社会に貢献できる喜び
「アクティブ・シティズン」を自認するアメリカ人はボランティアへの参加意識が高く、私は、アメリカ在住中に、ボランティア活動の大切さを教えられた。2016年に日本へ居住地を移した後も、いくつかのボランティアグループに頭を突っ込んでいる。ここでは私が参加している一般社団法人カレッジ・ウイメンズ・アソシエーション・オブ・ジャパン(CWAJ)についてご紹介しようと思う。
CWAJとは
CWAJの設立は、1949年まで遡る。アメリカ東部の名門女子大マウント・ホリヨーク・カレッジを戦前に卒業した日米の同窓生たちが日本で再会し、敗戦国日本の将来を担う若者たちの米国留学を支援しようと、マウント・ホリヨーク・クラブを立ち上げたのが始まりである。
戦後まもない頃、奨学金を受けて米国に留学しようとする日本人学生にとって、渡航費用を捻出するのは容易なことではなかった。そこで、同クラブは日本人留学生のために渡航費支援プログラムを立ち上げ、アメリカに男女の留学生を無事、送り出したのである。その中には、日本アイ・ビー・エムの椎名武雄氏や、ハリウッドで活躍する奈良橋陽子氏らも含まれていた。その後、1963年には正式名称をカレッジ・ウィメンズ・アソシエーション・オブ・ジャパンとして、今日に至っている。
CWAJ現代版画展
ニーズの変化とともに渡航費支援プログラムは1972年に終了。海外の大学院に留学する日本人女子学生のための奨学金制度を立ち上げた。その後、奨学金の種類も増え、1956年から続くCWAJ現代版画展の純益は、CWAJ奨学金と教育プログラムに充てられている。版画展は、CWAJの一大イベントであると同時に、版画家奨励賞、ヤング・プリントメーカー賞などを設立し、若い版画家を支援する役割も担っている。今では、国内最大級の版画展となり、海外展もおこなっている。2007年にはワシントンDCの米国議会図書館で開催され、終了とともに展示作品は同図書館の永久収蔵品となった。
視覚障害者との交流の会
CWAJは版画展ばかりではなく、幾つかのグループに分かれて活動している。私は入会していきなり、1976年から続く視覚障害者との交流の会の責任者になってしまった。筑波大学附属視覚特別支援学校では、実用英語検定(英検)のためのモック(模擬)インタビューの開催、年2-3回の英会話の集いを行っている。CWAJはそれ以外にも、日本視覚障害者職能開発センターでの英会話授業、日本点字図書館での英会話授業、年3回発行される視覚障害者向けのニュースレター作成などをおこなっている。それぞれの企画は、ボランティアひとりひとりが率先して実行してくれるので、責任者としては楽をさせていただいた。
版画展では、作品の中から数点を選び立体コピーを作成し、「視覚障害者と共に楽しむハンズ・オン・アート」を立案・実施している。このプロジェクトに使う版画としては、抽象画を避け、なるべくシンプルで形のわかりやすいものを選んでいる。画家の先生から許可を得て、作品のカラーコピーを作成し、これにさまざまなパターンのシルクトーンを使って、凹凸をつけて行く。美術に造詣の深い会員もいるので、彼女らの意見を聞きながら行っている。こうして出来上がったものを日本点字図書館の協力を得て、凹凸印刷のできるコピー機で印刷すると立体コピーの版画が出来上がるのである。アートに触れられるというユニークなプロジェクトなので人気がある。
コロナ禍ですべてがバーチャルへ移行
CWAJの活動はすべて、約25カ国から集まった約400名の女性会員のボランティアによって支えられている。現代版画展はパンデミック以来、対面での販売中止を余儀なくされた。新しい試みとしてオンラインの販売を開始したが、初めての試みにもかかわらず、国内外から注文が多数あったことは大きな成果のひとつであった。
私が関わっている視覚障害者との英語の集いも、バーチャルに移行せざるを得なかった。コンピューターの通信環境が悪く、参加できない方がいた反面、遠方から参加できたと喜んでもらえる場面もあった。バーチャルになってからさまざまな分野の人を招待して、英語でプレゼンテーションを行なってもらい、その後、小グループに分かれて、英会話を楽しむという形式を取り入れた。最近では、パラリンピック東京2020で日本新記録を樹立した視覚障害水泳選手、石浦智美さんを招待してパラリンピックへ至る道のりについて話して頂いた。石浦さんは、2008年のCWAJ奨学生でもあり、CWAJにとっても誇りである。
実はバーチャルの会は、そんなに簡単ではなかった。視覚障害者と晴眼者とでは、コンピューター操作の問題点が異なり、説明もオンラインであるため、双方で混乱が生じてしまったのだ。オンラインの練習セッションを設けたり、視覚障害者でIT技術に詳しい人にアドバイスをもらったりと、ひとつひとつ問題を解決していった。また、海外からの参加もあり、これはオンラインだからこその成果であった。
「ハンズ・オン・アート」もバーチャルに移行した。視覚障害者に前もって立体コピーの版画を郵送し、それに触れてもらいながら、版画家と共にアートを語るという試みを行った。対面だと、版画展の会場に常時、版画家の先生がいるわけではないので、ボランティアが版画の説明をしていた。初めてのオンラインの試みには、廣田雷風氏の「裸のピアノ」を選んだ。私は、オンラインの技術面でお手伝いさせてもらった。オンラインには雷風氏も参加され、手に取る様に細かなところまで説明してもらえ、質問にも丁寧に答えてもらえた。薄紙一枚の凹凸にもかかわらず、視覚障害者は、鍵盤のひとつひとつ、弦の張りまで感じることができたという。まるでピアノの音色が聞こえてくるようだとなかなか好評であった。
CWAJ奨学金プログラムには、海外留学大学院女子奨学金、外国人留学生大学院女子奨学金、男女学生を対象とした日本で初めての視覚障害学生海外留学奨学金の授与が含まれる。東日本大震災後は、対象をさらに拡大し、福島県立医科大学看護学部、またコロナ禍にあっては首都圏の看護学生にも奨学金を提供している。こうした奨学生の選考もオンラインに移行し、選考基準の設定からインタビューまですべて会員がおこなっている。奨学生の活躍を共有できるのは何よりの喜びである。
チャリティコンサートの企画
一回限りのイベントであるが、視覚障害者の交流の会のボランティアが率先して、世界的に有名なヴァイオリニスト、川畠成道氏を招いて、奨学金のためのチャリティコンサートを企画している。しかし、これもコロナ禍に振り回され、2021年11月の予定が、2022年3月に延期になってしまった。川畠氏は、8才の時に薬害で視覚障害者となり、そこからヴァイオリニストとしての道を目指した奇跡の人である。チャリティなどの社会活動にも熱心で、私たちのチャリティコンサートへの出演を快諾してくれた。さすがにクラシック音楽コンサートはバーチャルではその良さが出ないということで、生の演奏に触れることができることを楽しみにしている。
ここに紹介した活動は、CWAJ活動のほんの一部である。CWAJの素晴らしさはコロナ禍においてもその活動を止めることなく、新しいことへチャレンジし続ける会員たちの情熱である。才能溢れる会員が多く、語学に堪能で、デジタル時代にも対応できる人材が揃っている。また、CWAJの元奨学生が新たに会員になって活動を積極的に推進してくれるのも嬉しい限りである。おかげさまで、CWAJの活動を通じて、少しでも社会貢献できる喜びを与えてもらっていることに感謝している。また素晴らしい人々との出会いもあり私の人生を豊にしてくれている。
紙面も限られているので、この辺で筆を置かせてもらうが、活動の詳細についてご興味のある方はCWAJのホームページを参照していただければ幸いである。また、一緒に活動をしてくださるボランティアは大歓迎である。
基礎医学の研究、医学教育に従事。結婚後はアメリカ、ヴァージニア州に移住。それ以来オンラインで医薬翻訳を続けている。2016年からは主に日本在住だが、日米を行ったり来たりの生活である。CWAJのボランティ以外にも、横浜三溪園でガイドボランティアをしている。