良くも悪くも英国らしいコロナ対策

英国でも新型コロナの感染者が爆発的に増え、死者も急増し、危機的な状況になっている。2月2週目には9人であった感染者は4月27日現在15万人弱、死者は2万人を上回った。英国の人口は日本の約半分であることに照らせば、大変な数である。

ジョンソン首相は3月23日に食料の購入など以外は外出禁止を命じ、英国は国中が閉鎖状態となっている。英国政府や国民の対応は、いかにも英国らしいすばらしさと欠陥をあらわにしている。

専門知識があったのに対応の鈍かった政府

イタリアやスペインなど欧州大陸で感染が広まり、メルケル独首相が3月11日の記者会見でドイツでは7割の人が感染する恐れがあると強い警告を発し、早急な検査・隔離体制を取ったのに比べ、英国政府はあきらかに対応を間違えた国の一つであった。

9人の感染者が出た当時、保健省は英国の国民医療保険(NHS)制度のコロナウィルス対策は万全であり、医療従事者や患者、市民を守るため繰り返し試されてきた非常に高度な基準に従うことになる、と自信あふれた発言をしていた。ジョンソン首相は2週間の休暇を取り、感染対策会議にも何週間も加わらなかった。

英国には世界中に植民地を有していた大英帝国時代から各国の感染症調査・研究を進めてきた研究所や知識の蓄積がある。英インペリアル・カレッジは感染症研究で知られるが、感染症権威として世界的に知られるファーガソン教授は、今年初めに誰よりも早く中国の感染者数の実態は発表数をはるかに上回っていると警告した。英国は一月中旬に中国がコロナウィルスの遺伝子コードを発表した際、感染を判定する正確な検査方法を最初にあみだした国の一つでもあった。

ファーガソン教授率いる感染症専門チームは3月中旬に数理モデルによる研究を発表したが、これによれば職場や学校、レストラン等の閉鎖、集会禁止などにより人の行動を厳しく制限する対策をとらない限り死者がアメリカでは120万人、英国でも25万人に上るとされた。この調査結果は、新型コロナの危険性をずっと否定していたトランプ米大統領に対策を変更させることに大きく影響した。

ジョンソン英首相もこの調査の発表直後に、行動を厳しく制約する政策にやっと転換した。それまでは欧州大陸各国で学校閉鎖から都市封鎖まで日に日に厳しい対策を取るようになっていたにもかかわらず、英国では規制はゆるく、学校は閉鎖されず、パブには相変わらず多くの人々が集まっていた。検査体制も大きく遅れていた。ドイツや韓国で早期に大量の検査を開始することにより死者を抑えてきたのと対照的である。4月27日現在、ドイツでは100万人当たり24,700人が検査を受けているが、英国では9400人である。4月末までに1日10万件実施という目標は大きく外れそうである。また死者はドイツでは100万人あたり70人、英国では299人と4倍以上になっている。

国民皆保険制度の欠陥

NHSは英国人の誇りであり、政党に関係なく、NHSへの支持は高い。ロンドンオリンピックの開会式のアトラクションでも取り上げられたのを記憶されていらっしゃる方もあるだろう。日本同様国民皆保険だが、違うのは完全に無料という点だ。貧しくとも同じ医療を受けられるのはすばらしいが、タダゆえのさまざまな問題もある。

国民や長期滞在ヴィザを有す外国人は地域のクリニックに登録するが、クリニックの運営は非常に不効率で電話をかけても長く待たされ、なかなか診察予約が取れなかったり、処方箋が指定薬局に届かなかったり間違いもある。治療する側もされる側も費用を心配する必要が全くないため、処方される薬の量も増え、病院では高額の検査でもどんどん行われる。

医者や看護師不足が事態をさらに深刻にしている。医療スタッフの不足数は10万とされる。7割の病院では医者不足、クリニックの医者のポストの15%が埋まらず、不足する看護師数は4万人という数字がでている。背景には人口増加もあるが、NHS制度への不満から辞めるスタッフが多く政府は対応に苦慮している。

新型コロナが発生するはるか以前から病院の救急病棟は受け入れの限界を超えることが多かった。冬になってインフルエンザでも流行れば、患者が廊下に並んだ移動用ベットに寝かされているシーンがたびたびテレビに映し出されるほどだった。病院に到着してから処置までの時間を4時間以内にするという目標は多くの病院で達成できていない。

医療従事者が不足しているうえに、救急病棟にかけこめば外国からの訪問者も含め誰でも平等に無料で診てもらえるという魅力が、医療の第一線に重い負担を強いている。突然具合が悪くなり駆け込んだ市民、貧困国から訪問中で英国の医療を利用するおばあさん、地域のクリニックの医者とアポがとれない人、夜になれば警察に取り押さえられたアル中やけが人もやってくるからである。

こうした事情から政府は検査をあえて増やさないことで判明する感染者数を抑えたのかもしれないが、感染が拡大すればあっという間に医療現場はパンクする。また早くに新型コロナの恐ろしさを察知し、有効な検査も判明していたにもかかわらず、感染拡大に備えた準備は進んでいなかった。欧州連合から人工呼吸器などの医療器材の共同調達に誘われながら参加しないというミスもあった。人工呼吸器不足はもちろん、マスクやガウンなど医療者の個人防護具(PPE)不足が悲しい事態も生んでいる。ジョンソン首相にPPE不足が医療従事者の生命を危険に冒していると訴えたチャウドリー医師はその5日後に感染し、2週間後に亡くなった。

隣近所の助け合い

危機の中、住民の暖かい思いやりが広がっている。英国人は自主性を重んじる国民であるが、女王陛下の90歳の誕生日などの祝賀、そして危機に際し、地域住民が結束して行動を起こす。ロンドンの南部では疲弊した医療従事者が帰宅時にモノ不足となったスーパーで食料を求める姿を見た住民が、NHSのスタッフや老人などの弱者のために食品や日用必需品の寄付を募り、ボランティアがそれを届けだした。支援グループを結束し、地元の大病院と食料配布会社と組み、集まった寄付で経済的に苦しいNHSのスタッフに無料で食品を配っている。

新型コロナ互助グループは全国的に広がっている。政府が緊急体制を発表するはるか前から地域や小さいものでは一つの通り単位でグループを組み、助け合いを広めるちらしを配りウェブサイトを立ち上げている。買い物やゴミ出し、犬の散歩の代行、運動不足解消法から孤立した人々の電話での話し相手などさまざまな支援策がある。オーケストラの一員がドアの外で演奏するという例もある。

国自体も国民のこの精神を活用し、病院への患者の送り迎えや薬の配達、一人暮らしの老人の様子を見に行くなどのボランティアをつのりNHSスタッフの負担の軽減を図っている。

4月8日、エリザベス女王がテレビ演説で英国人の特徴は「自己規律、静かなユーモアの裏の決意、支えあう共感」と述べ、第二次世界大戦中のように団結し、共に苦難を乗り超え「また会いましょう」と当時大流行した歌を引用し、国民との一体感を表し励ました。英国人はまさに新型コロナという敵にも同じ精神で立ち向かっている。

 

 

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