The Science of James Smithson: Discoveries from the Smithsonian Founder

The Science of James Smithson: Discoveries from the Smithsonian Founder (2020) By Steven Turner. Smithsonian Books.

The Science of James Smithson: Discoveries from the Smithsonian Founder (2020) By Steven Turner. Smithsonian Books

「知識の増加と拡散」 “Increase and Diffusion of Knowledge”

これはワシントンDCにあるスミソニアン協会(Smithsonian Institution)の生みの親、ジェームズ・スミソンが彼の遺産と共にアメリカ合衆国に贈った言葉である。生涯一度も訪れたことの無かったアメリカ合衆国に託した、莫大な遺産の使い道を示唆した偉大かつ尊敬すべき言葉である。

スミソニアン協会は、アメリカでは知らない人はいないほど有名な研究施設および博物館群である。しかし、創立者であるジェームズ・スミソンの科学者としての存在、そして特に彼の偉大な功績と実績は全くといっていいほど知られていなかった。これまでに書かれた本は、スミソニアン協会がイギリス人のジェームズ・スミソンの遺産で設立されたことやスミソンの出生と生涯などを記した、いわゆる伝記にとどまっていた。

本書は、忘れられていたスミソンが実は第一級の科学者であり、当時の科学界でかなり認められた存在であったことを証明し、学術的および歴史的事実両面の検証を併せた本である。著者Steven Turner (Emeritus Curator, Smithsonian Institution)の長期にわたる丹念なリサーチにより、論文などの難解な表現を解明し、スミソンの実績とスミソンが真の科学者であったことを証明する初めての、そして唯一の本である。

科学者スミソンの業績はなぜ評価されなかったか

スミソンは優れた化学者であり、鉱物学者であり、地質学者でもあった。母国イギリスおよびヨーロッパで当時最も権威のある王室協会Royal Societyに最年少で受け入れられた。彼は多くの鉱石サンプルを収集し、素晴らしい発見も発表しており、スミソンが発見し命名したスミソナイトという鉱石もある。しかし、彼は今まで、さほど特出した科学者ではないという評価をされてきた。なんと、貴族の道楽科学者、“An Aristocratic Science Dabbler” とまで評されていたのである。18世紀には科学者という呼び名はまだ確立されておらず、Natural Philosopher (自然哲学者)と呼ばれていて、科学は貴族や富裕階級の高尚な趣味でありエンターテイメントだったのだ。

鉱石「スミソナイト」

鉱石「スミソナイト」

なぜそんな評価が現在まで続いていたのか。彼の不運はまず、全ての論文、文献、書類、鉱石のコレクション、その他存在したであろう実験道具や遺品などが、1865年にキャッスルと呼ばれる本部建物の火災により全て焼失してしまったことだ。この本の著者は出版されたスミソンの27の論文を歴史的事実を踏まえて分析し、さらに論文以外に埋もれてしまった功績を探し出すことにした。

スミソンの論文は、それなりに時間をかけて探求しないと、非常に分かりにくいのだった。当時、科学者の間で使われていた実験用語など、スミソン没後すでに50年経っていた国では理解のできない内容が多々記述されていたのである。1879年にスミソニアン協会がスミソンの論文集を出版したが、誰も内容を真に理解できていなかったことを著者は発見したのである。 

また、スミソンは途中で名前を変えていたこともあり、複数の論文の発表者がスミソンと同一人物であると見なされなかったことも、彼の業績が見逃された原因の一つである。

スミソンの業績

スミソンの低評価に疑問を持った著者が調べ上げてわかったことは、スミソンの発見のいくつかは、当時の科学界においても、かなり重要な“すごい発見”であったことである。例えばシリカ(二酸化ケイ素)の特質に関する発見はその一つで、シリカが酸性にもなるしアルカリ性にも変わるという発見は、当時の化学界においても高い貢献を認められていた。

また、スミソンによる電池を使った水銀抽出法があるが、スミソンの電池はスミソンのパイルと呼ばれていた。現在でも「スミソンの電池」と呼ばれる試験方法が使われているのにも関わらず、それがスミソニアン博物館の生みの親であるスミソンの発明であることを誰も知らなかったという事実には驚いた。他の数々の重要な発見が本書の各章に詳しく記されている。 

著者の情報収集リサーチ方法

本書の著者は以下に述べる様々なリサーチにより、スミソンの功績を証明した。

  1. イギリス王立図書館など、現地に何度も赴き当時の科学者やスミソンの友人の手紙などに記された内容からスミソンの生活や功績などを確認。王立図書館はコピー及び写真禁止なので、著者はすべて筆記で複写をした。スミソン初め他の人物の癖のある字体(しかし現代人よりきれいな字体)を読解するスキルも身についたという。
  2. スミソンの直筆

    スミソンの直筆

  3. スミソンがリサーチで訪れた軌跡を辿り、目と体で少しでもスミソンの体験と思考に近づき理解する努力をした。ロンドン、エジンバラ、スタッファ島、パリ、ベルギーの鉱山なども訪れた。
  4. スミソンが残したメモや図面に基き、彼が使った実験道具を著者自ら再建し実験することにより、論文からは伝わってこなかった詳細を確認した。
  5. デジタル時代の恩恵を十分に駆使できたことは著者にとって幸運であった。デジタルソースにもアクセスでき、資料の入手及び閲覧ができた。

化学実験の再現から学ぶ

著者はスミソンが使用した実験道具と同じ材料を使って、彼が行ったほとんどの実験の再現を試みた。当時の実験道具を再現できるスキルが著者にあったことも幸いした。実験再現により、スミソンと同じことを見て体験することができ、彼の論文がはるかに理解し易くなったとある。ブロウパイプによる鉱物の特定方法に関しては、スミソンは高いレベルでこの技術に卓越していた。この特定方法も、実際に再現してみて初めてスミソンの論文に書かれていた意味が判明した。著者制作による道具を使用した実験再現の映像は、このサイトから見ることができる。

詳しくは本書に解説してあるが、ブロウパイプで溶かした鉱物の溶け具合、匂い、色など、いろいろな側面からスミソンは鉱物を特定していたのである。当時は自分の舌で舐めてみたり、かなり危ない方法が使われていて、命を落とした科学者もいたらしい。

興味のある章から

本書の章の順序は、論文が発行された順になっているので、順番に読む必要はないと私は思う。好きなタイトルから読むことをお勧めする。ただし、Introductionは 最初に読むと歴史的背景が分かり、本書にもっと興味が湧き楽しめると思う。

例えば第16章のコーヒー。当時スミソン氏が旅をしながら、いかにコーヒーを楽しんだかなどは興味深い。実際、普通の安いコーヒー豆を使って本書による煎れ方で作ったコーヒーは、大変まろやかなコーヒーであったのには筆者も驚いた。

第3章のTabasheer。タバシャー、竹シリカは日本では竹みそとも呼ばれている。中国では天黄とよばれ、インドでも薬として使われていた。竹の節の中に自然発生する成分で、半分植物、半分鉱物である。竹を切るとミルク状の液体が出てくることがあるが、それが竹の節の中で固まった物質。成分はシリカ70%、カリウムと水と有機物が30%。ポーラス構造という、スポンジ状の物質である。タバシャーも、筆者が初めて聞く物質で、グーグルで調べていくうちに、日本で最初にNATURE に論文を出した、植物学者伊藤篤太郎もタバシャーについて書いていたことを知り、スミソンと日本の微かな繋がりを見つけた。スミソンは権威あるロイヤルソサエテイーのジャーナル(当時まだNATUREは存在しなかった)にタバシャーについての調査論文を最初に発表してるので、伊藤篤太郎もスミソンの論文を読んでいたはずである。 

Tabasheer(竹みそ)

Tabasheer(竹みそ)

スミソンに惹きつけられた著者と筆者

筆者はこの10数年、配偶者である著者ターナーから、スミソンの論文や書簡からの新事実の発見など、家の中ではもちろん、朝晩往復の通勤の車の中、逃げられない状態で毎日聞かされてきた。書評を書くにあたり、内容を知りすぎていて、どのように書いたらいいのか迷いなが書かせていただいた次第である。かなり解説文になってしまったと感じている。

本書に書いていない内部情報!

リサーチ旅行では、著者の大事なリサーチの協力者でボランティアのジェフとフランクら引退した科学者とその夫人たちと共に、思い出深い体験をした。パリからベルギーの鉱山まで車で移動し、その田舎風景はまさにミレーの世界であった。スコットランドでは、スミソンが調査に来たであろう、エジンバラ市郊外の高台で当地の地質学者の案内でレクチャーを受けたりもした。残念ながら、スタッファ島のフィンガルの洞窟探索は、波が高すぎて船が出ず断念した。玄武岩特有の六角柱の柱状節理でできたフィンガルの洞窟訪問に再度挑戦したい。ロンドンの自然史博物館の玄関のデザインはこの影響があるのではと思っている(玄武岩の六角柱に酷似している)。パリの自然史博物館のキュレーターは、当時のいろいろな貴重な資料を見せてくれた。おまけで、マリー・アントワネットの宝石なども見せてくれた。などなど、リサーチ旅行は、筆者の知識に対する欲望と好奇心をどんどん膨らませて行った。

科学に興味のある方もない方も、本書を読んで、当時のヨーロッパの光景、生活、実験風景を身近に感じていただけると思う。パンデミック禍の今、「知識の増加と拡散」を実感できる本書をお勧めしたい。筆者はすっかりスミソンのファンになった。是非とも彼の名誉復活のためにも、本書をたくさんの人に読んでいただきたい。キンドルではオーディオ版もあり、イギリス英語で本書を聞くことができる(著者の声ではありません)。

「知識の増加と拡散」は科学者ジェームズ・スミソンの残した偉大な言葉であり、それはスミソンの残した博物館群を通して、科学者をはじめスミソニアンを訪れた全ての人々によって実現されていると確信しています。

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