何をもって「Anime」とするか論争

Georgetown University Business Japanese class discussion

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アニメやマンガなど、日本のポップカルチャーは、今や、世界のエンターテイメントの一つのジャンルとして揺るぎない地位を確立しています。アニメ・マンガ愛好家にとっては、エンタメを超越して、生活の一部、あるいは、生きがいになっていると言っても過言ではないでしょう。国際交流基金が定期的に行っている『海外日本語教育機関調査』の2021年度版によると(国際交流基金、2023)、世界の日本語学習者が日本語を学ぶ目的・理由のトップ3は、「日本語そのものへの興味」「アニメ・マンガ・ J-POP・ファッション等への興味」「歴史・文学・芸術等への関心」でした。2018年度の同調査では(国際交流基金、2020)、「アニメ・マンガ・ J-POP・ファッション等への興味」が「日本語そのものへの興味」を抜いて堂々1位にランクされていました。このように、日本のポップカルチャーは、ドラマや音楽ではやや韓国勢に押され気味ではあるものの、世界の日本語学習者にとっては、学習の大きな原動力になっているのです。

「Anime」は日本だけのもの?

このようなご時世の中、先学期、私の担当したビジネス日本語のクラスで、ちょっとした論争が起きました。それは、何をもって「アニメ」とするかという問題です。その議論は一人の学生の問題提起から始まりました。ある学生が、ビジネスケースの発表で、最近、米国をはじめ日本以外の国々で、『Avatar』、『Castlevania』などの「アニメもどき」が蔓延し、正統な「アニメ」の市場を脅かしているという危機感を表明したのです。その学生にとって「アニメ」とは、日本で制作されたものでなければならず、その「アニメ」の手法を真似ただけの、日本とは縁もゆかりもないような作品が横行しているのはけしからんというわけです。

日本のアニメファンからすればなんとも有難きご意見ですが、このような国粋的アニメ論に、自称「アニメ好き」の学生からの反論が炸裂しました。「海外のアニメが日本のアニメを脅かしているという意見は正しくないです」、「まねされることは悪いことじゃありません。なぜなら、世界が日本のアニメの力を認めているからです」、「日本で作らなくても、アニメはアニメです。アニメが世界に広がることはいいことです」、「アメリカには、ヘンだけど、おいしいおすしがたくさんあるでしょう。それは、日本に寿司というすばらしい食文化があるからです。アニメも同じです」など、学生たちは授業で学んだ表現を駆使して、様々な考えを述べました。このようなディスカッションを聞く限り、少なくとも私の教えている学生は、「アニメ」が世界に広がることは決して悪いことではないと考えているようです。

しかし、議論が『英語で「Anime」とは、どのような作品を指すのか』という問題に及ぶと、無知をさらけ出した教員が、言葉の定義にうるさい「アニメ好き」から猛反撃を喰らうという事態が発生しました。「Anime」という言葉は英語としても確立されていますが、私は、愚かにも『Tom and Jerry』も『Popeye』も『ポケモン』も『となりのトトロ』も全部「アニメ」だと口走ってしまったのです。しかし、英語のネイティブによると、米国では、『Tom and Jerry』や『Popeye』は「cartoons」と呼ばれ、決して「Anime」ではないのだそうです。あえて言えば「animated cartoons」。ディズニーのアニメーション映画も「animated films」、あるいは「Disney movies」であって、決して「Anime」ではないのだそうです。

「では、Animeとは何ですか?」と私が聞き返すと、「そうですね。ジブリの作品とか、『鬼滅の刃』とか、日本から来た作品です」という答えが返ってきました。すると、問題提起をした学生が「そうでしょう。ぼくはそう言いました」と、我が意を得たりとばかり、ニヤリとしました。結局、その日は、何をもって「Anime」とするか、納得のいく答えを見つけることができませんでした。後日、週一で行われる日本語会話テーブルに参加した学生に聞いてみたところ、「それはいい質問です。定義はむずかしいです」「英語でAnimeは日本の作品です」と同じような答えが返ってきました。そして、『Avatar』や『Castlevania』のような米国の作品は「Anime」ではない、いや、「Anime」と呼びたくないという意見が圧倒的でした。果たして、英語で「Anime」とは、どのような作品を指すのでしょうか。

やっぱり「Anime」は世界のエンターテイメント

それにしても、昨今のアニメやマンガに関する知識は専門性が高すぎて、白黒で見た『鉄腕アトム』やカラーテレビの『巨人の星』で、のほほんと育った私には、到底太刀打ちできません。今年から全米ジャパンボール大会(日本語・日本に関する知識を競い合う高校生の大会)の問題に「エンターテイメント」というカテゴリーが新設されましたが、その中のアニメやマンガに関する問題は、問題作成に関わった私でさえ、全く歯の立たないものでした。詳しくは覚えていませんが、決勝戦で『うる星やつら』の作者を問う問題が出たとき、スコアキーパーをしていた私は、正直、「こんなニッチな問題に答えられる高校生が存在するのか?」と思ったほどです。しかし、決勝戦まで勝ち残り、ステージで正々堂々と競い合う米国の高校生チームは、すんなりと「高橋留美子」と正解してしまったのです。どちらかと言えば私の世代の作品なのに、「セーラー服を着たやたら豊満な高校生」程度の知識から脱却しようとしていなかった自分の不勉強さをいたく反省しました。

そんな私が、9月から始まる新学期に『Japanese Through Pop Culture (ポップカルチャーで学ぶ日本語)』というコースを教えることになり、今、準備と称して、YouTube三昧の毎日を送っています。このコースの教材として選んだのが『ポップカルチャーNEW & OLD』(花井、2017)という初中級の日本語学習者向けの教科書です。この教科書はやさしい日本語で書かれていますが、示唆に富む読み物がたくさん掲載されています。この本のお陰で、日本の初期のアニメーション(まだ「アニメ」という言葉がなかった時代です)とされている『なまくら刀 塙凹内名刀之巻』(幸内純、1917年)、『くもとちゅうりっぷ』(正岡憲三、 1943)、『桃太郎 海の神兵』(瀬尾光世、1945年)などの作品の存在を知ることができました。そして、それら初期のアニメーションの質の高さと可愛らしさに多大な感銘を受けています。手塚治虫が戦後、空襲で焼け残った松竹座で、学校をサボって『桃太郎 海の神兵』に夢中になり、涙を流したという逸話もうなずけます。世界のエンタメとして大躍進を遂げた「Anime」の原点がこのような優れた作品にあると思うと、感慨深いものがあります。

引用文献
国際交流基金(2023)『海外の日本語教育の現状 2021年度海外日本語教育機関調査より』
国際交流基金(2020)『海外の日本語教育の現状 2018年度海外日本語教育機関調査より』
花井善朗(2017)『ポップカルチャーNEW & OLD – ポップカルチャーで学ぶ初中級日本語』くろしお出版

Georgetown University Business Japanese last day of class

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