日本の教育しか受けていない私にとって、娘が通う現地校の勉強方法には驚かされることが度々ある。例えば、算数の宿題のプリントには、1枚の用紙に色々な計算式(〇×3=6、5×8=〇、25÷〇=5など)があり、その答え(〇の中の数字)を書くことになっている。また、長さを測定する勉強の一環なのか、ドリームハウスを作るというプロジェクトもあった。自分の理想の家を平面デザインするというもので、娘のドリームハウスは、一番大きい部屋はぬいぐるみ用の部屋で、一番小さい部屋は両親の部屋。家の中にテニスコートもあった。

娘が描いたドリームハウスの設計図(2階)

娘が描いたドリームハウスの設計図(2階)

現地校ではコンピュータとインターネットも積極的に活用し、娘は平日ほぼ毎日コンピュータを使って宿題をし、オンラインで提出している。4年前、娘がキンダー(幼稚園の年長。当地では義務教育の初年度)の頃にはなかったが、今ではキンダーからコンピュータで遊ぶ時間まであるそうだ。

現地校の強化学習プログラム

娘は現在、メリーランド州モンゴメリー郡でCenters for Enriched Studies (CES)というプログラムの下で学習している。直訳すれば「強化学習センター」で、2年前までは、Centers for the Highly Giftedと呼ばれていた。CESは、プログラムの内容や児童の選抜方法が地域により多少の違いがあるものの、アメリカ全土で広く行われているプログラムである。ただ、特定された小学校だけで実施されているため、モンゴメリー郡では、小学3年生の後半に試験を受け、選抜された生徒は4年生からCESプログラムのある小学校へ通うことができる。娘の場合、補欠通知が届いたのは3年生の学年度が終わる直前。娘は、新しいプログラムに興味があるものの、それまで通っていた小学校の友達と離ればなれになることが嫌で、夏休み明け4年生になる直前まで悩んでいたが、最終的にCESプログラムのある新しい学校へ通う決心をした。

モンゴメリー郡のウェブサイトによると、CESプログラムでは、批判的思考、問題解決、コミュニケーションといった技能に重点が置かれている。確かに、CESプログラムでは、プロジェクト形式の学習方法が数多く実施されており、4年生が終わる頃には、TEDトーク方式で大勢の聴衆の前で自分の意見を発表するプロジェクトもあるため、その準備が2月後半から始まっている。

日本語補習校での勉強

現地校、特にCESプログラムの授業は、創意工夫があって面白いと思う反面、「積み重ねる」という要素が少なく系統だっていないのではないか、と思えることも実際にはある。そして、娘の場合、当地で通っている日本語補習校がうまくそれを補ってくれているように思う。日本語補習校では、国語の漢字や算数は教科書に沿って順序だてて習い、宿題もドリル形式で出される。宿題の回答はもちろん手書きだ。同じことの繰り返しも多く、飽きてしまうこともあるが、娘によれば「日本語補習校で習った算数が現地校の授業で役に立つこともある」と言う。現地校で、掛け算を使って解く問題が出てきた時は、日本語で暗記した掛け算で解くという具合である。

日本語補習校での課題

日本語補習校での課題

平日現地校に通い、土曜日に日本語補習校で学ぶ娘は、両方の勉強や宿題に追われて忙しい。毎日のように、「朝は漢字をやって、放課後はリーディングとボキャブラリーね」と、宿題の予定でいっぱいである。この他、習い事やプレイデートがあり、1週間はあっという間に過ぎていく。1年生の頃は「(日本語補習校は長くて疲れるから)行きたくない」と言っていたが、4年生になった今はというと、楽しそうとまでは言えないが、嫌がらずに通っている。4年生になってから、授業日が年間41日ある補習校を1日も欠席することなく通った。現地校と日本語補習校の両立は大変そうだが、それぞれに友達がいて、一緒に勉強したり、遊んだりできることは素敵なことだと思う。

娘のこれから

娘が小さい頃、母親の自分には大した取り柄もないけれど日本語だったら教えられる、日本語の勉強なら手伝えると思い、日本語を学ばせることに努力してきた。家の中で私と娘の会話が分からないことも多いアメリカ人の夫だが、そこはじっと我慢して理解してくれている。そうして数年経った今、アメリカと日本の文化の中で、両方の学習方法を体験することで、物事や考え方にはいくつもの方法があるということを体得してくれているのではないかと思うようになった。以前、娘と「自分は一体、何人か(どこの国民か)?」という会話をしたことがある。父親はアメリカ人、母親は日本人である娘は、「私は何人だろう? アメリカ人ではない気がするし、そうかといって日本人でもないと思う。アメホン人かな、ニホリカ人かな」と冗談交じりで答えていた。これがいずれは、アイデンティティ−に悩むということにつながるのかしら、とちょっと心配に思うこともあるが、自分はアメリカ人でもあり、日本人でもあると、両方を前向きに受け入れてくれればと願っている。

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