イケバナ(IKEBANA)のススメ

ジェーン先生にいただいた青磁の瓶に生ける

ジェーン先生にいただいた青磁の瓶に生ける

イケバナとの出会い

学生時代はバスケットボールに熱中し、卒業後は仕事が楽しくてたまらなかった私にとって、華道とか茶道はまったく縁のないものだった。たしなみとして何か和の習い事をしておけばよかったと今更ながら思うが、当時は当時で熱中するものがあり、それなりに多忙な日々だったうえ、将来日本を離れることになるとは想像だにしていなかった。その後アメリカの大学院を修了し、就職、結婚を経て、ワシントンDCの郊外に永住することになった。

イケバナとの出会いは、結婚した相手の母、すなわち義母が、小原流いけばなの元師範であったことによる。義母に勧められ、義母からお花を習いはじめた。今思えば、最初はさぞかしやる気のない生徒だったと思う。私自身は二人の子どもの育児に忙しい時期だったし、義母はすでにイケバナから引退していた。そのためお稽古の日時も決まっておらず、できるときに何回かお稽古があるといった、ゆったりとしたペースで花を生けていた。自分のために花をいろいろ買うのも気が引けたので、生け花の知識も十分ないまま庭に出て枝や花を切り、花材として使ったりもした。

そのようなあまり形式ばらないお稽古を10年近く続けたある日、そろそろ現役の先生について本格的なレッスンに切り替えてみようと思い立った。気がつけばお花を生けるのが楽しくなっていた。いろいろな流派があるなかで、やはり続けるなら馴染みがある小原流がよいと思ったし、小原流の写景盛花(しゃけいもりばな)という自然の景色を写し取ったようなアレンジメントがとても好きだった。

小原流・写景盛花(しゃけいもりばな)の例(秋の風景)

小原流・写景盛花(しゃけいもりばな)の例(秋の風景)

ジェーン先生との出会い

そこでインターネットを通して小原流の先生を探してみた。が、どうもはっきりせず、わかったのは「いけばなインターナショナル」という団体が、ワシントンDCに支部を持ち、定期的にイベントを開催しているらしいということだけだった。そこへ行けば何かわかるかもしれない。思い切って出かけたランチョン・イベントは誰一人知る人もおらず心細かったが、勇気を奮って同じテーブルの人たちに「小原流の先生を探しているのだけど・・・」と聞いてみると、「あちらのテーブルに小原の人たちが座っているから、紹介しましょう」と引き合わせられたのがジェーン先生だった。2012年のことだ。

後で聞くと、その当時、DC近辺で初心者を受け入れてくれる小原流の先生は彼女しかおらず、まさに、自分が求めていた先生と出会うことができた。余談だが、イケバナがアメリカで流行った1950年代~80年代は、小原流ワシントン支部は多くの会員を抱え、花展やセミナーなども頻繁に行われていたらしい。いけばなインターナショナルのワシントンDC支部も、小原流の師範だったエレン・ゴードン・アレン女史によって1956年に創設された。米国でのイケバナ熱を受けて、小原流では日本からニューヨークに専門教授を赴任させていたほどだった。その教授の下で熱心に学んでいたのが、ジェーン先生や義母をはじめとする当時の会員たちだった。それが2000年代以降は、DCの小原流は随分とこじんまりしたグループになっていた。初心者を受け入れてくれる先生がひとりしかいないというのは実はそういう事情があったのだ。

ジェーン先生の作品(2015年)

ジェーン先生の作品(2015年)

ジェーン先生は60代の白人のアメリカ人で、ご主人とともに韓国に駐在した際にイケバナと出会い、それ以来ずっと続けてきたという。とても優しく、誰に対しても細やかな気配りをされる謙虚な方だった。積極的に人前で話をしたり、イケバナのデモンストレーションを率先するようなタイプの方ではなかったが、生けるお花のひとつひとつが可憐でとても綺麗だった。2017年に病気で急に亡くなられたが、亡くなられる前、自分の生徒ひとりひとりに対し、「これからも頑張ってね」と手書きの手紙をしたため、手持ちの花器をひとつずつわけてくださった。私がいただいた花器は、青磁のすらりと美しい花瓶で、この花器を見るたびに先生のことを思い出す。

ジェーン先生にお世話になっていたころは、私はまだ初心者の域を出ず、また、仕事と育児で忙しくしていた時期とも重なっていたため、積極的にお花の勉強に取り組もうといった強い気持ちはなかった。それなりに楽しんではいたが、イケバナがこんなに大好きになるとは夢にも思っていなかった。先生が今の私を見たら、きっと心から喜んでくださったことと思う。

アリス先生との出会い

ジェーン先生が闘病生活に入られてから亡くなられた後しばらくは、お稽古がまったくない状態が続いていたが、気を取り直して次の先生を探すことにした。小原流ワシントン支部の幹部の先生に相談すると、その先生の教え子を勧めていただく運びとなった。アーリントンに住むアリス先生である。お稽古のために、アリス先生のご自宅へ通う日々が始まった。アリス先生もアメリカ人で、日本への出張が多かったご主人がまずイケバナを知って、彼女に勧めたのがきっかけだったという。

アリス先生は、自称「小原の異端児」である。もともと地元のガーデンクラブでも活発に活動されており、草木の名前や種類に大変詳しい方で、イケバナに対する考え方や教え方もトラディショナルにしてユニークなところがある。彼女は「イケバナはどんどん進化しているので、教える者は常に自分が勉強しないといけない」と言って、全米各地での勉強会には可能な限り積極的に参加し、最新の情報や様々なテクニックを生徒に教えている。私もいくつかの勉強会やイベントに同行させてもらい、とても良い経験になった。

「うまくなりたければ、どんどん自分から外に出てお稽古を受けたり、お稽古以外の経験も積まないとダメ」、「教えるという作業を通してこそ上達していくものだから、教える側の準備とか心構えなどを今から少しでも考えたほうがよい」ともおっしゃる。(こういうところがまさに「異端児」。)イケバナや教えるということに対する志の高い方から学ぶことは、大変楽しく、貴重であり、刺激にもなる。アリス先生から教えていただいたことに感謝しつつ、いずれは自分も何らかの形で還元するべきかなと思うようになった。

アリス先生もイケバナの衰退には危機感を持っていて、「生徒を育てないと教授者も増えない、教授者が増えないと生徒も増えない」といつも話していらっしゃる。その通りなのだが、現実には残念ながら、現在DC地区の小原会員の老齢化は進み、教授者の数が減っている。それはまた他の流派でも、そして日本でも起こっている現象なのかもしれない。

イケバナのススメ

イケバナは、もともとはお花の生け方の勉強だ。それはとても奥が深く、実に幅の広いものである。具体的には、「レッスンを受ける→さまざまな型やテクニックを習う→お稽古で習得した型やテクニックを自分なりに復習する→さまざまな作品を写真や展覧会で見て研究する→いままで気がつかなかった発見がある→同じ花材を使って、あるいは違うものを使って、自分で試してみる」という感じだ。お花の生け方は実に幾通りにも楽しめるので、学び甲斐がある。自分が属する流派以外の作品を観賞したり、習ってみる経験も、いずれは自分に何らかの形で戻ってくる。

そして、「花を生ける」ことから広がる植物の世界もとても魅力的だと思う。「レッスンを受ける→季節の植物についての知識が増える→自分で育てられるか、調べてみる→実際に育てられそうなら苗を買って一喜一憂しながら育てる→次の年にはもっとよく育つようにさらに研究を重ねる」という楽しみもある。ガーデニングは自己流なので、ときには植物を枯らしてしまったり、鹿に食べられてあっけなく終わってしまうこともあるが、お花を習うようになって、季節の移り変わりや草木の小さな変化に敏感になったと思う。実際、ガーデニングはお花を生けるのと同じくらい楽しく、土砂降りや大雪の日以外は短時間でもほとんど毎日庭に出る。もし自分のクローンがいたら、そのクローンは、フルタイムで我が家専門の庭師をしているに違いないとまで確信するほどだ。

また、お花は和洋の絵画の世界やお茶の文化、歴史の世界にも繋がっていて、そこからさらに地理、文学、陶芸、アート・デザイン全般、旅行や読書の楽しみなどにまで広がっていく。美術館で絵画を見ても、植物の描かれ方や、どんな草花がその地方やその時代に植えられ、人々に愛でられていたかなども調べてみるとおもしろい。さらに色の使い方や構図の取り方に着目して鑑賞するのも勉強になる。文学に登場する草花や、登場人物の草花への思いなどを読むのも楽しいし、また、花器に限らず、うつわとかオブジェを見たり集めたりする楽しみも増える。

さらに、イケバナを通じて出会った各地の人々との交流も貴重だ。同じ趣味を持つ者としての親近感もあるし、話もあうことが多い。イケバナは、年齢に関わらず、誰でもいつでも始められる。歳をとってもできるし、どこに住んでいてもできる。細く、長く、または太く、長く、ライフスタイルに合わせて楽しめる。ひとりでも出来るし、たくさんの人と関わって何かを作りあげることもできる。イケバナに関わるようになって、そういった小さな楽しみがたくさん増えた。そして、そういった小さな楽しみは私の人生を­­­­豊かにしてくれていると思う。

小原流のこと、いけばなインターナショナルのこと

小原流5世家元・小原宏貴(2016年、NAOTAカンファレンスにて)

小原流5世家元・小原宏貴
(2016年、NAOTAカンファレンスにて)

小原流いけばなは1895年(明治28年)に、池坊の教授だった小原雲心によって盛花(もりばな)という新しい生け方を創始したことに始まる。それまでは花瓶に高く花を生けるのが主流であったが、盛花は平皿に花を盛るように生ける形だ。現在、雲心の孫の孫にあたる5代目の家元が活躍している。その5世家元が初めての個展の開会の挨拶でこう言ったそうだ。「花をいけることが大好きだという気持ちについては、誰にも負けないという自信があるので、作品を通して、いろいろな人に訴えることをがむしゃらにしていきたい」――。このことを聞いたとき、家元と自分を比べるとはなんとも恐れ多いが、私は即座に、花をいけることが大好きというのは私も同じだと思った。そしてもうひとつ、そういう素直な気持ちをまっすぐ公言できる家元のもとで、お花のことに関われるのは心から嬉しいことだと思った。この言葉は、彼が24歳の頃のものだ。家元として本格的な活動をはじめた頃で、いろいろなプレッシャーがあったであろう時期に、こういう元気で前向きな発言があったと聞いて、まず何よりほっとしたし、その率直な気持ちを応援していきたいと思った。日本でも、イケバナ人口が減っていると耳にして久しい。それでも、こういう元気な家元たちが頑張っている限り、日本のイケバナもまだまだ大丈夫と勇気付けられている。

一方、いけばなインターナショナルは日本に本部のある非営利団体で、各国各地に支部があり、小原流、草月流、池坊など流派を超えてイケバナに携わる人たちの情報交換と交流の場を提供している。ワシントンDC支部の場合は、年に3回のデモンストレーション・ランチョンや数々のワークショップに加え、4月には恒例の花展が開催される。多くのイベントは一般公開なので、ご興味のある方はぜひ一度参加されてみるとよいと思う。DC支部の会員は大多数がアメリカ人女性で、聞くところによると平均年齢は50何歳とか。日本人でない人たちが、日本のイケバナを推進している姿は興味深いし、ありがたく思う。そして、ここでも様々な方との良い出会いがたくさんあったことも記しておきたい。

最後に

私の作品(2019年)

私の作品(2019年)

私は、義母を通してイケバナと出会い、その後、先生たちに恵まれ、今イケバナの世界をとても楽しんでいる。イケバナが大好きという思いを他の方たちにも知っていただけたら純粋にうれしく思う。人にはそれぞれ向き不向きがあるし、時間の制約もあるから、誰もが楽しめるものではないのかもしれない。それでも、イケバナは日本人なら比較的入りやすいものだと思う。海外に住んでいると、新鮮な花を多くそろえている良質のお花屋さんが近くにないなど、日本にいる時とは違う不便さもある。一方で、自宅の庭で植物を育て、いい意味で型にはまらず、いい意味で自由に花を生けることに挑戦するという楽しみもある。そして、イケバナは私にとっては、遠くなってしまった日本と自分を結びつけるよい媒体になっているとも思う。この原稿を通して、少しでもイケバナに興味を持ってくださる方が増えれば幸いに思う。

参考

 

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です