好きなことを形に

ベストドロップ

ベストドロップ

ワシントンDC郊外のバージニア州で洋菓子・英国紅茶教室を開いて12年目のある日、「好きなことを形に」というテーマで教室のことを書く機会を頂いた。「・・・やりませんか?」と尋ねられたなら、自信がなくても「やります!」とお答えすることにしている私は今回もそう答え、記憶をたどりながら12年間を振り返ってみた。

洋菓子との出会い

大学卒業後、私は幾つかのお稽古事に勤しんだのだが、その一つが某ホテルでの料理、洋菓子 教室だった。ある時、シェフの「本日お教えしたお菓子は、ホテルのロビーでお出ししています 」という言葉にハッとして、帰り際にロビーに立ち寄ると、確かに習ったお菓子がガラスケースの中に並んでいた。専らホテルの美味しい料理と洋菓子を食べることを楽しみにして通っていた私に、ホテルの洋菓子を自分で再現するということが現実味を帯び、私が菓子作りを始めるきっかけとなった。日本ではいつでも美味しい洋菓子を買うことができたのだが、自分で作ったお菓子を「あなたが作ったの?!」と驚かれるのが嬉しくて作り続けた。

1995年に渡米以来、日本人の口に合う洋菓子店だと聞けば必ず買いに出かけたものだったが、 口に合うお菓子はなかなか見つからず、自分で作る方が手っ取り早いと気づくのに時間はかからなかった。以来、自分のお茶うけから子供たちの日々のおやつ、バースデーケーキなど、自分と家族のために何から何まで作るようになり、何度も繰り返すことでお菓子作りの腕は上がっていった。家族は私が作るお菓子を大変喜び、私自身もまた自分が作るお菓子が大好きだ。売られているお菓子がどうも口に合わないと感じたのは、私がコーヒーを全く受けつけない体質で、紅茶、緑茶、中国茶に合うお菓子を探していたためかもしれない。当時は緑茶、中国茶はもとよりリーフの紅茶を探すのも大変で、私はリーフの紅茶や緑茶、中国茶を日本から持ち帰って一人で楽しんでいた。

10年後

その後、偶然、英国茶・中国茶教室を知り、お茶が好きな友人を求めて参加することにした。先生は元々コーヒー党で中国、英国への駐在に帯同されたことをきっかけにそれまでほとんど飲まなかったお茶を学ぶ機会に恵まれ、次の帯同地であるここワシントンDCで教室を始められた方だった。この出会いから、お茶が“学ぶもの、教えるもの”だと知った私は、探していた最後のジグゾーパズルがぴったりとはまったような感覚を覚えた。その先生から「洋菓子教室を開いてみれば」と勧められたことがきっかけで教室を始めることになるのだが、これも「やりませんか?」と言われて「やります」と答えたからこそだった。先生が帯同を終えて帰国され、紅茶をさらに深く学びたいと思っていた私は東京のリプトン・ティー・スクールに通うことにした。日本での一時帰国中、ティーコーディネーターの資格取得に必要な単位を揃えるため、講義スケジュールに合わせて上京、滞在しながら講義を受けるということを繰り返して資格を取得した。

コーヒーを飲めないことに気づいて紅茶を飲み始めたのは高校生の頃だったが、長い年月の間に私の体は既に紅茶についての多くのことを知っていたと思う。スクールでの講義は自分が体で覚えていることを一つ一つ文字情報に置き換えていく作業のようであった。また「紅富貴(べにふうき)」という紅茶の生産者である村松二六氏に頼み込んで、静岡県丸子で茶摘みから製品になるまでの製造の実地体験もさせて頂いた。新幹線で新大阪、東京、静岡を往来しつつ、疲労を感じる間もなく、ただただ、楽しかったという記憶しかない。我ながらすごい情熱だったと思う。好きなことに出会うことは本当に幸せなことだ。こうして私は長い間作り続けてきた洋菓子を紹介する洋菓子教室と、それに続いて、コーヒー文化のアメリカで、自分の周りに紅茶好きを作り出して一緒にお茶を楽しむという下心もあっての英国紅茶教室を始めることとなった。

テイスティングカップでのティーテイスティング

テイスティングカップでのティーテイスティング

我が家での「洋菓子教室」と「英国紅茶教室」

自分が教室を開くなどとは考えたこともなかったため、当初、自分で主宰するならどんな教室にしようかとは考えず、自分ならどんな教室に通いたいかと考えた。私が日本で通っていた教室はホテルの厨房で実習をし、試食はステンレスの調理台をテーブルにして行う殺風景なものだったので、1)自宅で開いているということを生かして、我が家で友人をもてなすような教室にするということ、また、当時、作ったお菓子を持ち帰って家族と一緒に試食が出来れば良いのにと思っていたので、2)お菓子のお持ち帰りできるようにしようと考えた。ビジネスとしての教室経営は念頭になく、「お菓子作りが好きな方、また、紅茶が好きな方との出会いの場を作る気持ちでとにかく始めてみよう、誰も来なければ(クラスを)開かなければ良いだけだ」という気持ちだった。教室はスタートし、その後、少しずつ、より良い形を模索しながら続けることになった。

人気の苺のショートケーキ

人気の苺のショートケーキ

自宅で教室を開くことの利点は、もてなしができるということだ。もてなしとお菓子のお持ち帰りを実現するために、3時間の実習と1時間のティータイムでクラスを構成した。実習で作ったお菓子はお持ち帰り用、ティータイムにはあらかじめ私が実習内容と同じお菓子を作っておいて、お菓子に合わせて私が選んだ2種類の紅茶と共に召し上がって頂いている。そうすることで、それぞれのお菓子を作った後どのように保存し、テーブルではどのように勧めるのか、また、どの温度で召し上がって頂くと美味しいのかも分かりやすく、さらに、お菓子を持ち帰れば家族にも喜んでもらえるだろうと考えた。洋菓子教室で心がけていることは、お菓子の材料や道具が当地で入手可能であること、そして、習ったお菓子を家で再現できるように、レシピに書かれている以上の情報と内容を丁寧に伝えることである。紅茶教室も3時間の講義、実習、ティーテイスティングの後、1時間のティータイムでその回ごとの内容に則した紅茶とそれに合ったお菓子をお出しし、紅茶の茶葉をお持ち帰り頂いている。紅茶教室では学んだお茶の知識をいかに日々の生活に生かしてお茶を楽しんで頂くかを伝えることに努力している。洋菓子と紅茶の両方の教室を開いているからこそできるお茶とお菓子のマリアージュを楽しみにして下さる方も多い。

教室を始めて以来、アンティークショーに通って買い求めたテーブルクロス 、テーブルウェアを使ってメニューごとのテーブルセッティングとコーディネートを心掛けている。また、私は草月流生け花を嗜むので教室の日には部屋やテーブルに必ず花を欠かさない。教室のために生ける花は鍛錬でもあり、楽しみでもある。

テーブルの花

テーブルの花

好きなことを形にすると...

私は積極性、社交性、リーダーシップに欠け、教室を主宰するような性格ではなく(と自分で は思っている)、教室を始めてから数年間は知らない人を自宅に招き入れることに緊張感を覚えていた。教室に来て下さるのは米国永住者、駐在者、専業主婦、職業人、独身者、子どものいる方・いない方、LGBT、 幼少期から世界の色々な場所を転々とされた方、初めての海外生活にストレスを抱えた方などであり、そのバックグラウンドがあまりに多様なため、ティータイムではどんな会話をすれば皆が楽しめるだろうかとあらかじめ話題を準備したものだった。そんな私が、教室のティータイムで様々な価値観に触れ、考えさせられ、教えられ、反省もしつつ、色々な方との会話から自分の人間としての幅を少しずつ広げてきたように思う。今では毎回のティータイムを楽しみにしている。

当初、2年目など考えていなかった教室は13年目を迎えている。その理由を考えてみると、まずは、自分が作るお菓子と自分が淹れるお茶が大好きだということと、そして、人をもてなすことが好きだということだろう。私のお菓子とお茶を同様に美味しいと感じてくれる人がいることを実感できるのが教室であり、そこで出会う方々からの言葉に私が多くの気づきと励ましを得て来たからだと思う。

「教室での日本語のおしゃべりで元気になる」、「教室は色々な情報や友人を得、慣れない外国生活や子育ての気苦労を伴う駐在期間中の癒しと楽しみの場でもあり、その思い出はアメリカ生活の財産となった」、「子供たちが教室で習ったお菓子を喜ぶ。これからも家族のために作り続けていく」――。これまでに頂いた言葉から、私が作り出している時間と空間が癒しと励ましになり得ること、お茶やお菓子には人を元気にする力があり、自分がその一旦を担い、人を喜ばせることができることに気づかされたことは大きい。好きで作り続けてきたお菓子と毎日欠かせないお茶が、教室を開いていなければ出会うことがなかったであろう多様な人たちとの出会いへと私を導き、成長させてくれたことは間違いなく、その出会いには感謝してもしきれない。“好きなこと”は形にしても良いし、しなくても良いと思うが、“好きなこと”を形にしたことで私自身が色々なことに挑戦する機会を得、人生が豊かになったことは間違いない。今回、私に“好きなこと”とのこれまでを考える機会を下さったVIEWSに感謝したい。

紅茶教室のアドバンストクラス・アフタヌーンティーパーティ

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