柴崎友香「待ち遠しい」– 女性たちの生きづらさに寄り添う物語 

「待ち遠しい」柴崎友香 (毎日新聞出版 2019年)

「待ち遠しい」柴崎友香 (毎日新聞出版 2019年)

毎日新聞の日曜版に連載されていたこの小説が書籍化されるのがそれこそ「待ち遠し」かった。連載の途中で毎日新聞の購読を止めてしまい、結末を知らないままだったのだ。

独身で、29歳からの一人暮らし歴10年になる主人公の北川春子は、美術系の大学を出て現在は「販促用のパンフレットやグッズの製作や、展示会のブースを企画する小規模な会社」で補助的な仕事をしている。物語の舞台は大阪で、春子は大家が住む母屋と同じ敷地に建つ2階建ての離れを借りて住んでいる。高齢だった大家が亡くなり、東京に住んでいた大家の娘、青木ゆかりが母屋に引っ越してきたところから物語は始まる。母屋の裏手には大家の孫がお嫁さんと二人で暮らしていて、遠藤沙希という名前のそのお嫁さんと春子、ゆかりの3人を中心に日々のあれこれが描かれていく。

こう書くとほのぼのとした話を想像しそうだが、そうでもない。まず沙希という女性がなかなかのキャラクターだ。「近頃のやたら人数の多いアイドルグループにいそうな見た目」でありながら、地元の先輩たちとの付き合いを大事にする、いわゆるヤンキーである。そして、独身で一人暮らしの春子に「北川さんは一人暮らしですか?」「変わってますね」、「子どもいないと将来さびしいっていうか厳しいじゃないですか」など、春子がどう取ればいいのか迷ってしまうような発言を繰り返す。ゆかりは東京育ちだが大阪のおばちゃん風の性格で、長く住んでいる春子よりご近所と親しい。夫を癌で亡くし、夫の親族から「専業主婦なのに夫の健康管理ができていなかった」と責められたり、娘とうまくいっていなかったりする。春子自身はあまり怒りなど感情を表に出すことをしない性格。仕事があり、趣味の刺繍や消しゴムはんこ作りを楽しむ現在の暮らしにまぁ満足しているが、周囲からは独身で彼氏もいないのを普通でないことのように言われ、居心地の悪い思いをしている。

春子が尿管結石で入院したり、沙希の「先輩」がリフォーム詐欺に関わっていたりなどの事件が起こりながら、大阪弁のゆるゆるとした(と関東出身の私には感じられる)会話で、女性に降りかかる様々な苦労やトラブルが非常にリアルに描かれていく。

春子自身や春子の周りの女性たちが遭遇するエピソードは、例えば次のようなものだ。

  • 急病になって気を失うほどの痛みに襲われても、「この程度で救急車を呼ぶのは大げさなのではないか」と逡巡してしまう。
  • 上司からセクハラにあっていた同僚を励まし社内で声を上げたが、加害者である上司は異動になっただけでおとがめなし。心ない噂を立てられ自己都合退社に追い込まれた同僚からは、思い出したくないからと連絡を拒まれてしまう。
  • 家事・育児に協力的だった夫が、職場で「奥さんの尻に敷かれている」などと言われ、家のことをやらなくなってしまう。
  • 昔ながらの価値観を持つ両親から、女の子なのだから社会人として頑張らなくてもいいと言われて育つ。父親をそうと気付かれないように立てている母親は、娘にも同様の対応を求める。
  • シングルマザーから、大学を出て正社員で仕事をしているのは本人も努力した結果であることは無視され、「私らとは違う人間だから」と決めつけられる。

こうしたいかにもありそうなエピソードが淡々と綴られていく。この本を読んでいて心地よいのは、著者の物の見方や価値観が共感できるからで、登場人物たちが感じる違和感や不満がとても自然に感じ取れる。私生活を犠牲にして仕事を頑張ることや苦労すること自体を尊ぶ風潮にも疑問が呈される。

登場する女性たちは春子自身もゆかりも春子の同僚や友人たちもみなそれぞれに魅力的である。全編を通じて概ね感じ悪い沙希についても、彼女の考えや行動に共感はできないまでも理解することはできる。一方男性たちはなんとも情けない描かれ方をしている。調子のいいことを言って雑用を女性社員に押し付ける上司、仕事ができないくせに態度は大きい若手社員、妻の気持ち慮るより妻の上に立つことにこだわる夫など、いかにも周りにいそうな残念な男たちが登場する。ゆかりが春子と付き合わせようと目論む五十嵐という男性(酒屋の三代目で、仕事はそこそこにして喫茶店でギターの弾き語りなどしている)が唯一好意的に描かれているぐらいである。女性読者は、仕事の有無や未婚・既婚にかかわらず「あー、分かる。こういう奴、いるいる」と我が事のように感じられるのではないだろうか。

ある意味それぞれが落ち着くところに落ち着いて大団円を迎えるラストは少しもの足りないとも言えるが、人と比べて落ち込んだり、周りの人の言葉に振り回されたりしなくていいんだと改めて感じさせてくれる一冊だと思う。疲れたときや落ち込んだときに甘いお菓子とおいしいお茶でほっとするように、この本を手に取ってみてはいかがだろうか。

 

 

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