イギリス ダートムア(Dartmoor)国立公園との出会い

イギリス南西イングランド、デボン州、ダートムア国立公園の中のウディコム村。この村の丘の中腹に立つ家に私は住んでいる。窓から見えるなだらかな丘の上に立つトーアと言われる岩々と、まるでパッチワークのような緑の草原、そこには静かに草を食む羊と牛と野性のポニーたち。眼下に広がる緩やかな谷間に流れる川に沿って朝霧が流れていく、集落の昔ながらの煙突から上がる白い煙。これがいつもの私の朝のスタートの景色である。

私がここダートムア国立公園に住み始めて12年。窓から見える景色は毎日とても新鮮で、季節の移り変わりや風の動きがとてもよくわかる。この窓の景色を眺めながら「なぜ私はここにいるのだろう?」と何度も不思議な気持ちになったことがある。でも今は、この土地とまた会う約束をしていたからだと思う。

ダートムアのブルーベルの絨毯。5月の終わり頃、ダートムアの荒野がブルーに彩られる

ダートムアのブルーベルの絨毯。5月の終わり頃、ダートムアの荒野がブルーに彩られる

私は日本で結婚し二人の男の子を授かった。日本が大好きだった私が、突然の離婚で人生のどん底を経験、新しい人生を探すべく、まだ小さかった子どもたちを連れて英語が全くできないまま、清水の舞台から飛び降りる心境でイギリスの地に来たのは20年前。語学留学で来てそのまま今の主人と出会って再婚。彼はこの時既に80歳。私と30歳以上の歳の差があったにもかかわらず、私は彼と一緒に生活できる時間を選んだ。「何年一緒にいられるだろう、一緒にいられる時間を大切にしたい」=そんな思いから私は一生懸命この村に溶け込み、彼の家族に馴染もうとしてきた12年間。いつもこの景色が心を癒してくれていた。

Berrywood cottageは丘の中腹に立ち窓からの眺めも最高

Berrywood cottageは丘の中腹に立ち窓からの眺めも最高

ダートムア国立公園について

ダートムア国立公園は大まかには、ロンドンと同じぐらいの大きさに当たる広大な荒野である。標高は高い所で600メートル程、ヒースに覆われた荒野には160以上のトーアと呼ばれる奇岩が突起している。この岩々は、3億7000万年以前に大地深くのマグマがゆっくりと固まり隆起して出来た物で、気が遠くなるほどの長い年月の中で、熱帯気候、氷河期などの気候の変化によって横に大きく亀裂が入り、その姿はまるで巨人が積み上げたかのように見える。この自然の芸術である岩の上に立つと、360度の広大なパノラマが広がり、遠くには海が光って見える。どこまでも続く広い空と大地、そして風によって形を変えていく雲、眼下に散らばる石たちは、人々がここに住み始めた頃から今に至るまでの歴史を教えてくれる。全ての時空がここに共に存在し、地球の中心と今と、そして宇宙としっかり繋がりを感じることができる場所なのである。このトーアと呼ばれる奇岩たちはそれぞれに違った表情を持っている。私もいつか全てのトーアを訪れてみたい。

ダートムアのトーアの上に立つ。まるで積み上げられたかのような岩たちと繋がる

ダートムアのトーアの上に立つ。まるで積み上げられたかのような岩たちと繋がる

石器時代から今へ (ストーンサークル、ストーンロウ、スタンディングストーン)

ダートムアを歩いていると、所々に色々な時代背景を感じることができる。特に石器時代の住居の跡(ハットサークル)や、聖なる儀式が行われていたストーンサークル、ストーンロウ、スタンディングストーンがまだ形を遺して立っている。荒野の中に立つ不思議な石にゆっくり寄り添うと、そこで人々が生活していた様子が、点在する石たちから読み取れる。

大地のエネルギーを拾うダウジング(注)をしながらこの立ち並ぶ石たちの間をゆっくり歩くと、目では見えなくても、確実に大地から流れるエネルギーが石たちに方向付けられていることがわかる。時としてこのエネルギーが私たちの感情を解放する瞬間を目の当たりにする。夏至、冬至などの特別な日には人々が訪れて昔に思いを馳せる。人々は何を願い、何を夢見てきたのだろう。

ダートムアのスタンディングストーンたちと夕陽がとても神秘的

ダートムアのスタンディングストーンたちと夕陽がとても神秘的

ダートムアの湿地帯(ボグ)と底なし沼

ダートムアの大地から湧き上がる水は集まって21の川が海へと繋がる。この川の源流となる場所は「ボグ」と呼ばれる湿地帯でダートムアの中に点在している。特に「ブランケットボグ」は、深い底なし沼の上に草が生い茂り、その上に立つと、大地が上下に波を打つのを感じ、自分の全身がぞくっとする瞬間である。なぜなら、この表面を破ってしまうと深い沼に呑まれてしまうのだ。ところによってはボグの深さは6メートルを超える。私も歩く時はいつもボグの深さを探るために杖を持っていく。すぐ目の前に道路があるのにボグに覆われていてそこを渡ろうとその一歩を踏み出して失敗したことがある。「忙がば回れ」のことわざ通りである。なだらかな荒野だが、地図、コンパス、杖を持たずに歩くのは危険である。

トーアに続くまっすぐな道、でも途中はブランケットボグに覆われている

トーアに続くまっすぐな道、でも途中はブランケットボグに覆われている

ウディコム村の生活

ウディコム村はアガサ・クリスティーのミスマーブルの村のモデルになったと言われ、昔ながらの姿を残している。村の中心に建てられた15世紀の教会は「ダートムアの大聖堂」と言われ、小さな村には見合わないほど大きい。それは1638年のある日曜日、村人が礼拝に集まっている中、雷がこの教会の塔に落ちて何人もが亡くなり、人々は神の怒りに触れたとしてこの教会を立派に高く造り直したからである。そのお話は「悪魔の伝説」として残されている。現在196世帯が住む小さな村で、酪農が中心で春先には可愛い仔羊、子馬そして子牛たちが草原を跳ね回っている。仔羊たちが何匹も集まって一斉に走り出し、また戻ってきて揃って走り出す。そんな、かけっこをしている姿をなんども見かけることができるこの村には、人より羊の数の方が断然多く住んでいる。 

ウディコム村。村の中心に立つ教会

ウディコム村。村の中心に立つ教会

村の農民たちはとても親切で、冬に大雪で村の道が塞がると自分たちの農機で雪を掻いてくれ、時に町まで村の人のために買い物に行ってくれる。村のコミュニティーはとてもつながりが良く、歴史クラブや婦人会そして教会の鐘を鳴らす人など、週に何度も集まっては情報交換をし、高齢者が活躍できる場を作っている。一人暮らしのお年寄りがいれば自然に近所でサポートし合い、生活するのに心配がない。さすがに驚くのは、80歳は勿論90歳を超えたお年寄りが村のパブで働き、お客さんと会話を楽しんでいること。彼らも村のコミュニティー活動を支えている。この村では年齢は数字のみで意味をなさないように見える。86歳でも夫婦で時々セーリングに出掛けたり、農家の力仕事をこなしていたり、とにかくよく食べる、そしてよく喋る。婦人会に参加すると、平均年齢80歳を超えているのに、ランチで食べるメニューは肉、魚にチップスを普通に綺麗に食べ切り、更にデザート付き。痩せ細ったお年寄りをほとんど見たことがないほどで、私の今まで持っていた年齢の観念は崩れ、いつまでたってもわたしは彼らに比べたらヒヨコ同然で、教わることばかりである。

村の元気な婦人たちは笑顔がとっても素敵

村の元気な婦人たちは笑顔がとっても素敵

コンピュータが進み携帯電話でなんでもできる今。ダートムアは、携帯電話のシグナルもなく、昔ながらの藁葺き屋根の家が立ち並び、冬は暖炉で暖を取る。まるで世界から置いていかれたかのようであるが、海外から来た私でさえ受け入れてくれ、困った時にはいつでも手を貸してくれる。お年寄りがいつまでも元気に活動でき、やりたい気持ちをサポートしてくれる。そんな環境がここダートムアにある。

注)ダウジング:昔から水脈や鉱脈を探すために使われ、英国ダウジング協会が公に認めている。近年では、発掘調査時に使われる。


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