背伸びなくして成長なし! 林真理子著「成熟スイッチ」

林真理子著「成熟スイッチ」

林真理子著「成熟スイッチ」

薄くて読みやすく、笑いながらためになる、インテレクチャルとユーモアが詰まった、久しぶりに心に残る本でした。以前から彼女をマークしてはおりましたが、表紙を見るとなんと「日大理事長就任 林真理子」とあります。本当かしらと思ってページをめくってみると、深くていい話が満載。テンポ良くぐんぐん読んでいけます。1982年のエッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」を彷彿とさせるパワーがあり、名言だらけでたくさん下線を引きました。夜寝る前に読み、朝起きてすぐにもっと読みたいと思いました。自分が彼女の年齢と近く、青春時代を蘇らせてくれるからなのかもしれません。彼女が若い人たちに送った人生指南書になぜこれほど惹かれたのか、自分なりに整理してみました。

運命を楽しもう

林さんは人間を形成するのは、仕事だというのです。仕事をするということは、嫌なことがあっても耐え、自分を抑えて苦手な相手とも折り合いをつけていく、理不尽なことを乗り越えるための試練で、人間力を鍛えてくれるというのです。「真面目に働いていること」は自信を持って良いことなのです。アルバイト先のあんみつ屋でトッピングの作業もさせてもらえない落ちこぼれだった彼女が、65歳で日本大学の理事長に任命され、なぜそうなったのか自分でもわからず、「普通は断わるでしょう」と皆から言われながらも、理事長職を自分の使命と腹をくくり、その運命を思い切り楽しむことにしたそうです。彼女の座右の銘「背伸びなくして成長なし」というチャレンジャー精神に大いに賛同します。

さすがコピーライター

すべての表現が生き生きとしていて、ユーモアたっぷりで面白く、臨場感に溢れて、スカっとする読後感があります。こんなに簡単にわかりやすく、腹落ちするような言葉で、人生の重厚さを語れるのはあっぱれです。特に自虐的な表現が笑えます。動き回るのが大好きな自分を「大きな小動物のように」とか、お金の大切さについて語るときは「バブルをひきずっている叔母さん」など、描写が鮮明でコミカルな要素があり、自分にまつわる恥ずかしいことや失敗談を赤裸々に綴っているところが痛快です。

ただでは起き上がらないしたたかさ

ふられた男性との一部始終を『京都まで』と言う小説にまとめ、直木賞作品にするとは、文才もさながら、その立ち直りは一筋縄ではいかず、さすがです。別れ話を持ちかけられた時、4階に住んでいた彼女は「そんなら階段から飛び降りるわよ〜」と叫んだそうです。「そういうところが嫌なんだよ」とズバリ言われ、ただ悲しみに打ちひしがれてくよくよしている場合ではないと思ったそうです。つまずきから即刻立ち直る、悲劇を勝利に変える、したたか女子根性はたくましいの一言につきます。

文豪とお友達

たくさんの文豪や小説家が実名で登場し、彼らとの交流をさりげなく紹介しているのもこの本の特徴です。渡辺淳一、瀬戸内寂聴、宮尾登美子、田辺聖子、有吉佐和子など、家に呼ばれた、レストランでご馳走してもらった、舞踊に連れて行ってもらったなど、とにかく凄いレベルの人に可愛がってもらったエピソードがさらっと紹介されています。彼女の文学好きは「古典を読むべき」という一言によく表れています。『チボー家の人々』『モンテ・クリスト伯』などを「忙しくなればなるほど猛烈に読み返したくなる」なんてかっこいい、私も言ってみたいなあ。

世の中の掟に一家言あり

若い人に対しては、どういう風に世間を渡っていくか、時間厳守や周りの人への気配りなど、社会人として生きていく基本を押さえることの重要性を説いています。彼女が東京に出るときお母様が、「お金も時間もなく、ここまでしかしつけができなかったので、後は自分でやるんだよ」とおっしゃったそうですが、しっかりと家庭で礼儀作法を叩き込まれたに違いありません。ディナーでは誰がどう払うべきか、おもてなしを受けたときにどのようなワインを持っていくべきか、おごってもらったら必ずお礼をするなど、そうした場面で品性が試されると説く話は勉強になります。

彼女の才能は、天から降ってきたものではなく、努力の賜物であることもよくわかりました。本屋に生まれた彼女は、お煎餅とどら焼きを食べながら、ありとあらゆるジャンルの本をむさぼるように読んで育ったそうです。店にあったエロ本を読んでいるところをお母様にみつかってしまい、「本屋をやめる」と脅かされたこともあるそうです。読むのも速い、書くのも速い、面白いもの好きの出たがり屋とくれば、怖いものなし。池井戸潤の『陸王』という小説の中で「社長、最後まであがきますね」と番頭に言われ、「それが人生ってもんじゃないのか」と社長が答えるラストシーンがあります。林真理子さんの『成熟スイッチ』はまさにこの精神に通じるものがあります。ぜひみなさま一読され、感想を語り合いませんか。

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