コロナ禍で目から鱗 ― オンラインかるた教室
1989年に百人一首の個人戦である競技かるたを始め、結婚するまで仕事(科学雑誌編集)以外はどっぷり競技漬けの生活をしていた。科学ジャーナリストである米国人の夫と結婚し、1998年に米国に来たが、当時海外に選手はゼロ。畳もなければ、対戦相手もいない。しかし、どうしても競技かるたを続けたくて、夫の仕事で移り住んだ英国で乳飲み子を抱えながら普及活動を始めたのが、わたしの海外かるた事始めである。
その後、引っ越したカザフスタン、バンコク、北京でも大学や高校で競技かるたの紹介レクチャーをしてきた。バンコクと北京ではかるた会も設立し、いまは後継者が引き継いでくれている。2013年に米国に戻ってからはヴァージニア州の自宅を拠点に練習会を行い、商工会新春祭り、さくら祭り、ジョージタウン大学や中高校の日本語クラスでのかるた紹介や、ワシントン日本語学校(WJLS、土曜日補習校)で放課後かるた教室を実施してきた(現在はコロナのせいで、すべて休止中)。
普及開始当初は、「百人一首とはなんぞや」から説明せねばならなかったが、漫画『ちはやふる』のアニメが世界中でヒットしたこともあり、日本国外でも独学で競技かるたを始める人が出てきた。いまや世界15カ国以上に競技かるたの会がある。外国人選手も日本語の札を使っており、日本語は話せないが競技かるたは有段者という選手もいる。取り札はひらがななので、日本語初級者でも競技はできるし、取り札自体を「絵」として覚える選手もいる。
難航した放課後教室での決まり字覚え
放課後教室の参加者はみな初心者で、決まり字覚えに取り組みつつ競技の練習をする。決まり字とは 「短歌の最初のどの文字まで聞けばどの短歌か特定できる」という数文字のことである。競技かるたでは、読手(どくしゅ)が上の句を読んで、選手は下の句が書かれた取り札を取る。相手より速く取るには、100首の決まり字を知っていることが必須である。たとえ100首を暗唱できても、「決まり字」の概念がないと速く取れない。
ところが、放課後教室での決まり字覚えが思いのほか難航した。教室に畳がわりのマットを敷いたとたんに、低学年の子どもは興奮して逆立ちやらでんぐり返しを始め、廊下を通りかかった人から「体操教室ですか」と言われる有様だった。北京日本人学校の放課後教室時代は、決まり字をみな早く覚えてくれたのだが、米国では半分ぐらいは覚えても100枚達成率が格段に低かった。北京では生徒は両親とも日本人であることが多く、学校も家も日本語環境だったからかもしれない。
苦肉の策のオンライン化
2020年春、学校が閉鎖となり放課後教室も実施できなくなった。その頃は「夏休み明けには再開できるだろう」と高を括っていたが、それでも数カ月ブランクがあると、せっかく覚えた分の決まり字すら忘れてしまう。そうなると教室再開時にまたゼロから始めねばならない。うまくいくかどうか半信半疑ながら、ZOOMで決まり字覚えクラスを開始した。
驚いたことに、教室では遊んで集中できなかった子たちが、オンラインではどんどん覚えてくれた。放課後教室に1~2年通っても100首覚えなかった子たちが、最年少の小2も含めて夏までに全員100枚合格したのである。決まり字覚えには対面よりオンラインのほうがよかったのか、と目から鱗が落ちた思いがした。
100枚覚えた上級コースの生徒は、2019年に開発されたアプリ「競技かるたONLINE」で対戦練習をするほか、百人一首の意味や作者、歌の背景などを学び、短歌の暗唱や、「百人一首ことばつなぎ」(同じ言葉がでてくる短歌をつなぐ高度なゲーム)など、日本語力をアップする課題にも挑戦している。他州に引っ越した生徒やクチコミで参加してきた生徒もあり、参加生徒の居住地は6州に渡っている。
ホーチミン日本人学校で同級生だったという小6の2人は、いま米国で別々の州に住んでいる。ホーチミンでは毎年、学校で百人一首かるた大会があったそうだ。コロラド州のOさんは「いま住んでいるところには日本人が少なく百人一首に興味のある人を見つけられなかった。オンラインでこうして友達と競技を学べるのが嬉しい」、ニュージャージー州のYさんは「アメリカで、ベトナム時代の友達とかるたができるとは思わなかった」と語っている。広いアメリカ大陸では直接会うことも難しい。これも、オンラインならではだ。
日本語が苦手な子どもも百人一首
初心者コースには、日本語の会話が得意ではない生徒や、ひらがなは読めるが漢字はちょっと、という生徒もいる。決まり字覚えだけではなく、短歌の音読を通じて、発音や高低アクセントの指導もしている。最初は四季を日本語で言えない生徒もいたが、百人一首には日本の季節感や文化が満載である。四季の感じ方(秋=寂しい)、鳥の名前、春の七草、ひな祭りや七夕といった季節の行事も紹介している。
「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける」という大伴家持の歌がある(6番)。
七夕の日、織女と牽牛が逢うために、かささぎが翼を広げて天の川に橋を架けるという。この歌は、宮中の御階(みはし)をその橋に見立てたもの、というような話もする。大人になったとき、少しだけでも覚えていてくれたら嬉しい。「ぞ・ける」という古文の係り結びも、短歌を覚えれば自然と身につくはずだ。
競技仲間の筑波大付属高校・国語科教諭の奥村準子先生の研究によると、小さいころに百人一首かるたに親しんだ生徒は、高校で古文嫌いにならないそうだ。ネイティブスピードで百人一首についてしゃべりまくる私の日本語を聞いているだけでも、日本語力維持に少しぐらいは有効なはずだと、勝手に思っている。
コロナ禍のおかげという言い方が不謹慎であることは重々承知しているが、私自身「オンラインでもかるたができる」とわかったことは大きい。コロナ禍がなければ、決まり字を覚えさせるのに今も四苦八苦していたことだろう。旧体制だった全日本かるた協会も会議がオンライン化され、米国からも参加できるようになり、日本が近くなった。日本国外向け読手講習会、アメリカ大陸の選手対象のオンライン団体戦など、遠方の選手をオンラインでつなぐ活動も充実してきた。コロナ禍に後押しされた形で、新たな可能性が拓けてきている。
競技かるた選手。六段。全日本かるた協会普及指導部副部長&海外窓口。20年以上、世界各国で競技かるたの普及と選手育成に努め、世界中のかるた選手をつなぐネットワークのハブとしての役割を果たしている。本業は自宅での医療ニュース翻訳、ワシントン日本語学校(WJLS)理科専任(こちらは現在失業中)。