新型コロナウィルスとの闘い~オランダの“インテリジェント・ロックダウン”

隔離生活の体験者、アンネ・フランク

オランダのアムステルダム旧市街の名所の一つに「アンネ・フランクの家」がある。世界中で読まれている「アンネの日記」の著者が第二次世界大戦中、ナチスによるユダヤ人迫害から逃れて潜んでいた家だ。現在はミュージアムを併設し、使われていた家具などは撤去されてしまっているが、当時の趣を残した「隠れ家」を見学できるようになっている。ミュージアムでアンネと一家についての展示を見学した後、有名な「本棚で隠した回転扉」を抜けて狭い階段を上がり、アンネ一家4人を含めて8人が隠れ住んだ空間を体感することができる。この「アンネ・フランクの家」には世界中から年間130万人(2019年)が訪れる。実は、私が住むアパートから徒歩5,6分の場所だ。

閑散としたとした「アンネ・フランクの家」ミュージアム側の入り口前。通常この広場で大勢の人たちが入館を待つ

閑散としたとした「アンネ・フランクの家」ミュージアム側の入り口前。通常この広場で大勢の人たちが入館を待つ

アンネの時代から80年近く経過した今、新型コロナウィルスに苦しむオランダで、人々は必要最小限の用事以外は外出せず、自宅にいるよう求められている。アンネと家族は、2年もの間、隠れ家で息をひそめるように暮らし、外へ出ることはできなかった。隠れ家は、日本風に言えば2LDKに物置の屋根裏部屋がついた3フロア分だ。そこに3世帯が同居。アンネは狭い個室を、家族ぐるみの友人とはいえ50歳代の男性と共有することとなった。戦争や迫害の恐怖とは比較にならないだろうが、「容易に外出できない閉塞感」だけは、私自身、今回の「自主的隔離生活」を体験してほんの少しだけだが理解に近付いている気がする。

矢継ぎ早にコロナ蔓延防止策を打ち出したオランダ政府

ヨーロッパのコロナ禍は、南に位置するイタリアから2020年2月以降深刻化し、スペイン、フランスと徐々に北上した。オランダで初の犠牲者が確認されたのは3月6日だったが、感染は急速に広がり、政府は6日後の3月12日には大規模な集会の中止、美術館などの閉館、スポーツイベントの中止、在宅勤務や時差出勤の奨励などを打ち出した。

その3日後さらに対策を強化し、学校の一斉休校、レストランやカフェなどの飲食店、「セックス・クラブ」や「コーヒーショップ(大麻を提供する喫茶店風の店。オランダでは大麻は容認されている)」、スポーツクラブ、ジムなどに至るまで閉鎖措置を打ち出した。政府の公式ウェブサイト上で、オブラートに包まず明快な言葉を使っているところはいかにもオランダらしいところだ。

3月16日、ルッテ首相はテレビ演説を行い、新型コロナウィルス対応策について直接国民に語りかけた。人口1,700万人程のオランダ人のうち700万人が視聴。首相によるテレビ演説が行われたのは、1974年の石油危機以来だという。

冒頭、ルッテ首相は新型コロナウィルスで死亡した人々に哀悼の意を表明し、感染した人々を励まし、人々の不安に対する共感を語った。そして、このように切り出した。

現実をありのままに語る首相

ルッテ首相のテレビ演説© ANP/Robin van Lonkhuijsen

ルッテ首相のテレビ演説© ANP/Robin van Lonkhuijsen

「現実は、コロナウィルスが我々のど真ん中に当分の間居続けるということです。このきわめて困難な状況に、早くて簡単な解決策はありません。今後、オランダ人の多くがこのウィルスに感染するだろうという事も、もう一つの現実です」。

そして、オランダがとるべきアプローチを語った。専門家の提言を聞いたうえで決めたというその内容は以下のようなものだ。

…まず前提として、新型コロナウィルスに感染した大多数の人たちが免疫を得ることで「免疫の壁」が作られる。それにより、高齢者や持病を持つ人々をウィルスから守ることができるが、それが達成されるまでには長い時間がかかる。それまでの間、感染が急激に増加して医療体制が崩壊することがないよう、ウィルスを最大限の努力でもってコントロールする。

「最大限のコントロールとは、感染のピークを下げ、長期的に後ろにずらしていくことです」。

これ以外に2つ、首相が示した選択肢があった。

一つは、何もしないこと。ウィルスが蔓延し医療システムが崩壊してしまうので、選択肢としてとり得ない。

もう一つは、ウィルスを封じ込めるため国を完全にシャット・ダウンすること。これについて首相は「魅力的に聞こえるかもしれないが、数日では終わりません。専門家によると1年かそれ以上の期間が必要となり、いったん解除すればウィルスは再び入り込んできます」と、この選択肢も否定した。

メッセージは明確だった。

オランダらしい正直さ、率直さ

平均的なオランダ人は回りくどい表現をしないし、物事を包み隠さずに話す人が多い。時折デリカシーがないと感じることもある。

ルッテ首相は、ウィルスの広がりを抑えこむことは出来ないという厳しい現実を正直に語り、そのまま国民に伝えた。そして、感染のピークを下げて医療システムへのダメージを抑えていくことが、ワクチンがまだない今の段階では現実的な選択肢であることを情緒ではなくロジックで示した。

日本人の視点からみると、国民がパニックを起こすのではないかと心配になるほど率直な語り口だ。しかし、未知の危機、このような不安に包まれた状況では、正直さや合理的な理屈が重要だと感じさせられた。

もちろん、批判の声がなかったわけではない。コロナ対策を協議した議会で、極右として知られる政治家は、「国民の健康と命をロシアン・ルーレットにかけて良いのか。国を完全にロックダウンすべきだ」と批判した。これは極端な意見として議会では退けられたが、このような意見が出てくる背景の一つに、「集団免疫」をめぐる解釈の混乱もあったといえそうだ。集団免疫が達成されるまでに国民を感染させるのか、何人が犠牲になるのかという批判の声もメディアでは挙がった。

これについてルッテ首相は議会で「集団免疫の達成がゴールではない。政策の目的は、医療システムの崩壊を防ぎ、高齢者やウィルスに脆弱な人々を守ることであり、できるだけ多くの人たちを感染させるということではない」と釈明した。

一番素晴らしい季節を目前に

オランダは他の北ヨーロッパ諸国と同じように、冬は長く暗い。コロナ禍による行動制限が始まった3月中旬以降、皮肉なことに晴れの日が続いた。このような好天の日、アムステルダム市内の運河は、人々がボートで繰り出しにぎやかになる。春を待ちわび、とにかく太陽を浴びたいというオランダの人々にとって、天気が良過ぎることはむしろ酷な状態だかもしれない。完全な外出禁止令が出されているわけではないので、公園で子供たちを遊ばせたり、街には犬を散歩させたりジョギングをする人の姿はみられる。

しかし、3人以上で固まっての行動はしないよう求められているし、人との間の距離も1.5メートル離さなくてはならない。スーパーマーケットでもレジに並ぶ際に間隔を空けるよう、床に線が引かれた。歩道を他人とすれ違うときも、視線をそらして大回りするようになった。最近よく聞かれる「社会的距離」(Social distancing)はおおむね守られていると感じる。個人に対しては400ユーロの罰金も科せられるし、警官がパトロールする姿も目立つようになった。(気のせいだろうか?)

オフィスビルのエレベーター内に掲示された注意書き。「人との距離を1.5メートル置くこと」と書いてある

オフィスビルのエレベーター内に掲示された注意書き。「人との距離を1.5メートル置くこと」と書いてある

オランダではいわゆる「緊急事態宣言」は発せられておらず、現行法の枠内で様々な措置がとられている。交通機関も機能しており「ロックダウン」まではいかないが、その一歩手前の状態といえるだろう。いつの間にか現在のアプローチは「intelligent lockdown」と呼ばれるようになった。「知恵を使った、賢いロックダウン」というイメージだろうか。

人々の心のありようは元に戻るのか?

前述の「アンネ・フランクの家」の周辺を歩いてみる。一年中、観光客や学校単位の訪問グループなどで回りは混雑しているのに、全く人がいないのが不思議に思える。その前に立って、アンネの気持ちに近付いてみる。隣の西教会の鐘の音はアンネの耳に届いていただろうか。ここも6月1日まで他の美術館などと同様、閉館されている。周辺にあるカフェやレストラン、観光案内所、運河沿いのボート乗り場に至るまで全てクローズだ。そばのタクシー乗り場にはタクシーがいつも通り待機しているが、お客は来るだろうか

休業を余儀なくされている多くのビジネスにとって、政府の救済策への申請手続きが間もなく始まる。レストランやカフェの一部はテイクアウト専門に急きょ業態を変えて、何とかビジネスを続けようとしているところも出てきた。

大麻ショップもテークアウト可能と表示して営業を継続

大麻ショップもテークアウト可能と表示して営業を継続

ある世論調査によると、ルッテ内閣のコロナ対策を支持する人は91パーセントにのぼり、内閣支持率も3週間前の前回調査の42%から61%に上昇したという(3月30日実施、i&o research)。

今の時点ではオランダは結束してウィルスとの闘いに立ち向かっているように見える。しかし、隔離に耐える人々の心はどのように変化するのか、挨拶には握手やハグ、頬へのキス(オランダ風は1往復半、3回)が欠かせないオランダ人たちがそれを再びするようになるのか、元の明るい日がいつ戻るかはまだ見えない。

(情報は2020年4月4日現在)

閑散としたフォンデル公園

閑散としたフォンデル公園

 

 

 

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