コロナ禍がもたらしたもの

3月中旬、日本に入国。2週間の自己隔離期間はあったが、桜を楽しむことができた

3月中旬、日本に入国。2週間の自己隔離期間はあったが、桜を楽しむことができた

コロナ禍と仕事

おそらくこのコラムの大半の読者と同様に、私の2020年はコロナ対策とリモートワークにあけくれ、あっという間に過ぎていった。コロナ禍によって、シアトル、東京、ミュンヘンを拠点にワシントン大学、慶応義塾大学、ミュンヘン、ストラスブール、リヨン第三大学のロースクールの学生や弁護士に特許法を教えるドサ周りの私の生活は一変し、十数年ぶりにシアトルと東京でほぼひきこもり生活を体験することになった。

去年の3月から一年以上リモートで働いてわかったことは、大学教授という私の職業に関してはコロナ禍の悪影響は少ないということである。ドサ周り生活にあわせて、講義や研究に必要な資料をデジタル化し、クラウドに保管していたことも功を奏した。

東京でもひきこもって仕事をした

東京でもひきこもって仕事をした

むしろ、通勤に使っていた時間を研究に使える、オンラインにより学生の出席率発言率が向上、海外の研究者との共同研究やセミナー開催の活発化など、利点も多い。フェースブックで繋がる日本の大学教授はリアルタイムでのオンライン講義を行うことができず課題の作成や採点による負担増加の不満のコメントが多かったが、アメリカの大学教授によるオンライン講義に対する不満のコメントは少なく、長所を活かしてより快適に過ごしている人が多いようだった。確かに、ワシントン大学のIT部門による大学教員へのサポートは、慶応と比べ格段に量も質も優れていた。WIFI環境のみならず日本の大学一般にサポートが不足していることが、オンライン講義の環境に大きく影響しているのかもしれない。

私にとって特によかったのは、日本政府の仕事もリモートが標準となり、日本国外にいても政府の諮問委員会に参加できるようになったことである。今まで特許庁の委員を何度か務めたことがあるが、委員会は対面だけだったので、日本滞在中に数回参加できるだけだった。去年任命された内閣府知財戦略本部の構想委員会はオンラインのみの開催であるため、日本にいる他の委員とそん色なく議論に参加できている。

日本政府は2016年以来、IoTで全ての人とモノを繋げ新しい価値を生み出し課題を解決する Society 5.0の実現を提言し、数々の取り組みを行ってきた。その取り組みの諮問機関がIoTで繋がっていないのは言語道断であったが、コロナ禍でやっと提言の内容に現実が追いついた。この委員会では、日本企業が6G通信技術開発をリードするための特許ライセンスによる投資回収のメカニズム構築や、データや知的財産を中心とした無形資産の公開による海外機関投資家らからの日本企業への投資促進などの政策立案が議論されている。法律や判例の研究だけでは理解できない産業界での特許活用の実態を専門家から聞く機会を得て、委員会に参加することで自分の研究テーマの幅も大きく広がったように感じている。

コロナ禍と夫婦関係

一方、プライベートについては、①何か月も夫以外対面で話す人がいない、②大好きなバレエやオペラ、クラシック音楽のライブパフォーマンスに行けない、③スポーツジムやレストランも閉鎖され、マイナスの影響は大きい。気晴らしは体力温存のためのウォーキングだけとなってしまい、ついつい週末や平日も朝から夜まで働くことが多くなってしまった。

シアトル・ダウンタウンのコンドミニアムに私の個室が無いため、キッチンと続く居間の片隅にリモートワークのスペースを作ったが、居間を一日中占領しているため、講義中は音を出さないようにひっそり暮らす夫のストレスも秋には最高潮に達した。そのため言い争いが頻発するようになったが、実は耳が遠くなってお互いの声がよく聞こえなかったり、若い時のように動けなかったりすることが原因であったことに後から気づき、お互いの年齢を実感させられることも多かった。

このように仕事と比べ、プライベートではネガティブな影響も多かったが、引退後の夫との生活の疑似体験により、夫婦の関係のあり方を見直すというポジティブな点もあった。シアトルで雨が降り始め外でのウォーキングもできなくなった10月初旬に、貸していたサンフランシスコ(SF)郊外のコンドミニアムの住人から「故郷の東海岸の街に帰る」との連絡があった。そのコンドミニアムは引退後の終の棲家として10年以上前に購入したが、リモデル中に仕事が忙しくなり、一度も住むことなく他人に貸していた。

移り住んでみると、居間の窓から見える朝焼けが素晴らしく、様々な野鳥が生息する干潟が周りに多数あるため、二人で双眼鏡片手に毎日ウォーキングし、シアトルで高まっていたストレスは解消し、関係も改善した。更に、朝焼けの色に即発され絵を描き始めたり、長らく中断していたピアノの練習も再開したりして、引退後のセカンドライフの準備を始める機会となった。夫も私に気兼ねなく、自分の部屋で趣味の彫金を満喫していたようである。コロナ禍のおかげで、互いの老いに目を向けながら支えあい、二人三脚で過ごしていく心づもりができたような気がする。

居間の窓から見える朝焼け

居間の窓から見える朝焼け

コロナ禍が残すもの:日本とアメリカ

SFからシアトルに戻り3月中旬に日本に入国し、現在は、東京の慶応義塾大学三田キャンパス近くのアパートに滞在している。2週間の自己隔離期間に滞在したホテルから生活必需品を買うため、毎日ウォーキングで銀座、八重洲、丸の内に行ったが、街には活気がもどってきているようだった。9時までの時短営業は求められているものの、飲食店の入店制限は無く、映画館やデパートの営業は再開されている。

東京では、昨日(4月12日)から5月11日までコロナウィルスまん延防止重点措置が適用され、都と県の境を超える外出の自粛やゴールデンウイークの旅行延期を呼び掛けている。小池都知事は大学にオンライン講義を要請したが、国は対面講義の原則を固持したことから、慶応大学でも対面で講義が行われている。

営業時間が8時までに短縮されたため、営業への悪影響を訴える飲食店経営者が頻繁に報道されているが、半年以上屋内での飲食が禁止され、今も人数が制限されるシアトルやSFの飲食店への影響とは比べものにならない。なによりアメリカ大都市で飲食店を利用していた弁護士やハイテク企業のエリートが、いまだに100%リモートワークでダウンタウンのオフィスに戻ってきていない。シアトルの高級レストランやデパート、小売店の多くは閉店し、ショーウインドーは壊されないようにベニヤ板で覆われ、ゴーストタウン化している。私も所属するシアトル・ダウンタウンの法律事務所に去年3月以降足を踏み入れておらず、事務所のあるビルの周辺を歩いているのはホームレスばかりで、昼間でも安心して歩けなくなってしまった。アマゾン、マイクロソフト、スターバックスなどアメリカの最先端企業で働く高給取りが闊歩していた1年前が夢のようである。

今、アメリカではワクチン接種が進み、経済再開へ着々と近づいている。一方、日本では感染者数・死者数がアメリカと比べ極端に少ないこともあり、経済を優先させ現在まで乗り切ってきた。そのため、大都市を見る限り、アメリカに比べる限りコロナ禍の影響は最小限にとどまっているように思われる。

コロナ禍前に戻りつつある東京や大阪に比べると、アメリカの大都市の崩壊はすさまじい。たとえ経済が完全に再開しても、リモートワークの合理性に慣れた弁護士やエリートは、高い家賃を払うダウンタウンのオフィスにはもどってこないだろう。コロナ禍は既に一歩リードしていたアメリカ企業のディジタルトランスフォーメーション(DX)を更に加速化させ、日本政府が理想に掲げるSociety 5.0にまた一歩近づかせたように思われる。残念ながら、日本でアメリカ企業並みのリモートワークを実施しているのは一部の大企業に限られる。感染者数、死者数では日本はアメリカを圧倒する成果を得ているが、コロナ禍後に残されるDX社会がどうなるのか、これから数年が正念場といえるだろう。



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