発見される側から発見する側へ

スペイン名産、イベリコ豚の生ハム

スペイン名産、イベリコ豚の生ハム

発見される側から見たスペイン

気が付けば私はアメリカ、メキシコ、アルゼンチンなど、「発見される」側に計10年以上暮らした。コロンブスが新大陸発見と歴史で習ったが、メキシコに住んだ時に発見とは何と失礼な表現であろうかと思うようになった。彼らはヨーロッパから見たら文化程度が低く尊敬するに値しない人種だったに違いないが、彼らにもそれなりの文化文明があった。コロンブスはスペイン語ではクリストバル・コロンと呼ばれている。コロンの日は彼らにとっては屈辱の日である。

アルゼンチンの大統領官邸の執務室から見える庭にはコロンの大きな像があったがクリスティーナ・フェルナンデス前大統領はそれをバラバラにしてしまい、そのまま放置していた。理解できなくもなかった。

メキシコ、アルゼンチンで生活している時は当然コロンは憎い相手であった。スペイン語もスペイン人の発音は気取っていて気に入らないとまで思っていたのだ。

イメージとは違うスペイン

私は大学生の時に30日間、南はアルジェリアから北はデンマークまで回ったのが最初で最後、それからヨーロッパに全く足を踏み入れた事がなかった。

その時の旅行も姉と友人と3人の貧乏旅行で宿泊代を抑えるため、グラナダのアルハンブラ宮殿に行くのにマドリッドから夜行列車で往復しようと無理をした結果、姉がグラナダで倒れ、着の身着のまま数日グラナダに留まる事になった。病状が芳しくなく日本に居る父からロンドンの日本人医師の所に行くように言われ、姉を引きずり泣く泣くスペインを後にした。アルハンブラ宮殿とプラド美術館しか見られなかった私はスペインに縁がなく受け入れらなかったと、その後約40年思っていた。

プラザ・マジョール

プラザ・マジョール

昨年マドリッドに着いてみるとイメージとは違う街が私を待っていた。

思っていたよりずっとエレガントで穏やかな街であった。同じラテンでもアルゼンチンとも全く違う。一時代を築いたのであるからもっと威張っていても良さそうであるが、私のようなアジア人でも妙な目で見られる事は一度もないのである。長らくスペイン語圏に住んでいても未だ片言しか話せない私でもきちんと話を聞いてくれようとする。何だろうか、懐が深いのである。フランコの暗い時代を経たからだろうか、繊細で誰にも優しい。情熱的と言われる国での運転はどうなるかと心配したが、スペイン人は飛ばすのは飛ばすのだが、交通法規はほぼ守る。車線変更でもすぐに入れてくれる。極めて親切で紳士的だ。

サッカーも、アルゼンチンでは暴動が怖くてなかなか観戦できなかったが、ここは違う。クラシコと呼ばれるレアル・マドリード対バルセロナを見に行った。残り僅かの時にメッシに1点入れられてレアルは敗戦。帰りはどうなるやらと気を揉んだが穏やかに皆家路に着いたのである。フーリガンはここには居ない。試合は試合、だらだらと後を引きずらない。

民度が高いと思うのは、スペイン人がよく手を洗う事である。お手洗いでは必ず石鹸をつけてよく綺麗に手を洗う。日本人よりも時間をかけて手を洗う。私が今まで見た民族の中で一番清潔だ。

こうして、住めば住むほど発見者側に飲み込まれていく私がいる。

首都マドリッド

マドリッドの街は大きすぎず観光しやすいし、安全である。勿論スリがいない訳ではないが、気をつけていれば防げる程度である。タクシーもぼられたりする事もなく感じも悪くない。地下鉄やバスも使いやすく公共交通は24時間動いている。とにかく安全であるし、警官の士気も高い。マドリッドはスペインの中心に位置しているので、車ならば6時間走ればどこにでも行ける。北部のトンネルが多い場所を除けば高速道路は無料であるし、高速鉄道も定刻に出発し、大変快適だ。

街の中で私が大好きな場所はプラド美術館、一日中居ても飽きることがない。スペインの王家のコレクションをナポレオンに略奪された物もあるが、必死に守ってきたもので、ここだけでもスペインをそして歴史を感じる事が出来る。是非、ベラスケス、ゴヤ、エルグレコを見て頂きたい。

王宮も私のお気に入りの一つである。王様は郊外に住んでいるが、今でも王宮は使用されている。豪華であるが品があり、趣味も良い。ガスパリー二の間は特に美しい。国家遺産として700点もの時計が存在するが、ブレゲ作の天球儀時計や今でも正確に動く260年前の羊飼いのからくり時計など見所が満載である。

王宮

王宮

想いのこもった歴史遺産

王家所有の宮殿がマドリッドから車で1時間ほどの所に点在する。特に好きなのはエスコリアル修道院である。修道院とは言うものの、スペインが一番力のあった当時のフェリペ2世王が建てた修道院兼宮殿である。ちなみにフィリピンの国名はこの王の名前から付けられた。フェリペ2世は死ぬまでここで過ごした。プラド美術館の目玉の一つであるボッシュの楽園の園は彼の質素な寝室に飾られていたそうだ。彼は特に絵画を愛しエルグレコにも絵を依頼するのだが、当時の宗教画の決まりごとを破ったため飾られることはなく、失意のエルグレコはその後トレドに移ることになった。

王の質素な寝室は、たいそう立派で豪華な聖堂の聖壇の隣に位置する。彼は大変敬虔なクリスチャンで、寝床からミサの音を聞いていたそうである。また聖壇の地下には歴代の王、王妃、その子供などが埋葬されている。フェリペ2世が自分の死後、神父たちに自分の頭上を踏んで欲しいと望んだ結果だった。

その他にもお薦めしたい所が山ほどある。何しろイタリアに次いで世界遺産の多い国である。世界一の美食の街と言われるサンセバスチャン、巡礼地で知られるサンティアゴデコンポステラ、火祭りが有名なバレンシア、聖週間、春祭りで有名なセビリア、美しい海岸が続くコスタデルソル、今年大学創立800年を迎えるサラマンカ。今問題が山積みだけれど魅力的なカタルニア。

「発見する側」のとりこに

どこに行っても期待を裏切らない美しい国だ。
周りを美しい海に囲まれて魚介類が抜群に新鮮で美味しくかつ安価である。ワインも素晴らしい。皆さんに是非スーパーをお見せしたい。全てが綺麗で品数が豊富である。どんぐりを食べて育つベジョータと呼ばれるイベリコ豚の生ハムは絶品だ。

主人の転勤で六カ国に住まわせて頂いた。ここが最後の国になる。どこの国も素晴らしく色々な事を学んだ。その中でスペインは非常にバランスのとれた良い国である。できればこのまま住んでいたいと思えるほどだ。

日本も美しい国だと思うが、スペインでは再生可能エネルギーの普及に力を注いでいて、太陽光や風力発電が4割に達している。原発で大きな被害を受けた日本は転換が遅れていて恥ずかしい限りだ。特に風力発電の大きな風車はドン・キホーテの国だけあって、いつも強風を受け良く回転している。

最後に、私の使命は住んだ国の方に少しでも日本を理解して頂くと共に、日本の方に私の住んでいる国のファンになって頂くことだと考えている。この稚拙な文章を読んでお一人でもスペインに行きたいと思って下さったらこれほど幸せなことはない。


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