ワーカホリック脱出の一症例:Power of Mind

今年の1月にカナダのブリティッシュコロンビアで念願のヘリスキーをした筆者。腰までの深いパウダースノーを思う存分楽しんだ。

今年の1月にカナダのブリティッシュコロンビアで念願のヘリスキーをした筆者。腰までの深いパウダースノーを思う存分楽しんだ。

2009年に「ワシントンと私」というコラムに寄稿させていただきましたが、今回再び機会をいただきましたことに深く感謝します。ワシントンDC近郊には、専門の職業のためにこの地域に来られ在住されている方々も多いかと思いますが、私もその一人です。キャリア志向の方の中には、私と同じように仕事との付き合い方に難儀を感じる方もいらっしゃるのではないかと思い、今回は、恥ずかしながらも私の最近の経験をシェアさせていただきます。

サイエンティストという職を得て

私は日本では内科医として働いておりましたが 、約20年前にベセスダの米国国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)での研究職の機会を得て渡米しました。 研究の仕事とは、特定の未解明の疑問を解くために、現段階で何が分かっていて何が分かっていないのかを把握し、仮説を立て、 その仮説に基づき実験を行い、新しい見識を得た結果、内容を論文にまとめて発表する、というものです。

私の日常 は、ラボベンチでピペットマンを握り、がん細胞の遺伝子操作をしてはその動態や代謝を分析したり、特定の薬が細胞や動物に与える影響を判定したり、という手作業の仕事です。 実験によっては数時間や数日で結果を得ることもありますし、動物実験など 数ヶ月かかる場合もあります。 最近では、私の研究プロジェクトの成果がきっかけでがん治療の臨床試験が始まるなど、とてもエキサイティングな環境の仕事ではあります。同時に医学研究は世界的な競争も激しく、他のグループに出し抜かれないようにと凌ぎを削る毎日でもあります。もともとサイエンスが好きなだけでなく、負けず嫌いで猪突猛進型の私には、このような仕事はぴったりで、何とも天職に恵まれたものだと感じています。

のめり込みすぎの果てに

しかしながら、最近になって、仕事との付き合い方について考え直し、さらに最近よく耳にするマインドフルネスの意味を自分自身深く考え認識、実践するという経験をしました。というのも、 10年、15年と経験を積み、プロの研究者としての自信がつくと同時に、気がつかないうちに仕事にあまりにのめり込みすぎ、愛憎関係とも呼べるような親密すぎる関係を構築してしまっていたのです。

私の家族は夫のみで、子供がいないこともあり、毎日自分に高いハードルを課し、やれる範囲をはるかに超えて一日を終えないと満足できないというのが当たり前となっていました。 大量の仕事をこなせないと自分が怠け者か敗者に思え、罪悪感を感じていました。毎日時計がグルグルと回るのと競争して、文字通り走り回って仕事をしていました。起床するや否やコンピュータで医学文献を検索したり、夜寝床に入った後も頭の中で実験結果について反芻し、次の対策を考えたりしていました 。そのうちに、時には実験中に息切れや動悸、眩暈を感じるようになり、不眠が続いたりするようになりました 。コメディを見ていても、頭の中はどこかで実験のことを考え、まさに ワーカホリックも度を越している状態でした。また、何かうまくいかなかった時には、非常に落ち込んで鬱状態に陥り、燃え尽き症候群のようになり、すべてを放り出したくなり、しまいにはインターネットでジョブサーチをする、という状況に陥っていました。

出会った言葉に気づかされたこと

そうやって気持ちの浮き沈みが続いていくうちに、自分でもこれは今後長期的に継続できる状態ではないと認識するようになり、心の安らぎを求めて、あれこれと手当たり次第対処方法を探し始めました。瞑想のアプリを使ってみたり、入眠しやすいようにアロマオイルを使ってみたり、心の知能指数(emotional IQ)や幸福(happiness)に関する本を手当たり次第読んでみたり・・・ 。そんな中、二人の人物の言葉に出会い、ハッとさせられることがありました。まず、ダライ・ラマの二つの言葉です。

“The purpose of our lives is to be happy.”
“Happiness is not something ready made. It comes from your own actions.”

これらの言葉を見て、私は自分自身に問いかけることを余儀なくされました。私は現在、本当にハッピーな人生を送っているだろうか?時間との競争をしてあたふたとして生き急いでいるような毎日の過ごし方を、徹底的に考え直さなければならないのではないか?と意識するようになったのです。考えてみると、私の上司や同僚たちの中には、私に対してどの程度の仕事をするべきだ、などと指示する人は誰もいず、私自身だけが自分を勝手に追い込んで、その結果疲弊していたわけです。

ほぼ同時に出会ったのが、オプラ・ウィンフリーのポッドキャスト”Super Soul Conversations” のシリーズです。そのポッドキャストでは、毎回冒頭にオプラ自身が “The most valuable gift you can give yourself is the time — taking time to be more fully present.”と繰り返すのです。これにはハッとさせられました。私自身、自分と向き合う時間を取っているだろうか? 自分の精神に向き合う時間などすっかり後回しにして、心がガサガサに乾いていることに気がついたのです。

心のメンテナンスの大切さを知って

私は体を動かすのが好きで、ワーカホリックとはいっても、朝5時に起床してジムに行き、エクササイズをすることだけはずっと続けてはいたのですが、このような精神面が揺れた経験と上記の言葉との出会いを経て、フィットネスレベルが高いからといって健康とは限らず、人間は肉体だけではなく心のメンテナンスも必要なのだと思うに至りました。

早速、マインドフルネスを得るための行動を始めました。まずは毎朝出勤前に30秒でも良いので時間を確保し、目を閉じ、深呼吸をしてから仕事場に向かうようにしました。深呼吸をしながら、自分のこころ(mind)の存在を確認し、「今日も今、ここにあること(be present)を忘れない様に」と自分に言い聞かせるのです。また、今まで毎日 200%やっていた仕事を意識的に120%くらいに減らし、同僚たちが帰路に立つ時間には、私もそれに続くのをルールにするようにしました。

このような瞑想と行動の変化は、ただちに効果を発揮し始めました。まずは体調に劇的な変化がありました。ぐっすりと眠れるようになったのに加え、ここ数年常に感じていた瞼や手のかゆみがすっかり消えたのです。心のカサつきが、免疫系の活性化を起こして湿疹に至っていたものと思われますが、それが心の持ち方の変化で抑えられたようで、改めて心身というのは一体のものなのだとの認識を新たにしました。仕事の量も、最初は減らすことに抵抗を感じるのではと不安でしたが、パターン化してしまうと、意外とあっさり受け入れられるようになりました。元々ある程度集中力はあったつもりではありますが、早く切り上げるのが新しい目標となったため、より効率的にこなせるようになりました。それでも時々バタバタした過去のパターンに再びはまりそうな時には、わざと深呼吸して意識的にペースを落とすようにしています。一番良かったことは、私に笑顔が戻り気持ちの余裕ができたせいか、周りの同僚たちとの関係がより良くなったことです。

この様に、私なりにいろいろ試行錯誤しましたが、今後も好きな仕事を長く楽しく続けていく上でマインドフルネスという方策を発見し、一歩新しい境地に至ったように思い、自分なりに満足しています。ちなみに、結婚して約10 年になる主人はと言いますと、彼も私に輪をかけた猛烈なワーカホリックでした。が、同じ時期に私と似たような状況を経験したのをきっかけに、二人で何度も話し、仕事にかまけすぎる生活はもうやめよう、少しペースを落として一緒に仕事以外のことをしたり、家族や友人・知人たちと過ごす時間を持ったりしようという合意に至りました。今の所、彼も彼なりにペース配分を変化させるのに成功して、満足しているようです。このことも、私自身のマインドフルネスを保ち続けるのに多いに役立っています。

    ワーカホリック脱出の一症例:Power of Mind” に対して1件のコメントがあります。

    1. Kazuko White より:

      初めまして!
      遠藤さんの心のメンテナンスの記事を拝誦し、とても元気が出ました。私自身、還暦を過ぎて、色々な面でスローダウンしており、これまでのワークホリック人生を振り返ることが多くなっています。その中で、何が欠けているかというと、「今」を大切にする気持ちだったように思います。いつも次のこと、明日のこと、人のことばかり考えて、今この瞬間に自分を見つめることがなかったように思います。私も最近Mindfulnessの本を読んで、同じことを考えておりました。お互いに自然体でMindfulnessに努めましょう!
      Kazuko White (ホワイト和子)

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