本当の自分と調和する生き方

スリランカにある世界遺産の街・キャンディ郊外にて、自然と調和した暮らし。ヨガインストラクターになるための長いトレーニングと実技試験を終えた直後

スリランカにある世界遺産の街・キャンディ郊外にて、自然と調和した暮らし。ヨガインストラクターになるための長いトレーニングと実技試験を終えた直後

読者の皆さま、初めまして。私は「幸せに豊かに生きる方法」をお伝えする癒しとウェルビーイングの専門家として活動しています。現在、スリランカとドバイを拠点に、自分らしく自由に暮らしています。私が自分らしい生き方にたどり着いた背景には、「本当の自分との調和」を目指したことがあります。

本当の自分と調和するまで、私は大きく5つのステージを経てきました。海外生活計28年、6つの国でのエピソードを交えながら、私が考える「自分と調和する生き方」とは何なのかを皆さまにシェアしたいと思います。皆さまがどんなことに幸せを感じるのか、これからどんな人生を歩んでいきたいのかなど、生きるヒントになったら嬉しいです。

ステージ1:キャリアウーマンになる

小さい頃から家族や周りの人のお陰で、外国とご縁のある人生を歩んできました。小さい頃は台北のインターナショナルスクールに通い、色々な言語と環境に囲まれて育ちました。帰国後に通った東京の私立中学・高校は国際交流に力を入れていて、先生たちも少し日本人離れしたファンキーな感じで、私の器をさらに広げてくれました。高校時代にはオーストラリア留学も経験しました。とにかく外国の文化と暮らしに惹かれていた私は、「大人になったら仕事も結婚も子育ても外国でしたい!」、「世界を飛び回るキャリアウーマンになりたい!」というビジョンを10代の頃から持っていました。

日本の大学に入学してからは、国際機関に憧れて開発や政治経済を学びました。国内にいたら平和ボケして、机上の空論だけで終わってしまうと危機感を感じていた私は、休みになるととりあえず日本を飛び出し、アメリカやアジア各地を旅しました。就職を考えていた時期は、世界を飛び回る商社マンに憧れて、上海の大手日系総合商社で長期インターンシップの機会を得て、学生ながら海外で駐在生活を経験しました。大学時代は、とにかく学びたいことを学び、会いたい人に会い、行きたい国に行って、幸せに生きる人たちにたくさん会いました。彼らから学んだことは、幸せとは「自由に生きること」と「家族を大事にすること」であるということでした。この学びが私の原点になりました。

大学卒業後はその学びを活かして、外資系の金融機関にアナリストとして就職しました。職場は外国人だらけ、月に1回は海外を飛び回るという、当時の私にとってとてもエキサイティングな環境でした。アナリストというのは、上場企業の社長や管理職の方に会って、できるだけ有益な情報を集めてそれをわかりやすく整理して伝える仕事です。性格に合っていたようで、毎日がとても充実していました。こうして思い描いていたキャリアウーマンとしての日々を満喫している最中に、同じ業界で働く今の夫に出会いました。

ステージ2:妻になる

夫は外国人ですが、同じ金融機関でトレーダーとして働いていました。性格はのんびりしているのに、仕事のときは急にテンポを上げてバリバリ働く。顔はめちゃめちゃ濃い外人なのに、日本語をペラペラ話す。しかもダジャレがうまいというオチ。プライベートではかなりの大家族で、世界中に家族や友達がいる。すべてにおいてギャップがあって、日本人の私にとってはとても衝撃的で、ある意味宇宙人に遭遇したようなインパクト。キャリアウーマンとして会社のために飛び回ることを一旦やめて、この未知の世界に飛び込んで、自分のために人生を切り開いてみようと思いました。

「外国人と結婚したら輪が広がるし楽しそう!」という持ち前のポジティブさで妻となり、家庭に入りました。夫は自分の家族のみならず、プライベートでも仕事でも結婚前からたくさんの方と繋がりがあり、結婚してからは(ここ1年を除いて)大使館員や駐在員から、スポーツ選手、経営者など、とにかく色々な方を家に招待しては、おもてなしをしてきました。外国の暮らしや文化に憧れていたとはいえ、実際に経験してみないとわからないことがたくさんあると知りました。一番大事な学びは、相手が外国人だろうが友人だろうが有名人だろうが、「本当の自分」とか「自分らしさ」をしっかり持っていないと、人とのお付き合いは想像以上に大変だということです。

外国人は討論することに慣れているので、私は毎回どう会話したら良いのかがよくわからず、政治や経済の話は苦痛でなかなかついていけませんでした。毎回トライアルアンドエラーで反省ばかりしていた記憶があります。キャリアウーマンの頃も背伸びして仕事をしていましたが、妻になってからも、「自分をちゃんと見せなくちゃ!」という思いで、どこかで自分らしくいられないもどかしさがありました。

ステージ3:お母さんになる

第一子となる長男を出産したのは結婚してから2年後でした。はじめての子育てはすべてが新鮮でとても幸せでした。一方で、初めてお母さんになって小さな命を育てるという大きな責任も感じ、「とにかくしっかりしなくちゃ!」という気持ちからスタートしました。

その後すぐに第二子を授かるも、臨月のときに夫がドバイの会社にヘッドハンティングされました。出産後の慌ただしい最中、1歳半の幼児と2ヶ月の小さな赤ちゃんを抱えて真夏のドバイに飛びました。ただでさえ子育ては大変なのに、それをドバイでしなくてはいけないという二重のハードルに直面しました。幸運なことに、ドバイでは日本人ママ同士の関係がとてもフラットで相互に助け合うことができ、本当に救われました。また、ドバイという人種のるつぼで子育てをしたことで、色々なバックグラウンドの外国人と家族ぐるみの付き合いができ、本当に良い経験になりました。

中でも、私にとって最も刺激になったのは、ワーキングマザーたちとの出会いでした。子供達が通っていたイギリス系の学校には、子供を2、3人持つワーキングマザーがたくさんいました。典型的な日本のお母さんのイメージからは程遠く、ドバイのワーキングマザーたちは子供がいても自分を綺麗に磨き上げて、子供を素早く学校に見送り、元気よく仕事に出かけていきます。欧米系のみならず、アラブ系の母親たちも外見がとても華やかで美しく、内面も知的で、精神的に自立している方が多いのです。当時真面目な専業主婦だった私からみると、彼女たちはみんな魅力的で、そのイキイキと自分らしく生きている姿に憧れたものです。彼女たちのことを深く知るに連れ、お母さんになっても仕事を続ける、海外出張も旅行も自由にいくという自分中心の世界を保っていることがよくわかりました。ますますその姿が眩しく見えて、私もいつかまたバリバリ仕事をして、自分らしさを取り戻したいと思うようになりました。

結婚・出産・子育て・家族で海外移住などと、はじめてのことが雪崩のように起きて、ゆっくり心の準備をしたり、自分らしさを考えたりすることが出来ないまま、第三子が生まれました。でも、その頃から周りのワーキングマザーの影響で私にも心境の変化があり、そろそろ子育てや家のことを人に任せて、自分の好きなことを再開しようと自分に言い聞かせていました。

ステージ4:ワーキングマザーになる

ついに憧れていたワーキングマザーとしてデビューする時がやってきました。家にいて家族のサポートをしていても、やはりどこかで家の外に出て、社会のために何かしたいとずっと思っていました。

きっかけは、ある日突然、ママ友の紹介でとても素敵な日本人女性に出会ったことでした。同じく3人の子供を持つその女性は一回り以上年上ですが、私を見て、「家庭に尽くしても本当の自分が満たされることはないから、好きなように仕事して自立しなさい」と言ってくれたのです。経験者に言われるとやはり心に響くものです。この運命的な出会いによって、私は「もう一度自分を取り戻そう」、「外に出て仕事をしよう」と決めました。ドバイに行ってから4年、第三子を出産してちょうど1年が経った頃でした。

すぐに周りの知り合いに履歴書を送り、1週間後にはヘッドハンターから電話がかかってきました。数週間後には、日系最大手の金融機関にとても良い条件でオファーをいただいて、晴れてワーキングマザーとして再スタートをきりました。

ドバイーニューヨーク間のフライトにて。NYでの仕事の合間に、ヨガリトリートにも参加しました

ドバイーニューヨーク間のフライトにて。NYでの仕事の合間に、ヨガリトリートにも参加しました

ステージ5:社会的役割に目覚める

ワーキングマザーとして再スタートを切ったと同時に、もう一つ大きな出会いがありました。親友がお祝いとして、「ザ・シークレット」という世界的なベストセラー書籍をプレゼントしてくれたのです。この本が精神世界への扉を開けてくれたおかげで、自分のなかに眠っていた「目的意識」が一気に目覚めていきました。私は何の目的を持って目の前のことをしているのか、この組織で働いているのか、この家庭にいるのか、お母さんや妻という役割を演じているのか。目の前の人たちからどういう学びがあるのか。そして、この地球に降り立った目的は何か。一冊の本をきっかけに、子育ても仕事もしながら、人生の真理を探っていく旅が始まりました。

追究していけばいくほど内側から何かが解放されて、本当の自分と調和していく感覚がどんどん高まっていきました。これは、悟りの境地にも似た感覚でした。

そこで気づいたのは、私の社会的役割は金融アナリストとして働くことでもなく、母親として子育てをすることでも、妻を演じることでもないということ。本当の役割は、自分と調和して自分らしく生きて、ただ単に幸せになることなのだと気づきました。それだけで自然に周りも幸せになっていくので、「自分らしく生きること」は一番の社会貢献だと気づいたのです。

まとめ:本当の自分と調和する生き方

金融機関を卒業して、私が本格的に「自分を表現する」道に乗り出したのは、今から2年前の2019年のことでした。

それまでは数年間、学んだことを生かして職場で同僚の人生相談を受けたり、コーチングをしたりしていました。そのうち、口コミで相談数が増えていき、人を癒したり才能を引き出したりすることに情熱を感じて、最終的には金融機関を辞めて、そちらを本業にすることにしました。前職を辞めた年はしばらくヨーロッパを旅して、理想のライフスタイルをもう一度頭の中で整理してから、たくさん断捨離しました。また、大都会ドバイからスリランカに生活の中心を移し、ずっと前から憧れていたヨガとアーユルヴェーダを約1年間勉強して、もっと深く自分と向き合いました。コロナの影響で仕事も子供達の学校もほぼオンラインになり、都会からしばらく離れて、大自然のなかで暮らしました。今も、好きなときに山と海を交互に訪れるようなライフスタイルを送っています。

2年前まで、秒刻みのスケジュールで常にいくつもプロジェクトを同時進行し、忙しい現代人のライフスタイルを送っていました。この1年は心ゆくままにスピードを落として、本当に大切なことだけを残しました。そして、大自然のバイオリズムに体を調和させたことで、心身共に癒されました。ヨガとアーユルヴェーダでは、人間は宇宙と自然の一部なので、自分に合った方法でそれらと調和して初めて健康になると教えられています。言い換えると、自分がありのままの自然体でいることで、自然と周囲の環境との調和が取れていき、健康になっていくという考えです。本当にその通りだと思いました。

人生相談を受けるようになってから分かったことがあります。それは、私と同じように結婚や子育てなどの人生のイベントに流されて、強すぎる責任感と義務感で自分を見失って苦しんでいる人が本当にたくさんいる、という現実です。私もそうでしたが、そういうときはまず、「本当の自分を知って、本当に好きなことだけを残して、自分と調和していくこと」を大切にしていれば、大抵、運命的な出会いによって突然人生が大きく変わっていくものです。誰かに刺激を受けたり、きっかけになるひと言を言われたり、運命の人やチャンスが向こうからやって来ることもあります。だから、今何となく満たされていない人や苦しい状況にいる人には、「頑張りすぎないで、まずは自分をもっと大切にして。そうすれば、必ずあなたを取り戻せる日が来るから」とお伝えしたいと思います。私も頑張りすぎることをやめて、自分を一番大事にするようになってから、夢がどんどん実現して、想像以上の幸運が舞い込んでくるようになりました。

これまでの旅をふり返ってみると、誰もが同じように、実に色々な役を演じて日々生活しています。でも、結局どんな役を演じても、自分以外のことはすべて「外側」のことであって、「内側」とは関係ないことなのです。いかに内側にいるありのままの自分、自然体の自分、本当の自分を生きられるかどうかが、幸せに豊かになるコツだと考えます。

ぜひ皆さまもやりたいことを自由に経験して、その経験を通して、ご自身の内側に眠っている「本当の自分」を感じとっていただけたらと思います。そして、本当の自分と調和したときの幸せを、ぜひ多くの方と分かち合ってください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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