カンボジアと出逢って変わった私の人生

カンボジア・プノンペンにある「くっくま孤児院」の子どもたち

カンボジア・プノンペンにある「くっくま孤児院」の子どもたち

皆さんはじめまして。森絵美子と申します。昨年、12年住んだ大阪から、東京の町田市に引っ越してきて1年がたちました。

私が代表を務めておりますNPO法人Globe Jungleは、現在カンボジアで「くっくま孤児院」を運営しています。他にも、学校の建設、貧困村に住む女性たちの就労支援、「夢カナエルプロジェクト」、「奨学金パパママ大作戦」など、カンボジアの子どもや女性たちを様々な形で応援している団体で、活動をはじめて今年で17年目になります。現地で事務所を立ち上げた当初は、3年ほどカンボジアに住んでいました。

小さなガッツポーズの連続

この活動を始める前の私は、カンボジアの小さな村で日本語教師、その前は、世界中35か国をバックパッカーとして一人旅していた若者でした。20代後半の時、6年間勤めていた企業を辞めて、大きなリュックを買って、行きの飛行機のチケットだけを握りしめて日本を出発。その後、国から国へと渡り歩きました。

当時は、まだまだスマホもない時代。ガラケーでLINEもない時代。図書館で借りてコピーした、「地球の歩き方」という各国の旅本が唯一の情報源。

22年前の旅の最初は、アメリカ横断。サンフランシスコ空港に着いた私は、大きなバックパックを背負って、街に出るバス停を探します。ところが、当時英語もたいして話せなかった私は、バス停がどこにあるのかさえわからない。そんなドキドキの旅の始まりでした。

何度も成功と失敗と、また成功と、小さいガッツポーズを繰り返して、次の目的地へたどり着く。旅は小さな成功体験の連続でした。わからないことを人に聞いてみたら、みんなが助けてくれて、ありがとうと笑顔が生まれる。その小さな成功体験を繰り返し重ねていたら、何とかならないのではと思っていたことも何とかなって、私なかなかやるじゃん、と少しずつ自分に自信がついているのがわかりました。

カンボジアとの出逢い

だいぶ端折ってしまいますが、アメリカ横断のあと、南米の旅、オーストラリアでのワーキングホリデー、アジア大陸と東南アジアの旅を経て、私はカンボジアと運命の出逢いをします。旅に出てじつに35か国目で、カンボジアにやっと出逢うことができました。

ベトナムからカンボジアへ、歩いて陸路で国境を超えると、農作業をしているカンボジア人たちに出会いました。遠くを歩いている私たちを見つけると、おーい!と手を振ってニコニコ挨拶してくれます。スラムやごみ山に行くと、子どもたちがわんさか集まってきて、遊ぼう遊ぼう、と手をひっぱります。気づくと、ちびっ子たちが3人くらい私の上にのぼってくる状態。

もう、日本人の垣根なんて、ぴょんぴょん飛びこえて、あたかもそんな垣根なんて最初からなかったかのよう。みんなボロボロの服を着てるけど、キラッキラした目をしていて、人懐こくてとっても可愛い。どこの家の子どもなんて関係なく、子どもたちを見守るスラムの大人たちも、みんなニコニコ。みんなでみんなの子を育てる。それを意識した瞬間でした。

貧困の国って、もっと可哀そうでみんな悲しい顔をしているものだ、と勝手に想像していた私の概念はすぐに崩れ、カンボジア人の明るい笑顔に心をわしづかみにされて、どんどん居心地のいい国になっていきました。

「本当のしあわせってなんだろう」、「貧しいのに、どうしてカンボジアの人たちはみんな笑っているんだろう」――。その答え合わせをしたい、と思うようになりました。私も、若いころは、ブランド品のバッグを買って、物ではかる幸せを追い求めていたこともありました。でも、本当の幸せは、違うところにありました。

カンボジアは仏教国なので、昔から「徳を積む」という言葉の意味が自然と人々の身についています。誰かのために動いたら、まわりめぐって自分に戻ってきて、自分もまわりも幸せになる、という考えのもとでみんなが行動しています。大好きなケーキを、「あーん」とまず私に食べさせてくれる子どもたちに出会い、なんて素敵なんだろう、と感動しました。

村の子どもたちと

村の子どもたちと

カンボジア支援を行う理由

カンボジアの首都プノンペンにある「くっくま孤児院」には、当団体副代表の日本人女性の美和が、子どもたちのお母さんとして現地駐在しています。10年以上、25人くらいの子どもたちとずっと一緒に暮らしています。彼女の子どもたちを無償の愛で包みこむ姿は、同僚ながら、本当に美しいなと心から思います。

もともと、隣の家の人が困っていたから、ちょっとお手伝いする感覚で初めたこの活動が、こんなに長く続くとも思っていませんでした。夢中で活動していたら、いつの間にか16年が経過して、たくさんの方から応援していただけるようになりました。

私が支援を始めたきっかけは、カンボジアの小さな村で日本語教師ボランティアをしていた時のこと。その活動が楽しくて楽しくてしかたがなくなっていたころ、その村で井戸がなくて困っている人々の姿を目撃したことでした。そして、朝も昼も何も食べずに勉強しにやってきて、キラッキラした目で一生懸命机に向かっている村の子どもたちに、プリントやパンを分けたのがきっかけでした。

くっくま孤児院の子どもたち

くっくま孤児院の子どもたち

出逢いって本当に面白いですよね。35か国旅した先で出逢ったカンボジアで、私は村の子どもたちと出逢いました。当団体の副代表を務める美和は、日本からカンボジアにやってきて「くっくま孤児院」の子どもたちと出逢い、今はお母さんとしてカンボジアに住んでいる。人生何がおきるかわかりませんね。

今日までに、当団体を通じてたくさんの方が孤児院や村を訪問してくださり、今やリピーターが続出する人気のスタディツアーになりました。その方たちの人生までも変えてしまう魅力が、カンボジアにはあります。

運営している村のフリースクール

運営している村のフリースクール

自己肯定感をあげる

今、世界中の若者にアンケートをとると、日本の若者は自己肯定感が低いという統計が出ています。それってなんでかなぁ、と考えます。

旅やカンボジアのおかげで、少しずつ自己肯定感が上がった経験をした私は、こう考えます。誰しもが、小さな頃から、小さな小さな成功体験を繰り返して、その度にガッツポーズを繰り返してきたんです。ハイハイから立てるようになって、転んで起き上がって、立って歩いて。目に見えないガッツポーズを誰もがやってきたんですよね。

でも、いつしかその小さいガッツポーズを親に見てもらえなくなり、自分でも意識することがなくなり、本当は小さな成功体験を繰り返しているのに、小さなガッツポーズが目に見えなくなっていく。親や大人が出来ること、それは、子どもの出来ないところ探しではなく、他の子と比べるのでもなく、小さな成功体験だけを見てあげること、我が子と一日何回もハイタッチをしてあげること。同時に、親や周りの大人たちも、自分自身の小さなガッツポーズを見落とさないようにすることだと思います。

自己肯定感を上げるためには、小さくてもいいので何かに挑戦して、小さくてもいいのでガッツポーズを常に意識することではないかなと思います。私は、カンボジアで孤児院を運営していますが、仲間と共に子どもたちを育てる時に常に意識していることは、その「小さなガッツポーズ」を見落とさず、一緒に喜ぶことです。

今日も、世界のどこかで、私は小さなガッツポーズを繰り返していきたいと思います。

学校建設表彰式で。右は筆者

学校建設表彰式で。右は筆者


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