アファーマティブ・アクション違憲判決に思うことーーRacial Equityについて

大学入試におけるアファーマティブ・アクションの違憲判決

今年6月29日に米連邦最高裁判所が、大学入試において人種を考慮するアファーマティブ・アクションを違憲とする判決を出した。ハーバード大学とノースカロライナ大学のチャペルヒルが大学入試において人種を考慮する(ハーバード大学ではアジア系学生が逆差別を受けているとした)のは違憲であるとする白人の保守派活動家が組織する団体の主張を支持したのである。この判決には本当にがっかりした。私が住むシアトル郊外のベルビュー学区での経験をもとにRacial Equityについて考えてみたい。

Racial Equityとは

1985年から米国に住む私は、1998 年半ばに、ニューヨーク市からシアトル郊外のベルビュー市に引っ越して子育てをしていた。当市は白人の住民が多かったが、マイクロソフト、アマゾン、スターバックスなどの急成長、アジアから近く教育レベルが高いので韓国人や中国人が多く移住したことなどによって人種の多様化が急速に進み、ベルビュー学区もアジアからの移民及び英語が母語でない生徒数が急増した。経済発展に伴いエッセンシャル・ワーカーも増え、そこに携わるラテン系の子弟も増えた。ベルビュー学区は、教育レベルが高いとの評判があったが、総生徒数の3%程度の黒人、12%程度のラテン系生徒の成績は、白人(45%)とアジア系(33%)生徒の成績と比べて大きな差があった。その理由を分析し、ギャップを縮めるための方策を学区に提言するためのアドバイザリー・グループEquity for Children Collaborativeが作られ、学区全体や自分の子供が通う学校で英語が母語でない保護者のサポートのボランティアをしていた私は、そのメンバーになるよう招待された。私がRacial Equityという言葉に初めてふれた2013年のことである。

裕福な地域と思われているベルビューだが、分析していくと、無料及び低価格ランチ提供率が高い地域があり、そうした地域では非白人や英語が母語でない生徒の率が高かった。経済的に恵まれなければ、子供の勉強をみる時間や余裕がない、英語ができない親は子供の勉強をみることはできない。ラテン系の中には英語はおろかスペイン語の読み書きもできない保護者がいるということもわかった。教育格差は経済格差に原因があり、経済格差は人種の差によることが大きい。

歴史的な背景から、白人は経済的に恵まれている確率が高く、黒人は奴隷制度廃止後も差別を受け続けたり資産蓄積機会に恵まれなかったりで、2019年の数値に基づくFRBレポートによれば、純資産の中央値は、白人$188,200、黒人$24,100、ラテン系$36,100である。白人の純資産は黒人のそれの8倍だ。アジア系の資産は、白人のそれよりは少なく、黒人、ラテン系のそれよりは多いということである。経済格差が人種と関連していることは否定できない。教育格差は経済格差によることが明らかで、経済格差は人種と深い関連がある。教育分野でのEquity-公正さを達成するためには、Racial Equity-人種的な公正さを考慮せざるを得ないのだ。

教育分野におけるEquityの日本語訳は難しい。「教育における公正や正義」と訳しても、説明が必要だ。日本人はほぼ単一民族で比較的経済格差も小さいので、スタート地点は同じに近い。ある程度平等に機会を与えられているので、成績は本人の努力によるといえる。米国では、経済的に恵まれて環境が整っている生徒と、経済的に恵まれなかったり英語が母語でない生徒は、最初から同じ土俵に立っていないのだ。私は、学区の経済的に恵まれていない地域の小学校5年生のクラスのボランティアを何年も続けているが、高校をドロップ・アウトするのではないかと予想される生徒が毎年何人かいる。伸びるかもしれない才能の片りんがあっても、本人の努力だけでは高校卒業まで持続していけないのだ。

アジア系学生は逆差別されているのかーー米国の歴史を知ることの重要性

米国では、公立学校でもテストを受けて一定以上の成績(トップ3%など)を収めた生徒は、「ギフテッド・プログラム」という飛び級をしたり、内容が濃い特別なカリキュラムを受講できることが多く、ベルビュー学区も例外ではない。こうしたテストの受験は保護者推薦によることが多く、裕福で教育熱心な保護者の子供が多数推薦され、結果的に白人とアジア系生徒ばかりがギフテッド・プログラムに在籍する。ベルビュー学区は人種による成績ギャップを是正するRacial Equityの方策を制定するために、保護者の意見を反映させる目的でRacial Equity Forumという一般市民が参加できる場を設け、ギフテッド・プログラムを例にしてスタート地点が同じでない生徒にはサポートする必要があるとRacial Equityを説明した。

当時、中国からの裕福な移民が急増し、中国国内の厳しい受験戦争を経験した教育熱心な彼らは、ギフテッド・プログラムに子供を入れることを目的にベルビュー学区に移住した人も多かった。中国人の親の中にはRacial Equityの説明を聞いて、自分の子供の席が減るのを恐れ、5回にわたるForumでは、学区職員の説明を怒声でさえぎったり、「教育に関心がなく努力もしない黒人やラテン系の生徒が、努力している子供たちの機会を奪っている」という主張を繰り返す人もいた。

6月に違憲判決が出た後に、難関校の大学入試で有利な扱いを受けているのはどのような生徒かという調査 が行われ、レガシー(両親、祖父母などが同大学の卒業生)を持つ、奨学金を受給せずとも授業料が払える家庭、才能(スポーツ、音楽など。才能を育てるためには多額の投資が必要)を持つ生徒だということが明らかになった。レガシーであれば白人が多いことは容易に想像でき、経済的に恵まれている家庭の子弟つまり一般的には白人の生徒は、アファーマティブ・アクション違憲前でも有利な扱いを受けていたのだ。大学入試で人種が考慮されなくなければ、裕福な白人生徒は増々有利になる。

簡単に比較してはならないかもしれないが、ハーバード大学の前で「アファーマティブ・アクション反対」のプラカードを持ったアジア系学生と、黒人やラテン系の生徒にギフテッド・プログラムの席を奪われると主張する保護者の姿が重なる。先住民インディアンを征服し、奴隷制度を経て、多人種の移民を受け入れてきた歴史的背景に基づいて、米国の現在の教育システムがある。人種差別を受けてきた黒人の公民権運動に基づいてアファーマティブ・アクションができた。非白人であるアジア系もアファーマティブ・アクションの恩恵を受けてきたはずだ。アジア系がアファーマティブ・アクションに反対するのは、自分の首を絞めることにならないだろうか。

アファーマティブ・アクション違憲判決後の大学入試

米国政府は、9月28日に、「高等教育における多様性と機会を増やすための戦略」というレポー トを発表し、高等教育機関に対して判決に抵触せずに人種及び社会経済的多様性を拡大していくための指針を出した。主な指針は

  1. 小中高、コミュニティ・カレッジも含めて人種的マイノリティが多い教育機関への投資
  2. 人種差別や経済状況による差別など受験生がそれまでの人生で経験したことを入試で考慮する
  3. 家庭の経済状況に基づいた学費援助と透明性が高く簡単な奨学金申し込み制度
  4. 入学した学生が帰属意識を持てる環境を与え、卒業まで継続したサポートをする

である。この指針が効果的に実施されて、大学入試における人種の多様性が推進されることを望む。


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